猫のモモタ

緒方宗谷

文字の大きさ
510 / 514
モモタとママと虹の架け橋

第百四十三話 別れ

しおりを挟む
 黒猫坊やと白猫坊やは、夜な夜な怖いお話を聞かされて、怖い夢まで見るようになっていました。真夜中に目を覚ましては、ぐすりと涙を流して兄弟の温もりを求めました。そうして昼間には、その恐怖や寂しさを微塵も見せずに、ルナと一緒にご主人様に引き取られた時のお話をしました。

 黒猫坊やは、意気揚々とした口調で白猫坊やに言いました。

 「僕、人間のお家に引き取られたら、一番にネズミを捕ってみたいな。そうしたら一緒に食べようね」

 「赤ちゃんには?」白猫坊やが訊くと、「みんなで食べましょうね」とルナが答えます。

 黒猫坊やがルナに訊きました。

 「そう言えば、赤ちゃんはどうしたの?」

 「まだ探しに行けていないわ。まずはあなたたちのことをなんとかしないと」

 「僕たちのことは大丈夫だよ。探しに行ってあげて。だって赤ちゃんなのに一匹ぽっちじゃ可哀想だよ」

 「それは出来ないわ。今赤ちゃんを探しに行ってしまったら、あなたたちが貰われていく時どこに貰われていくか分からなくなってしまうから」

 「そうか・・・」黒猫坊やは、元気なさげに呟きます。

 ルナは慰めて言いました。

 「きっと大丈夫よ。あの町にはたくさんの猫好きがいるんだから。お刺身を毎日お腹いっぱい食べているんじゃないかしら」
 それを聞いた白猫坊やが言いました。

 「僕こっちでよかったぁ。だってごはんはまずいけど、ママと一緒だもん」

 そう言う白猫坊やに、黒猫坊やが言いました。

 「赤ちゃんのこと、いっぱい可愛がってあげなきゃいけないね。一匹ぽっちで寂しい思いさせたんだから」

 「うん。ぼくトカゲのしっぽを捕まえて、弟にあげる」

 まだ二匹は幼いにもかかわらず、お兄ちゃんとして頑張ろうとしていました。

 「そうだ」と、黒猫坊やが何かを思い出したように、飛び上がる声で言いました。

 「僕たちまだ名前がないよ、ママ」

 「そうだわ。本当。わたしまだつけていなかったわね」ルナが笑います。

 「本当だ」白猫坊やが素っ頓狂な調子で言いました。「ママにはルナって名前があっていいなぁ。僕たちにもつけてよ」

 「そうねぇ」ルナは考えます。「黒猫坊やはいつも風のようにどこかに遊びに行ってしまうから、フウタがいいわ」

 「ねえ僕はぁ?」白猫坊やがせがみます。

 「あなたは・・・」ママはしばらく考えた後に言いました。「あなたは、瞳が空のように青いからソウタにしましょう」

 「やったぁー」二匹は、名前を付けてもらって大喜び。

 ママが笑いながら言います。

 「でも、ご主人様も名前を付けてくれるわ。それに、猫好きの人たちもそれぞれ名前を付けてくれるの。今にたくさんの名前をもらえるようになるわ」

 「本当?」

 そう言うフウタの後に続いて、ソウタが言いました。

 「重くならないかなぁ? たくさんすぎて潰れちゃうよ」

 ルナが笑います。

 「大丈夫よ。名前はわたしたちを大好きな人たちがつけてくれるものだから、愛情がこもっているの。重くて潰れてしまうなんてことないの。たくさんつけて貰えたら、身も心も軽くなってどこへ行ったって幸せに暮らしていけるのよ」

 「本当?」二匹の声色が、様々な色で華やぎました。

 「本当よ。わたしは生まれた時から野良だったけれど、それでもたくさんの人間にお世話になったわ。だからどこでだって幸せに生活してこられたし、あなたたちのことも授かったのよ」

 「赤ちゃんにも名前を付けてあげようよ」ソウタが言いうと、フウタが「僕たち春に生まれたんだから、春にちなんだ名前がいいなぁ」と言います。

 「そうね」とルナも声を弾ませます。

 和やかな親子水入らずの時間を引き裂くかのように、敷地の中に車が入ってくる音が聞こえてきました。お仕事を終えた人間たちが戻ってきたのです。ルナは慌てて庭木の後ろに隠れました。

 車から何個かのゲージが運び出されます。野良として生活していた猫と犬が捕まってきたようでした。

 ルナは、人間たちが駐車場から去るのを待ちますが、一向にいなくなりません。一服する者。コンビニで買ってきたお弁当を食べる者などが、入れ代わり立ち代わりやって来ます。

 陽が暮れると、この保健所の近隣で飼われている猫たちが集まり出します。保健所があることもあって、ここいら辺には野良ネコは住んでいませんでした。そのため、飼い猫となって間もないルナは、仲間外れにされていました。

 野良臭いと言われて追い立てられたり、人間を呼ばれたりして逃げなければならなかったりと、いつも肩身の狭い思いをしていました。子供たちを心配させてはいけないので、陽が暮れる前に、お家に帰らなければなりません。

 それに、陽が暮れる前にお家に帰らなければ、芹菜ちゃんを心配させてしまいます。そう思ったルナは、泣く泣くお家に帰りました。

 それっきりルナはフウタとソウタに会うことはありませんでした。次の日ルナが保健所にやってきた時には、既に二匹はいませんでした。

 同じ部屋にいた猫たちに何度も訊いて回りますが、誰も知りません。そもそも、お迎えのご主人様は来ていない、と言うのです。ただ、職員が入ってきて二匹を連れていった、ということしか分かりません。

 ルナは、我を忘れて一心不乱に子供たちを探し続けました。昼夜を問わず寝食を忘れて。それなのに手がかりすら掴めません。周辺に住むカラスに訊いてみますが、相手にもされません。それどころか追い回されて怪我を負わされてしまいました。ちょうど子育ての季節だから仕方ありません。ヒナを奪われると心配したのでしょう。

 ルナは嘆きました。

 「どうしてこんなことに・・・。わたしから坊やたちを奪うなんて、わたしが人間に何をしたっていうの? わたしは静かに坊やたちを育てていただけなのに」

 何日も何日も、子供たちを探して当てもなく飄然とさまよい続けました。似た子猫の話を耳にすると飛んでいってみますが、会う子供、会う子供、全て違う子供です。その度にルナは悲嘆に暮れました。

 途方に暮れたルナは、とうとう力尽きて空き地の端に横たわりました。夕暮れ色に滲んだ空の下で、何もかも諦めて瞳を閉じます。もう生きていたくありません。ルナは絶望のどん底にいたのです。

 瞳を完全に閉じたその時でした。全身に声が響きます。「ママー、ママー」と叫ぶ声が聞こえてきたのです。

 「赤ちゃん‼」

 ルナは瞳をあげました。

 「そうだわ。あの子のところに行ってあげなければ・・・!」

 体力が尽きた上に怪我を負って痛む体を押して、ルナは日本橋へと急ぎます。

 帰巣本能のおかげで、その日の内に日本橋へと戻ってくることが出来ました。人間たちが寝静まった真夜中でしたが、見つかってしまうのもいとわずにルナは何度も鳴いて赤ちゃんを呼びました。ですが、可愛い声が帰ってくることはありません。虫の奏でる物悲しいか細いしらべが繰り返し聞こえてくるだけです。お家のあった壁の隙間に赤ちゃんの姿はありませんでした。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)

tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します! トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気! 人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説

たったひとつの願いごと

りおん雑貨店
絵本
銀河のはてで、世界を見守っている少年がおりました。 その少年が幸せにならないと、世界は冬のままでした。 少年たちのことが大好きないきものたちの、たったひとつの願いごと。 それは…

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

ぽんちゃん、しっぽ!

こいちろう
児童書・童話
 タケルは一人、じいちゃんとばあちゃんの島に引っ越してきた。島の小学校は三年生のタケルと六年生の女子が二人だけ。昼休みなんか広い校庭にひとりぼっちだ。ひとりぼっちはやっぱりつまらない。サッカーをしたって、いつだってゴールだもん。こんなにゴールした小学生ってタケルだけだ。と思っていたら、みかん畑から飛び出してきた。たぬきだ!タケルのけったボールに向かっていちもくさん、あっという間にゴールだ!やった、相手ができたんだ。よし、これで面白くなるぞ・・・

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

美少女仮面とその愉快な仲間たち(一般作)

ヒロイン小説研究所
児童書・童話
未来からやってきた高校生の白鳥希望は、変身して美少女仮面エスポワールとなり、3人の子ども達と事件を解決していく。未来からきて現代感覚が分からない望みにいたずらっ子の3人組が絡んで、ややコミカルな一面をもった年齢指定のない作品です。

処理中です...