愛するということ

緒方宗谷

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57.余談

1.ターゲット

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 受験が終わった。武蔵砂川駅で出迎えてくれた陸と合流した有紀子は、2人ならんで歩いた。ふうっと白い息を吐いて、有紀子は笑みを浮かべた。もう後ちょっとで卒業する。この愛着あるダサい(笑)制服ともおさらば……もといサヨナラだ。
 2人はポツリポツリと会話をしながら、ゆっくり歩いた。頬を撫でるひんやりと冷たい空気は、コートの中まで貫通してやってはこられない。ぬくぬくした服装で頬だけ感じる冷気のなんて気持ちの良いことか。
 不意に後ろから声がした。
「あら、いい男じゃない、もしかして渡辺さんの彼氏?」
 聞き覚えのある声に有紀子が振り返ると、家庭教師の美由紀がいた。入試問題の答え合わせするために、わざわざ有紀子の家に来てくれたのだ。
 品定めをするように、美由紀は丸めた雑誌でポンポン、と自分の肩を叩きながら、陸のことを頭の先から足の爪先まで何度も往復して見やる。掘り出し物を見つけたかのように、瞳は爛々と輝いていた。
 口をつぐんでいるのにこぼれる笑みは、その唇の奥に、今すぐにでも食べちゃいたい、という感情が潜んでいるかのようだ。
 美由紀が言った。
「ふーん、陸君ていうの? 今度おねーさんとお酒飲みに行かない?」
 有紀子は、島根が言う『恋多き女』が美由紀であることを知らない。それでも女の感でそれを察したのか、拒絶感が湧く。
「やめてください、陸君を悪の道に誘わないでください」
「あら大げさね、たかだかお酒じゃない。受験も終わったんだから大丈夫よ。ね、合格の前祝に行きましょうよ、おごってあげるから」
「違法です」
「大丈夫、エッチするだけだから」
 陸はカァッと赤くなった。
「余計ダメです!」
 そう叫んだ有紀子は陸の前に左手出して、陸に近づこうとする美由紀を遮断する。陸はたじたじで苦笑いしていた。それでもしばらくすると初対面の美由紀に馴れた?のか、屈託のない笑顔で言った。
「お姉さんきれいだね。なんかドキドキしちゃう」
「え? ちょっと陸君」
 ビックリした有紀子が陸を見上げる。
「あはは、陸ちゃん正直。お姉さんが一肌脱ごう」美由紀が鷹揚に笑う。
「うん、いや、うんじゃないね、けっこーでっす!」
「あはははは」(陸&美由紀)
 なんか変な盛り上がりだと思った有紀子は、陸に向けて鼻に力を入れて口をイーとやった。
 陸にはそういうところがある。なんかこう八方美人なのだ。幼稚園の時もそうだった。他の女の子がよって来るとデレデレしていたし、小学生の時もバレンタインに女の子からチョコをもらってデレデレしてた。
 有紀子は、すっかり忘れていた陸のこういうところを鮮明に思い出した。
(そう言えば、陸君は好きって言われるとコロッといっちゃうんだ)
 これはまずいぞ、と有紀子は思った。懸命に陸と美由紀の間に割って入って、陸を後ろ手で匿う。
 怒った様子で威嚇する姿がちょっと可愛かった。

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