猫のモモタ

緒方宗谷

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愛情深いトラの話

血の温もり

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 物々しい雰囲気が、動物園の事務所を満たしていました。
 いつもでしたら、正門前には沢山の人々によって行列ができている頃でしょう。
 沢山の人だかりは出来ているのですが、入園のための列はありませんでした。
 只ならぬ雰囲気に、事務所の様子を見にいったモモタはびっくり仰天。
 なんと、麻酔銃を持った人が1人いるではありませんか。
 モモタは、急いでプレムちゃんの所に駆けていって言いました。
 「大変だよ、プレムちゃん。バキューンを持った人がいるよ。
  もしかしたら、赤ちゃんを取り返しきたのかもしれないよ」
 「なによバキューンて?」ハトが訊きました。
 「バキューンってすごい音のする棒だよ。
  それでみんな死んじゃうんだ」
 「何それ?そんなことあるわけないでしょう?」
 と、プレムちゃんは気にする様子も見せず、白猫赤ちゃんのお守りをしていました。
 話しかけるモモタには目もくれません。
 話を聞いていたお友達たちも、猟銃を見たことがありませんでした。
 ですからみんなは、首を傾げるばかりです。
 意を決したモモタが、トラのお家の中へと続く崖に前足をかけた時でした。
 尽きかけた力を振り絞って立ち上がった白猫赤ちゃんは、ふらつきながらお肉をかじります。
 ですがすぐにあきらめてしまいました。嚙みちぎれなかったのでしょう。
 ふと、そばに生えていた草を見やると、おもむろにハムハムします。
 やっぱり食べられません。
 まだママのおっぱいを飲んでいる時分です。
 お肉や葉っぱなんて食べれようがないのです。
 白猫赤ちゃんは、堪えきれずにヨタヨタと数歩さがってから、しりもちをついてしまいました。
 声にならない声を発する白猫赤ちゃんを、プレムちゃんが慈しむような目で覗き込みます。
 白猫赤ちゃんは、宙に向かって出ない声を振り絞っていました。
 もう一度立ち上がった白猫赤ちゃんは、プレムちゃんにおっぱいを求めました。
 プレムちゃんは受け入れますが、やっぱりお乳は出ませんでした。
 再びお肉をかじりに行った白猫赤ちゃんでしたが、やっぱり食べられません。
 白猫赤ちゃんは天を見上げて、でない声で鳴き続けました。
 見上げる先には、お母さん猫がいました。
 ここにいた誰もが、この赤ちゃんはママの温もりを求めているのだと思いました。
 白猫赤ちゃんは、声が出ないのになお鳴き続けます。
 お母さんに会いたくて会いたくてたまらないのでしょう。
 モモタの瞳にも涙があふれてきました。
 お母さん猫を見上げていたプレムちゃんは、一度白猫赤ちゃんを見下ろしてから、もう一度お母さん猫を見上げました。
 そうして、しばらくしてからゆっくりと静かに赤ちゃん子猫を銜え上げて、お母さん猫がいるが崖の下に置きました。
 そして後退りしていきます。
 赤ちゃん子猫は頭を上げて、出なくなっていた声を出して泣きました。
 みんなの心に「みゅー」という鳴き声が聞こえました。
 そして静かに横たわると、それっきりもう二度と動きませんでした。


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