猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第四十二話 ママへの想い

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 ついにモモタが顔を上げました。そして海ガメおばさんを見て言いました。

 「僕、僕を生んでくれたママに会いたいんです。すごく小さかった頃に、人間に連れて行かれちゃって、その時のママと、とても悲しかった想いをいつも思い出すんです。

  あの時のママは、とても悲しくてつらそうな声で鳴いていました。僕にはお兄ちゃんが二匹いたんだけど、その日以来二匹ともいなくなっちゃったんです。

  あの時のことは、はっきりと覚えてるわけじゃありません。でもときどき思い出すんです。僕一匹ぽっちで、怖くて悲しくて寒くてうずくまっていた時のこと」

 モモタの瞳に涙が滲みます。

 「あの時祐ちゃんが壁と壁の隙間に入ってきて僕を抱き上げてくれなかったら、僕はどうなっていたんだろうって思います。僕は幸せいっぱいに生きてきたけど、でも思い出すママは、悲しくてつらそうな声でずっと鳴いているんです。今、ママやお兄ちゃんたちがどうなっているのかと思うと、とても胸が苦しくなるんです。

  いつもママのいるお友達を見て、すごく心がつらくなりました。どうして僕にはママがいないのだろうって。ご主人様の祐ちゃんも、祐ちゃんのママとパパもとっても優しくて、僕を可愛がってくれてるけれど、やっぱり本当のママが忘れられないんです。

  ふと気がつくと、優しく僕をペロペロしてくれたママが思い浮かぶんです。元気かな? つらい思いしてないかな? って思うと、涙が溢れてくるんです。

  そんな時に、七色の少女のお話を聞いて思いました。もしかしたら、会えないと思っていたママに会えるかもしれないって。

  今はどうやって願い事がかなう光の柱を見つけられるのか分かりません。でも、虹の雫がヒントになるかもしれないんです。どうか、どうか、僕に虹の雫をくれませんか?」

 アゲハちゃんたちは、日本橋で生き別れたママのお話を聞いて、そんなことがあったのか、としんみりとしました。みんなにとってこの冒険は、ドキドキわくわくする大冒険でしたが、モモタにとってはとても切実な願いが込められた大冒険だったのです。

 静かに聞いていた海ガメおばさんが言いました。

 「あなたの想い、よく分かったわ。我慢しなくてもいいのよ。無理せずに泣いてしまいないさい。 

  猫ちゃんはまだ子供なのに、大変な旅をしているのね」

 海ガメおばさんは、モモタのそばによって続けました。

 「この子は死んでしまって、虹の結晶になってしまったけれど、もしモモタさんが七つの雫を全部集めてママに会えたら、二匹の気持ちに我が子は宿ると思うわ」

 虹の雫自体が願い事を叶える鍵ではないかもしれないことを、海ガメおばさんはモモタの話から気がついていましたが、それは言いませんでした。モモタが話した太陽の話が心に滲みたからです。 

 太陽は我が子に会いたい一心で嘆き悲しみながら沈んでいきました。その時に流れた涙が、虹の雫になったのです。

 モモタは、もし自分の願いが叶わなくとも、虹の雫を集めて光の柱の麓で光を当ててあげれば、太陽の願い事は叶う、と考えていました。太陽に子供たちと会わせてあげようとしているのでした。

 海ガメおばさんは、優しくモモタの涙に頬を寄せます。

 「わたしは、わたしの赤ちゃんに愛情を注げなかったけれど、わたしの代わりにあなたのママが注いでくれると思うわ。

 そうしたら、わたしの赤ちゃんはモモタさんに宿って、いつかモモタさんが大好きな猫ちゃんと出会って赤ちゃんが生まれた時に、わたしの赤ちゃんは猫ちゃんに生まれ変わると思うの。だから、わたしからモモタさんの旅に連れていってあげてってお願いするわ」

 モモタは、「ぐずん」と鼻を鳴らしました。しばらく海ガメおばさんの大きくて優しいまなざしを見つめました。そして、「ありがとー」と、ゆっくりとていねいに気持ちを込めて言いました。 

 空はだんだん赤く滲み、夕焼け色に染まり出しています。その日は、海ガメおばさんと一緒に波打ち際で、満天の星空を見上げながら過ごすことにしました。

 みんなごろんと寝っころがって、お空を見上げています。お話ししたり、ときどき話が途切れたりしながら、のんびりとした時間が過ぎていきます。

 海ガメおばさんがモモタに話しかけました。

 「わたしね、お母さんの気持ちから考えると、母星は敢えてその場に止まることを選んだんじゃないかって思うの」

 モモタが、「どうして?」と訊きました。

 「だってね、子供たちは、とても過酷な旅に旅立っていったのでしょう? 母親としては、心配で心配で仕方なかったと思うの。だから、ついていってそばで守ってやりたかったと思うの。

  でも、みんながみんな旅に出られるほど強い子供たちではなかったはずでしょ? 母星に言われて留まることにした子星もいたのだろうけれど、行きたくても行けない子たちや、初めから行きたくなかった子供たちもいたはずよ。

  現に、わたしたちの赤ちゃんは、生まれてから波打ち際に来るまでに、たくさん食べられてしまうの」

 それを聞いて、モモタたちはびっくりしました。

 海ガメおばさんの話は続きます。

 「浜には、たくさんのカニが出てきて赤ちゃんを捕ってしまうわ。海鳥なんかもやってくるわ。海に入ったら入ったで、色々なお魚がやってきて、赤ちゃんを食べてしまうの。だから、柔らかくて心地良い卵から出てきたくないと思う子がいても不思議ではないでしょう? もしそれが我が子だったら、一緒に浜にいてあげると思うわ。ごはんはわたしが捕ってきてあげる。もし、頑張って海に出たいのであれば、一緒に出てあげるわ」

 キキが言いました。

 「それじゃあ、弱肉強食の自然の中で生きていけないよ」

 「そうかもしれないわね。でも聞いて。あなただって赤ちゃんだった時があるはずよ。その時は、お母さんにごはんをおねだりしていただろうし、お母さんもくれていたでしょう?」

 「でも巣立ったさ」とキキが言います。

 「そうね。でもそれは、巣立てる時が来たから。心の準備が整っていなかったら、その翼が大空を飛べる翼だったとしても、羽ばたこうとしなかっただろうし、羽ばたいても飛べなかったと思うわ。心と体の両方が準備万端になって、初めて新たな門出を迎えることが出来るのよ」

 キキは、心の中でそうか、と思いました。

 実は、キキには二羽の兄がいました。ですが兄たちは、飛べないのに飛ぼうとして地に落ち、タヌキに食べられてしまったのです。それは、兄たちの勇み足が原因でした。心ばかりが焦って、翼の準備がまだできていなかったのに飛び立ってしまったからです。

 ですからキキは、それ以上反論せずに、海ガメおばさんの話を聞きました。

 「母星は、その子たちのために残ることを決心したのだと思うの。だって、凍った流れ星を見て居ても立ってもいられない気持ちになったはずだもの。

  わたしだってそうよ。今頃わたしはこの浜辺にはいないはずだけれど、まだいるもの。もし、赤ちゃんが卵から出てきてくれれば、赤ちゃんと一緒にゆっくりと海を泳いだはずよ。置いてなんていけないわ」

 モモタは、「そうかぁ」と言いました。「もしかしたら、僕たちも太陽の子供の子供の子供の子供の子どものこもどのこどこどこもどもどもど?―――の子供かもしれないもんね」

 舌がもつれたモモタを、みんなが笑います。

 モモタも一緒に笑いながら言いました。

 「遠いご先祖様は、ずっと前から見守っていてくれるんだ。もしかしたら、夜があるのって、昼間頑張っている僕たちが疲れて倒れないように、わざとそうしてくれているのかもしれないね」 

 海ガメおばさんがにっこり微笑みました。

 「そうね。癒される時間も必要だものね。頑張るのも大事だけれど、本当に大事なのは、お休みしている時間だもの」

 「どうして?」と、みんな不思議そうです。

 「だって、海にはサメや大きな魚がいっぱいよ。わたしでも食べられてしまうくらい大きなお魚がいるんだから。それは陸地も同じでしょう? 静かに平穏に眠れる場所があって、そこでお休みしている時のほうが、頑張ってごはんを探している時よりも大事なのよ。安らかな寝床があるからこそ、頑張れるんだもの」

 モモタたちは、サラサラとした砂の上で、その日の疲れをゆっくりと癒そうと、穏やかな気持ちで眠りにつきました。


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