182 / 192
57.余談
1.ターゲット
しおりを挟む
受験が終わった。武蔵砂川駅で出迎えてくれた陸と合流した有紀子は、2人ならんで歩いた。ふうっと白い息を吐いて、有紀子は笑みを浮かべた。もう後ちょっとで卒業する。この愛着あるダサい(笑)制服ともおさらば……もといサヨナラだ。
2人はポツリポツリと会話をしながら、ゆっくり歩いた。頬を撫でるひんやりと冷たい空気は、コートの中まで貫通してやってはこられない。ぬくぬくした服装で頬だけ感じる冷気のなんて気持ちの良いことか。
不意に後ろから声がした。
「あら、いい男じゃない、もしかして渡辺さんの彼氏?」
聞き覚えのある声に有紀子が振り返ると、家庭教師の美由紀がいた。入試問題の答え合わせするために、わざわざ有紀子の家に来てくれたのだ。
品定めをするように、美由紀は丸めた雑誌でポンポン、と自分の肩を叩きながら、陸のことを頭の先から足の爪先まで何度も往復して見やる。掘り出し物を見つけたかのように、瞳は爛々と輝いていた。
口をつぐんでいるのにこぼれる笑みは、その唇の奥に、今すぐにでも食べちゃいたい、という感情が潜んでいるかのようだ。
美由紀が言った。
「ふーん、陸君ていうの? 今度おねーさんとお酒飲みに行かない?」
有紀子は、島根が言う『恋多き女』が美由紀であることを知らない。それでも女の感でそれを察したのか、拒絶感が湧く。
「やめてください、陸君を悪の道に誘わないでください」
「あら大げさね、たかだかお酒じゃない。受験も終わったんだから大丈夫よ。ね、合格の前祝に行きましょうよ、おごってあげるから」
「違法です」
「大丈夫、エッチするだけだから」
陸はカァッと赤くなった。
「余計ダメです!」
そう叫んだ有紀子は陸の前に左手出して、陸に近づこうとする美由紀を遮断する。陸はたじたじで苦笑いしていた。それでもしばらくすると初対面の美由紀に馴れた?のか、屈託のない笑顔で言った。
「お姉さんきれいだね。なんかドキドキしちゃう」
「え? ちょっと陸君」
ビックリした有紀子が陸を見上げる。
「あはは、陸ちゃん正直。お姉さんが一肌脱ごう」美由紀が鷹揚に笑う。
「うん、いや、うんじゃないね、けっこーでっす!」
「あはははは」(陸&美由紀)
なんか変な盛り上がりだと思った有紀子は、陸に向けて鼻に力を入れて口をイーとやった。
陸にはそういうところがある。なんかこう八方美人なのだ。幼稚園の時もそうだった。他の女の子がよって来るとデレデレしていたし、小学生の時もバレンタインに女の子からチョコをもらってデレデレしてた。
有紀子は、すっかり忘れていた陸のこういうところを鮮明に思い出した。
(そう言えば、陸君は好きって言われるとコロッといっちゃうんだ)
これはまずいぞ、と有紀子は思った。懸命に陸と美由紀の間に割って入って、陸を後ろ手で匿う。
怒った様子で威嚇する姿がちょっと可愛かった。
2人はポツリポツリと会話をしながら、ゆっくり歩いた。頬を撫でるひんやりと冷たい空気は、コートの中まで貫通してやってはこられない。ぬくぬくした服装で頬だけ感じる冷気のなんて気持ちの良いことか。
不意に後ろから声がした。
「あら、いい男じゃない、もしかして渡辺さんの彼氏?」
聞き覚えのある声に有紀子が振り返ると、家庭教師の美由紀がいた。入試問題の答え合わせするために、わざわざ有紀子の家に来てくれたのだ。
品定めをするように、美由紀は丸めた雑誌でポンポン、と自分の肩を叩きながら、陸のことを頭の先から足の爪先まで何度も往復して見やる。掘り出し物を見つけたかのように、瞳は爛々と輝いていた。
口をつぐんでいるのにこぼれる笑みは、その唇の奥に、今すぐにでも食べちゃいたい、という感情が潜んでいるかのようだ。
美由紀が言った。
「ふーん、陸君ていうの? 今度おねーさんとお酒飲みに行かない?」
有紀子は、島根が言う『恋多き女』が美由紀であることを知らない。それでも女の感でそれを察したのか、拒絶感が湧く。
「やめてください、陸君を悪の道に誘わないでください」
「あら大げさね、たかだかお酒じゃない。受験も終わったんだから大丈夫よ。ね、合格の前祝に行きましょうよ、おごってあげるから」
「違法です」
「大丈夫、エッチするだけだから」
陸はカァッと赤くなった。
「余計ダメです!」
そう叫んだ有紀子は陸の前に左手出して、陸に近づこうとする美由紀を遮断する。陸はたじたじで苦笑いしていた。それでもしばらくすると初対面の美由紀に馴れた?のか、屈託のない笑顔で言った。
「お姉さんきれいだね。なんかドキドキしちゃう」
「え? ちょっと陸君」
ビックリした有紀子が陸を見上げる。
「あはは、陸ちゃん正直。お姉さんが一肌脱ごう」美由紀が鷹揚に笑う。
「うん、いや、うんじゃないね、けっこーでっす!」
「あはははは」(陸&美由紀)
なんか変な盛り上がりだと思った有紀子は、陸に向けて鼻に力を入れて口をイーとやった。
陸にはそういうところがある。なんかこう八方美人なのだ。幼稚園の時もそうだった。他の女の子がよって来るとデレデレしていたし、小学生の時もバレンタインに女の子からチョコをもらってデレデレしてた。
有紀子は、すっかり忘れていた陸のこういうところを鮮明に思い出した。
(そう言えば、陸君は好きって言われるとコロッといっちゃうんだ)
これはまずいぞ、と有紀子は思った。懸命に陸と美由紀の間に割って入って、陸を後ろ手で匿う。
怒った様子で威嚇する姿がちょっと可愛かった。
0
あなたにおすすめの小説
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結済】ラーレの初恋
こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた!
死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし!
けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──?
転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。
他サイトにも掲載しております。
18年愛
俊凛美流人《とし・りびると》
恋愛
声を失った青年と、かつてその声に恋をしたはずなのに、心をなくしてしまった女性。
18年前、東京駅で出会ったふたりは、いつしかすれ違い、それぞれ別の道を選んだ。
そして時を経て再び交わるその瞬間、止まっていた運命が静かに動き出す。
失われた言葉。思い出せない記憶。
それでも、胸の奥ではずっと──あの声を待ち続けていた。
音楽、記憶、そして“声”をめぐる物語が始まる。
ここに、記憶に埋もれた愛が、もう一度“声”としてよみがえる。
54話で完結しました!
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
【完結】時計台の約束
とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。
それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。
孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。
偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。
それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。
中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。
※短編から長編に変更いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる