猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第百三十五話 絶望

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 三つの明り取りの窓が設置されていますが、月明かりさえない台風の中にいるのですから、懐中電灯以外の光は全くありません。

 大きな余震があって、灯台がとても大きく揺れました。震えてしゃがみ込んだ亜紀ちゃんは、恐怖のあまりモモタを抱きしめます。カンタンが、亜紀ちゃんに寄りそってしゃがみました。

 余震が治まると、亜紀ちゃんはまた階段を上り始めました。螺旋階段なので、踏面は普通の階段よりも外側の方が広く、内側に向かって狭くなっています。大人にとっても上りづらい階段を、亜紀ちゃんは一生懸命上っていきました。

 突然、灯塔の内側に強い衝撃が伝わりました。シロナガスクジラの尾ひれがふるい落とされたような巨大な何かが灯台を直撃したのです。

 再びしゃがみ込んだ亜紀ちゃんに向かって、上から海水が流れてきます。滝と化した激しい流れに亜紀ちゃんはひっくり返されて、そのまま階段を転げ落ちていきました。

 アゲハちゃんとキキは飛び上がって無事でしたが、間に合わなかったカンタンはモモタとチュウ太と一緒に流されていきます。

 モモタとチュウ太、そして亜紀ちゃんは、一階の水溜りまで落ちていって沈んでしまいました。

 しかし、災難はそれだけではありません。開けっぱなしだった上げ下げ窓から抜けていく海水に流されて、亜紀ちゃんは窓に磔にされてしまったのです。

 呼吸ができません。流されてきたチュウ太をくわえたモモタが、必死に亜紀ちゃんの洋服に爪を立てて引っ掛かっています。下半身は外に出ていました。

 息が出来なくて意識が遠のいていきます。もうだめかと思った時に、ようやく亜紀ちゃんの頭が海面に出てきました。欠乏した酸素を取り込もうと、肺が痛くなるくらいに激しい呼吸を繰りかえします。

 亜紀ちゃんは、モモタを引っ張り上げて頭の上に乗せました。そして、ぷくぅっと顔を膨らませます。

 急に溜まった海水の流れが弱まりました。亜紀ちゃんが、足で上げ下げ窓を下ろしたようです。なんとか動けるまでに流れは弱まりました。

 亜紀ちゃんは姿勢を直してから、もう一度ぷくぅっと顔を膨らませます。今度同じことがあったら大変だと思ったのでしょう。亜紀ちゃんは、足で強引に上げ下げ窓を完全に閉めたようです。

 前より深くなってしまった水たまりを、亜紀ちゃんは懸命に泳ぎました。ほとんど溺れているだけでしたが、一生懸命手足をばたつかせて階段を目指します。階段に到着した亜紀ちゃんは、休みもせずにもう一度階上を目指して走り始めました。

 何度か流れてくる滝を耐え抜いて、亜紀ちゃんはようやく最上階に上ってくることが出来ました。

 塔室の中央には、正面側に丸くて大きなレンズのついた四角い灯器があります。それ以外には、小さな木の机が転がっているだけでした。
 地震のためでしょうか。正面に大きなガラス窓があったようですが、割れて落ちてしまっています。

 「っ!!」亜紀ちゃんが微かな声を発して立ち止まり、固まってしまいました。

 亜紀ちゃんが視線を落とす足元をモモタが見やると、割れたガラスが散乱しています。履いていた長靴が両方ともありません。靴下だけでガラスの上を歩いてしまったがために、足の裏を切ってしまったようです。

 それでも亜紀ちゃんは、恐る恐る窓を目指します。そばまで来た亜紀ちゃんでしたが、窓の高さまで身長が届きません。

 何をしようとしているのかを察したモモタは、机のところに行って亜紀ちゃんを呼びました。

 それに気がついた亜紀ちゃんが、そろりそろりと歩いてきます。ときどき痛みに顔を歪ませながらも、唇と噛んでやって来ました。

 頑張って机を窓のそばまで持ってきた亜紀ちゃんは、机の上によじ登ります。その足の裏は真っ赤に染まっていました。ワンポイントの刺繍と三段の淡いピンク色をしたヒダ飾りのある白い靴下に血が滲んでいたのです。

 亜紀ちゃんは、持っていた懐中電灯をつけて海を照らしました。見ているモモタたちは、とても悲痛に感じました。とても苦しい思いでいっぱいです。

 懐中電灯程度の灯りでは、全く海まで届かないでしょう。それでも亜紀ちゃんは、一生懸命に海を照ら続けます。 

 「パパァぁぁー! パパァぁぁー!」

 亜紀ちゃんが呼びかけます。その声は暴風雨にかき消されて、窓の外へも出ていけずにいました。

 追い打ちをかけるように、またも巨大な津波波が襲い掛かってきました。吹き飛ぶガラス片のような水しぶきをまき散らしながら砕波した波が灯室に押し入ってきます。亜紀ちゃんが波に飲み込まれました。波は濁流となって暴れ回ります。そして、渦を巻いて階下へと吸い込まれていきました。

 机の上から落ちた亜紀ちゃんは、地面に強く打ちつけられました。痛みを感じる間もなく波にのまれて、流れに翻弄されて溺れます。

 「亜紀ちゃん!」モモタが叫びました。

 押し入ってきた波にのまれる直前に灯器に飛び乗ったモモタが、亜紀ちゃんを何度も呼び続けます。

 その声に導かれるように、亜紀ちゃんが腕を伸ばしました。運よく灯器にレインコートが引っ掛かります。なんとかしがみついた亜紀ちゃんをまねき上げよう、とモモタは亜紀ちゃんを何度も肉球でさすり上げました。

 水位が急速に下がっていきます。重さに耐えられなくなったレインコートが音を発てて裂けました。亜紀ちゃんは、受け身も取れず地面に落ちてしまいました。

 小さくも衝撃的な破壊音が鳴り響きます。みんなは、思わず声を失いました。

 亜紀ちゃんは、持っていたはずの懐中電灯がないことに気がついて、懸命に辺りを探します。すぐに見つけて駆け寄りました。そして、しゃがみ込むと同時に、亜紀ちゃんは悲痛で砕け散ったような叫び声をあげました。

 「あ~~~~~~!!!!!」(濁点がついた『あ』)

 モモタが駆け寄って見ると、懐中電灯が壊れていました。

 モモタにはどういう構造になっているのかは分かりません。光るところにはめ込まれているガラスは割れて、頭の部分が取れかかっています。

 亜紀ちゃんは一生懸命付け直そうとしますが、上手くいきません。余計に壊れてしまいました。

 疲れ果てて上手く指が扱えないのでしょう。懐中電灯を床に落としてしまいました。その拍子に更に壊れて幾つかに分裂してしまいました。中から単四乾電池が転がり出てきます。

 「あ~~~~~~!!!!!」(濁点がついた『あ』)

 亜紀ちゃんは、更に大きく深く震える声で絶叫しました。全身から魂を絞り出すかのように。

 もはや、亜紀ちゃんには成す術がないかのように誰もが思いました。


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