507 / 514
モモタとママと虹の架け橋
第百四十話 窓から見える景色
しおりを挟む
ちょうどその頃。モモタたちのいる島から西のほうのどこかにある町に、若くて綺麗な一匹のメス猫が窓辺に座ってお空を眺めていました。寂寥感(せきりょうかん)溢れる表情で窓の外を見つめるその猫は、蛍が放つ淡い光のような色合いの美しい茶トラの猫です。
荒れ狂う暴風雨に晒された太平洋側の島々とはうって変わって、この町の空は晴れ渡っています。台風の勢力圏の中にすっぽりと納まっていましたから、今朝方までずっと雨が降っていましたが、既に熱帯高気圧の影響はほとんどありません。
閉まっているはずの出窓から微かに流れてくる透き通った青色の優しい風に頬を撫でられて、美しい猫は目を覚ましました。その瞳からは、今正に涙があふれ出しています。しばらく力なく横になって密かに泣き続けていた美しい猫でしたが、鳴くのをやめるとゆっくりと起き上がって、おもむろに出窓へと向かいました。そして長い間ずっと、出窓の窓台に座っていたのです。
今は平静を取り戻したはつらつとした一日を予感させる青空を見つめ続けながら、この美しい猫は言いました。
「ああ、わたしの可愛い坊や。あの子は今どこにいるのかしら。
片時も忘れたことはないけれど、今になってあんな夢を見るなんて・・・。
とても寂しそうにしていた。わたしに会いたくて会いたくて、泣きながらわたしを呼んでいた」
閉じたまぶたの裏には、夢に見た悲痛な叫び声をあげて自分を呼ぶ子猫の姿が浮かんできます。
「あの日、あの時、わたしの子猫たちはみんな人間に掴まってしまったけれど、あの子だけはいなかったわ。――そう・・・、確かにあの子はいなかった。それならどこかで生きているかもしれない。
夢に見たあの子は、ずっと泣き続けていた。きっとつらい思いをしているんだわ。あの時まだ赤ちゃんだったから、とてもつらい思いをしたでしょうね。どれだけお腹を空かしてわたしの帰りを待ったことか。それからずっとつらい思いをして、今もつらい思いをしているのかもしれない。
急にわたしから離されてとても寒い思いもしたでしょうね。まだおっぱいを飲んでいたんですもの。わたしの温もりがなければ夜も眠れなかったはず。すぐに飛んでいって、キスをしてあげたい。なめてあげたい。一目でいい。どうしても会いたい」
美しいこの猫は、出窓の窓台に敷かれている刺繍された布の上に視線を落としました。
「ああ坊や、わたしの坊や。あれからどれだけの月日が経つのでしょう。あなたは、もう立派な男の子に成長しているはず。それでも、兄弟の中で一番小さくて内気だったあの子のことだから、未だにわたしを恋しがっていることでしょうね」
そう語りかけながら、慈しむように刺繍の上に置かれた何かを見つめています。キスをして頬ずりをして、優しくなめてやります。
「わたしをもらってくれたこのお家のご主人様から逃げ出して、みんなを探して回った時に見つけたこのきれいな石。この石を見ていると坊やたちを思い出すわ。小さな可愛いわたしの赤ちゃん。本当にこの石の様。
壁と壁の隙間から聞こえる人間の行き交う音と共に差し込む光があなたたちを照らすと、とてもキラキラと輝いてきれいだったわね。本当、輝く瞳で見上げる可愛い坊やたちを思い出す」
美しい猫が視線を落とす刺繍の上には、橙色の光を発する涙型の石がありました。間違いありません。モモタが探していた最後の虹の雫です。
最後の虹の雫は、なんとこの美しい猫が持っていたのでした。キラキラ光る茶トラの赤ちゃんのようにも見えたこの石を見つけた美しい猫は、失った我が子らを想う気持ちをこの石に重ねました。
そして、どういうわけか坊やたちを探すのを諦めて、自分を保健所から引き取ってくれたご主人様のお家に戻ったのでした。
それから長い時間が過ぎた今になって、別れ別れになったあの日と同じ気持ちになりました。とても動転していて居ても立ってもいられません。狭いオリの中でうろうろしたり飛び跳ねたりしたあの時の気持ちで、お部屋の中をうろつき続けたこの猫は、陽が昇ってからしばらくして、出窓の窓台に飾ってもらった橙色の虹の雫の前に座って、東の空を眺めていたのです。
この猫は以前、東京の日本橋という町にある料理屋さんの壁と壁の間に住みついて赤ちゃんを産みました。たくさんの料理屋があって昼も夜もにぎわっている場所でしたから、ごはんには困りません。
「ミューミュー」鳴く赤ちゃんちゃんたちの声につられてお家の隙間を覗き込む猫好きな人間もごはんを分けてくれました。
長男は黒猫。二男は白猫。そして三男は茶トラ猫です。どの坊やも可愛かったのですが、一番下の坊やが一番自分に似ていましたし、一番か弱い坊やで、お世話が大変だったので、一番想い入れがある坊やでした。
放っておくと、おっぱいをねだりにきた他の兄弟に弾かれてお乳を飲めません。お魚をほぐしたものを持ってきても、他の兄弟に取られて食べられてしまいます。
ですから、他の兄妹たちと比べてとても小さくて、二匹が乳離れする中でもまだおっぱいを飲まなければならないほどでした。
それでも元気いっぱい「ミューミュー」鳴いて、喜びを振りまいていました。
あの時美しい猫は、一生こんな幸せが続くものだと思っていました。まさか、坊やたちの大きな瞳に、涙があふれることになるなどとは、露にも思いませんでした。
荒れ狂う暴風雨に晒された太平洋側の島々とはうって変わって、この町の空は晴れ渡っています。台風の勢力圏の中にすっぽりと納まっていましたから、今朝方までずっと雨が降っていましたが、既に熱帯高気圧の影響はほとんどありません。
閉まっているはずの出窓から微かに流れてくる透き通った青色の優しい風に頬を撫でられて、美しい猫は目を覚ましました。その瞳からは、今正に涙があふれ出しています。しばらく力なく横になって密かに泣き続けていた美しい猫でしたが、鳴くのをやめるとゆっくりと起き上がって、おもむろに出窓へと向かいました。そして長い間ずっと、出窓の窓台に座っていたのです。
今は平静を取り戻したはつらつとした一日を予感させる青空を見つめ続けながら、この美しい猫は言いました。
「ああ、わたしの可愛い坊や。あの子は今どこにいるのかしら。
片時も忘れたことはないけれど、今になってあんな夢を見るなんて・・・。
とても寂しそうにしていた。わたしに会いたくて会いたくて、泣きながらわたしを呼んでいた」
閉じたまぶたの裏には、夢に見た悲痛な叫び声をあげて自分を呼ぶ子猫の姿が浮かんできます。
「あの日、あの時、わたしの子猫たちはみんな人間に掴まってしまったけれど、あの子だけはいなかったわ。――そう・・・、確かにあの子はいなかった。それならどこかで生きているかもしれない。
夢に見たあの子は、ずっと泣き続けていた。きっとつらい思いをしているんだわ。あの時まだ赤ちゃんだったから、とてもつらい思いをしたでしょうね。どれだけお腹を空かしてわたしの帰りを待ったことか。それからずっとつらい思いをして、今もつらい思いをしているのかもしれない。
急にわたしから離されてとても寒い思いもしたでしょうね。まだおっぱいを飲んでいたんですもの。わたしの温もりがなければ夜も眠れなかったはず。すぐに飛んでいって、キスをしてあげたい。なめてあげたい。一目でいい。どうしても会いたい」
美しいこの猫は、出窓の窓台に敷かれている刺繍された布の上に視線を落としました。
「ああ坊や、わたしの坊や。あれからどれだけの月日が経つのでしょう。あなたは、もう立派な男の子に成長しているはず。それでも、兄弟の中で一番小さくて内気だったあの子のことだから、未だにわたしを恋しがっていることでしょうね」
そう語りかけながら、慈しむように刺繍の上に置かれた何かを見つめています。キスをして頬ずりをして、優しくなめてやります。
「わたしをもらってくれたこのお家のご主人様から逃げ出して、みんなを探して回った時に見つけたこのきれいな石。この石を見ていると坊やたちを思い出すわ。小さな可愛いわたしの赤ちゃん。本当にこの石の様。
壁と壁の隙間から聞こえる人間の行き交う音と共に差し込む光があなたたちを照らすと、とてもキラキラと輝いてきれいだったわね。本当、輝く瞳で見上げる可愛い坊やたちを思い出す」
美しい猫が視線を落とす刺繍の上には、橙色の光を発する涙型の石がありました。間違いありません。モモタが探していた最後の虹の雫です。
最後の虹の雫は、なんとこの美しい猫が持っていたのでした。キラキラ光る茶トラの赤ちゃんのようにも見えたこの石を見つけた美しい猫は、失った我が子らを想う気持ちをこの石に重ねました。
そして、どういうわけか坊やたちを探すのを諦めて、自分を保健所から引き取ってくれたご主人様のお家に戻ったのでした。
それから長い時間が過ぎた今になって、別れ別れになったあの日と同じ気持ちになりました。とても動転していて居ても立ってもいられません。狭いオリの中でうろうろしたり飛び跳ねたりしたあの時の気持ちで、お部屋の中をうろつき続けたこの猫は、陽が昇ってからしばらくして、出窓の窓台に飾ってもらった橙色の虹の雫の前に座って、東の空を眺めていたのです。
この猫は以前、東京の日本橋という町にある料理屋さんの壁と壁の間に住みついて赤ちゃんを産みました。たくさんの料理屋があって昼も夜もにぎわっている場所でしたから、ごはんには困りません。
「ミューミュー」鳴く赤ちゃんちゃんたちの声につられてお家の隙間を覗き込む猫好きな人間もごはんを分けてくれました。
長男は黒猫。二男は白猫。そして三男は茶トラ猫です。どの坊やも可愛かったのですが、一番下の坊やが一番自分に似ていましたし、一番か弱い坊やで、お世話が大変だったので、一番想い入れがある坊やでした。
放っておくと、おっぱいをねだりにきた他の兄弟に弾かれてお乳を飲めません。お魚をほぐしたものを持ってきても、他の兄弟に取られて食べられてしまいます。
ですから、他の兄妹たちと比べてとても小さくて、二匹が乳離れする中でもまだおっぱいを飲まなければならないほどでした。
それでも元気いっぱい「ミューミュー」鳴いて、喜びを振りまいていました。
あの時美しい猫は、一生こんな幸せが続くものだと思っていました。まさか、坊やたちの大きな瞳に、涙があふれることになるなどとは、露にも思いませんでした。
0
あなたにおすすめの小説
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)
tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!!
作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など
・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。
小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね!
・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。
頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください!
特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!
トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気!
人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説
たったひとつの願いごと
りおん雑貨店
絵本
銀河のはてで、世界を見守っている少年がおりました。
その少年が幸せにならないと、世界は冬のままでした。
少年たちのことが大好きないきものたちの、たったひとつの願いごと。
それは…
ぽんちゃん、しっぽ!
こいちろう
児童書・童話
タケルは一人、じいちゃんとばあちゃんの島に引っ越してきた。島の小学校は三年生のタケルと六年生の女子が二人だけ。昼休みなんか広い校庭にひとりぼっちだ。ひとりぼっちはやっぱりつまらない。サッカーをしたって、いつだってゴールだもん。こんなにゴールした小学生ってタケルだけだ。と思っていたら、みかん畑から飛び出してきた。たぬきだ!タケルのけったボールに向かっていちもくさん、あっという間にゴールだ!やった、相手ができたんだ。よし、これで面白くなるぞ・・・
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
美少女仮面とその愉快な仲間たち(一般作)
ヒロイン小説研究所
児童書・童話
未来からやってきた高校生の白鳥希望は、変身して美少女仮面エスポワールとなり、3人の子ども達と事件を解決していく。未来からきて現代感覚が分からない望みにいたずらっ子の3人組が絡んで、ややコミカルな一面をもった年齢指定のない作品です。
こわモテ男子と激あま婚!? 〜2人を繋ぐ1on1〜
おうぎまちこ(あきたこまち)
児童書・童話
お母さんを失くし、ひとりぼっちになってしまったワケアリ女子高生の百合(ゆり)。
とある事情で百合が一緒に住むことになったのは、学校で一番人気、百合の推しに似ているんだけど偉そうで怖いイケメン・瀬戸先輩だった。
最初は怖くて仕方がなかったけれど、「好きなものは好きでいて良い」って言って励ましてくれたり、困った時には優しいし、「俺から離れるなよ」って、いつも一緒にいてくれる先輩から段々目が離せなくなっていって……。
先輩、毎日バスケをするくせに「バスケが嫌い」だっていうのは、どうして――?
推しによく似た こわモテ不良イケメン御曹司×真面目なワケアリ貧乏女子高生との、大豪邸で繰り広げられる溺愛同居生活開幕!
※じれじれ?
※ヒーローは第2話から登場。
※5万字前後で完結予定。
※1日1話更新。
※noichigoさんに転載。
※ブザービートからはじまる恋
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる