愛するということ

緒方宗谷

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55.大葉の過去

3.結構大人

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 「実はね、わたし、中2の修学旅行で、寝ている陸君にキスしちゃったの、きゃっ!」
 大葉は両手で顔を覆ってきゃぴきゃぴする。オネエタレントがテレビでする仕草に似ていた。だが、実際に見ると面白いと言うより可愛い。何か好きになれそうな子だな、と2人は思った。
 大葉は、左右の指先を合わせてモジモジしながら、溢れる思い出に唇を緩ませる。そして続けた。
「でも陸君は起きていて、『虫歯あるのか? 今までなったことは?』って訊くの。    
 無いよって答えると、『ならいい』って言って背中を向けて寝ちゃった」
 次の日、大葉は陸がどの様な反応をするかが怖くて、とてもストレスだった。でも陸は、いつもと変わらなかった。
「それから、キスの話は一度もナッシング」と大葉が言うと、キラリーンと目を光らせて、ニンマリした加奈子が言った。
「ほほう。ということは、陸君のファーストキスはヒロちゃんなのですな?」
 加奈子は嬉しそうだ。淡いエッチな話が結構大好きなのだ。有紀子も好きだったが、恥ずかしいし、どう反応してよいか分からない。顔を赤らめて俯いていた。ただ、心の中では、もっと聞かせて、と催促していた。
「そうだと思うよ、初体験は中3説があるから」大葉が「うふっ」と思い出して笑う。
「なぬ? 陸のヤツ、思ったより大人じゃない」
 加奈子はビックリした。後輩の知恵が初めてじゃなかったのか。
「詳しく教えておくれ?」加奈子がせがんだ。
「ううん、詳しくは知らない?」
 大葉は知ってそうだった。実際知っていた。ひとえ本人から聞いていたからだ。だが、話さなかった。ひとえへの裏切りになるし、有紀子が少しつらそうな表情を浮かべたのに気が付いたからだ。
 加奈子が、聞いた話で胸いっぱい、といった感じで、鼻で大きく息を吐いた。
「ていうか、陸君、めっちゃ不良じゃん。めっちゃ怖いじゃん」
 加奈子が面白おかしい顔で肩をすくめて、口をイーっ、とやる。それに答えて、有紀子も肩をすくめて、口をイーっ、とやる。とても困った感じのおもろ顔(面白い顔)で。
 そして加奈子が、おもむろに傍白。
「東京に帰ったら、速攻で高知時代の写真を物色せねば」
 神妙を装った変顔で眉間にしわを寄せ両目を閉じて、顎に右手を添えて頷きながら言う。とても渋い顔だった。
 3人してばかウケした後、一瞬静かな風が吹いて、大葉が一息つく。
「キスのこと陸君には内緒にしてネ。記憶が無いんじゃ、突然知らされてもびっくりするもんね」
 大葉は帰って行った。
 2人は高知駅前附近まで、バスと路面電車を乗り継いで戻った。そして途中下車して温泉に入った。
「なんか、元祖ゆるキャラ? 変なのー」
 フロントからお風呂に向かう最中の道のりでの有紀子のツッコミに、加奈子は大笑いだ。お腹をよじらせながら、マスコットを指差しては、有紀子の肩を叩く。なんかめっちゃツボに入った感じ。でも本当、どういうつもりでこんなマスコットキャラを作ったのだろう。奥さんの千代は可愛いお姫様なのに、お殿様の一豊は可笑しな顔をしている。だが、その威力の強さに2人は気が付いていなかった。
 風呂上りに、脱衣室に設置されていた無料の甘い柑橘ジュースを2人して何杯も飲み、名残惜しくてもう一杯注いで、それを飲みながら、壁に書かれた千代と出会ってから土佐藩主になるまでの初代土佐藩藩主・山内一豊公の一代記を読んだ。知らず知らずのうちに、マスコットに魅了されていたのだ。
 まだ夕焼け前だったので、高知城を見て回った。その時有紀子は、やっぱり加奈子はおかしな子だな、と思った。
 もともとお城を見学する趣味のない2人は、これといって展示物に興味を持たなかった。だが、2人共1つずつ興味をそそられた物がある。 
 有紀子は、天守に展示された大きな河のドラマの千代の衣装だった。だいぶ年月が経って色あせていたが、ドラマで使われた衣裳だ。ようやく観光した気分になった。仲間さんありがとう。
 加奈子は不思議なものに感心していた。排水路だろうか。パンフレットを見ると石樋と書いてある。それによると、石垣に石樋があるのは全国的にとても珍しいらしい。
 有紀子にとって正直どうでも良かったが、ぐるっと庭を回って石樋を発見する度に加奈子は興奮した。石垣から突き出た石の排水口をスマホの写真に収めている。不思議な光景だった。

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