180 / 838
一年生の二学期
🍭
しおりを挟む
何かを言いかけた南に、歯を見せて紅唇の端を上げた奈緒は、続けざまに眉間にしわを寄せて言った。
「そこにいやな子共がいた。小生意気なやつ。そいつがわたしに言うの。な ん て? 君の絵は三十点だねって。僕のお父さんは 美大を首席で卒業して いるんだって。だからわたしは、お父さんがすごく ても、なんとかくんは描けますかって訊いた。そしたら、あ な た は いいですねって言うから、なんで? って訊いたら、僕は 小さいころから お父さんに 教えてもらっていて いろ いろな “こんくろう”で入賞したって 言うの。才能もあるし どこに出しても百点満点だから、困るんだって。三十点のあなたは、ちょっとやれば評価されるけど、百点の僕は、ゼロからの スタートになるんだよ、だって。絵描きはみんないじわるよ。絵のことで自分もいじわるされてきたから、人にもするのね、きっと。他のお絵描き教室でされて、こっちに来たの」
「そうなんだ」
「知らないけど」
「知らないんだ……」南が閉口する。
「六年生の春休み、お絵描き教室を卒業する時のお食事会で 先生が言うの。みんなそこそこの点数を取ってきた“こどもどち”なんだけど、一人だけ なにを 書かせても だめな人がいたの。一人定員オーバーだから、一番絵の下手な この子に 三十点あげて落としましょうって言ったんだって。そしたら経営者の人が、いやいや、そんなことやめてください。入学金とお月謝が大事 だから、この子も合格させてあげてくださいって説得して、それで絵が下手でも入れてあげた子がいたのだけれど、それがあなたよ、だって。失礼しちゃうわ。でも しょうがないわよね、三十点 だもの。 でもいいの、わたし描ける だけで 幸せだもの」
そう語りながら、奈緒は絵をカーペットの上に並べて、南に見せた。
言葉が途切れたのに気がついて、南が口を開く。
「ほとんどの絵は、風景画なんだね。美術室とか校庭とか。根っこの絵はどうしたの?」
「根っこの絵? なんで?」
きょとんとした様子で訊き返す奈緒から、南は視線をそらして首を傾げた。
この子は、日が暮れるまで美術部の話を思い出しながら、しどろもどろ話し続け、南はやさしく傾聴し続けた。
空色の変化に気がついた二人が部屋を出て一階に下りる。
「おかあさん、駅まで送ってくる」奈緒が玄関から叫んだ。
奥から聞こえてきた「気をつけてね」という声が途切れるのを待って、南が「お邪魔しました」と大きな声であいさつをしてから、奈緒に言った。
「いいよ、近いから」
「ううん、送らせて」
そう言って玄関に設置されたぼつぼつした黒い骨子にオレンジ色に染められた木の皮を編んだ背もたれと座板のスティールチェアーに座った奈緒は、白地で、ワンポイントにピンクの四つ葉のクローバーが付いたスニーカーを履く。
それを眺めていた南が訊く。
「奈緒の靴、マジックテープなんだね」
「うん、本当はひもが いいんだけれど も、ほどけると結べないから。それに あぶない」
「なるほど」
奈緒はマジックテープをとめて、「どっこいどっこいどっこいしょー」と立ち上がり、顔を出した母親に大きく手を振って玄関を出た。
「そこにいやな子共がいた。小生意気なやつ。そいつがわたしに言うの。な ん て? 君の絵は三十点だねって。僕のお父さんは 美大を首席で卒業して いるんだって。だからわたしは、お父さんがすごく ても、なんとかくんは描けますかって訊いた。そしたら、あ な た は いいですねって言うから、なんで? って訊いたら、僕は 小さいころから お父さんに 教えてもらっていて いろ いろな “こんくろう”で入賞したって 言うの。才能もあるし どこに出しても百点満点だから、困るんだって。三十点のあなたは、ちょっとやれば評価されるけど、百点の僕は、ゼロからの スタートになるんだよ、だって。絵描きはみんないじわるよ。絵のことで自分もいじわるされてきたから、人にもするのね、きっと。他のお絵描き教室でされて、こっちに来たの」
「そうなんだ」
「知らないけど」
「知らないんだ……」南が閉口する。
「六年生の春休み、お絵描き教室を卒業する時のお食事会で 先生が言うの。みんなそこそこの点数を取ってきた“こどもどち”なんだけど、一人だけ なにを 書かせても だめな人がいたの。一人定員オーバーだから、一番絵の下手な この子に 三十点あげて落としましょうって言ったんだって。そしたら経営者の人が、いやいや、そんなことやめてください。入学金とお月謝が大事 だから、この子も合格させてあげてくださいって説得して、それで絵が下手でも入れてあげた子がいたのだけれど、それがあなたよ、だって。失礼しちゃうわ。でも しょうがないわよね、三十点 だもの。 でもいいの、わたし描ける だけで 幸せだもの」
そう語りながら、奈緒は絵をカーペットの上に並べて、南に見せた。
言葉が途切れたのに気がついて、南が口を開く。
「ほとんどの絵は、風景画なんだね。美術室とか校庭とか。根っこの絵はどうしたの?」
「根っこの絵? なんで?」
きょとんとした様子で訊き返す奈緒から、南は視線をそらして首を傾げた。
この子は、日が暮れるまで美術部の話を思い出しながら、しどろもどろ話し続け、南はやさしく傾聴し続けた。
空色の変化に気がついた二人が部屋を出て一階に下りる。
「おかあさん、駅まで送ってくる」奈緒が玄関から叫んだ。
奥から聞こえてきた「気をつけてね」という声が途切れるのを待って、南が「お邪魔しました」と大きな声であいさつをしてから、奈緒に言った。
「いいよ、近いから」
「ううん、送らせて」
そう言って玄関に設置されたぼつぼつした黒い骨子にオレンジ色に染められた木の皮を編んだ背もたれと座板のスティールチェアーに座った奈緒は、白地で、ワンポイントにピンクの四つ葉のクローバーが付いたスニーカーを履く。
それを眺めていた南が訊く。
「奈緒の靴、マジックテープなんだね」
「うん、本当はひもが いいんだけれど も、ほどけると結べないから。それに あぶない」
「なるほど」
奈緒はマジックテープをとめて、「どっこいどっこいどっこいしょー」と立ち上がり、顔を出した母親に大きく手を振って玄関を出た。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』
本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」
かつて、私は信じていた。
優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な──
そんな普通のお兄ちゃんを。
でも──
中学卒業の春、
帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、
私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった!
家では「戦利品だー!」と絶叫し、
年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、
さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!?
……ちがう。
こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない!
たとえ、世界中がオタクを称えたって、
私は、絶対に──
お兄ちゃんを“元に戻して”みせる!
これは、
ブラコン妹と
中二病オタク姫が、
一人の「兄」をめぐって
全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──!
そしていつしか、
誰も予想できなかった
本当の「大好き」のカタチを探す、
壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。
怪我でサッカーを辞めた天才は、高校で熱狂的なファンから勧誘責めに遭う
もぐのすけ
青春
神童と言われた天才サッカー少年は中学時代、日本クラブユースサッカー選手権、高円宮杯においてクラブを二連覇させる大活躍を見せた。
将来はプロ確実と言われていた彼だったが中学3年のクラブユース選手権の予選において、選手生命が絶たれる程の大怪我を負ってしまう。
サッカーが出来なくなることで激しく落ち込む彼だったが、幼馴染の手助けを得て立ち上がり、高校生活という新しい未来に向かって歩き出す。
そんな中、高校で中学時代の高坂修斗を知る人達がここぞとばかりに部活や生徒会へ勧誘し始める。
サッカーを辞めても一部の人からは依然として評価の高い彼と、人気な彼の姿にヤキモキする幼馴染、それを取り巻く友人達との刺激的な高校生活が始まる。
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる