極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ

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Lesson 21 もう泣かなくていいよ

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 ボーリング場を出て、私たちはちょっとおしゃれな喫茶店に入ってランチを頼んだ。

 松永はハンバーグランチ。
 私はエビドリアランチ。

 会話は弾むような、弾まないような、お互い探り合うような会話が続く。

 きっかけが欲しい私たち。
 微妙な空気になりかけている。
 その空気を打破したいと思っているのにどんな言葉を掛けていいのかがわからずに濁し続けている感じだった。

「なあ」

 運ばれてきたドリアに口をつけようとした瞬間、松永に声を掛けられた。

「な……に?」

 スプーンを持ったまま、上目使いに松永を見るとぐいっと海老フライを突き付けられた。

「交換」
「は?」
「俺も……ドリア食いたい」

 ランチの金額よりもボリュームのありそうな海老フライ。

 松永はドリアをじっと見つめて、諦めることなく海老フライを差し出している。

「仕方ないなあ」

 言って松永にスプーンを差し出す。

「好きなだけ取っていいよ」

 だけど松永は首を振った。

「……一口だけ、ここに入れて」

 そう言って彼は大きく口を開けた。

 その姿がエサを欲しがる小鳥のように見える。
 どうしたものかとスプーンと松永の口を見比べつつ、それでも催促するように口を開いたままのKれの口のへスプーンを突っ込んだ。

 私がドリアを放り込むと、松永はしあわせそうに目を細めながら口を閉じた。

「あふ~っ!」

 スプーンを口から離した瞬間にほころぶ顔が本当に小鳥のようで、思わず笑ってしまう。

「ほんと子供なんだから、松永は」

 言いながら、私は松永に差し出された海老フライを口に入れる。
 肉厚のぷりぷりのエビに歯を立てると、プチリっと音を立てて千切れ、フライのサクサク感と一緒に口に広がっていく。

 熱いフライ。
 松永と一緒の食事。
 この間の葵との食事とは大違い。

 貪るようにドリアを口に放り込む私と同じように、松永も自分の海老フライに喰らいついていた。

 ときどき目が合う。
 そのたびに松永はしあわせそうににっこりとほほ笑んだ。

 食事がおいしい。
 意地悪もない。
 イライラもしない。

 ――これがデートだよなあ。

 ゆっくりとランチを楽しんでから、私たちはそのまま街の中をぶらついた。
 ぎこちなかった会話は松永の『食べ物交換』からなくなっていた。

 自然に手を繋ぎながら歩いていた。
 斜めに顔を上げればそこには松永の顔がある。
 葵よりもちょっと低い位置。
 でも、決して物足りなさを感じるような距離ではない。
 葵は見上げるほど高くて、背伸びしないと届かない距離にもどかしさもあった。

 なんでも葵と比べる自分にツッコミを入れたくなる。

 誰とデートしても、誰と手を繋いでも、その脳裏には必ず葵がまとわりつく。

 手の大きさ、指の長さ、その感触。
 全てにおいて比べてしまう私。
 こんなこと、松永に言えるわけがない。

 フッと顔を上げて、前方を見る私の目の中に飛び込んでくる光景に私は足をとめていた。

「大霜?」

 ズキンとひと際大きく胸が鳴る。
 痛みを覚えるその音に、私は息ができなくなった。
 反対側の歩道を歩く男女の姿が、スローモーションみたいに流れていく。

「葵……」

 スーツ姿の葵の腕に絡まる女の腕。
 見たことのあるその女の姿に私の機能の全てが急速に凍結していく。

 楽しそうにほほ笑み合う二人。
 葵と柏木さんが楽しそうに歩いていた。

 ――あれはなに? なんなの? 意味が……わかんない。

「……すげーな」
「え?」
「大人のカップルってかんじ? ああいうの、ちょっと憧れるかも」

 葵を知らない松永から見ても、そう思えるんだもの。
 それなら葵を知っている私が見ればなおさらふたりはすごくお似合いだった。
 仮に柏木さんと自分を入れ替えて頭の中でシュミレーションしてみる。
 だけどため息が出るほど、通り過ぎる人が振り返るほど、素敵な組み合わせになりはしない。

 道を挟んだ反対側に私がいるなんて葵は気づきもしないで行ってしまった。
 私は一目でわかったのに、葵にはわからなかったんだ。

 そう思うと目頭が熱くなって、こぼれそうになるものを必死でこらえるために、ギュッと強く唇を噛みしめた。

「大霜?」

 心配そうに覗きこむ松永に、私は小さくほほ笑んで見せる。

 葵が私の知らないところでなにをしていても私だって人のことを言えた義理じゃない。

 そんなことはわかってる。
 だって彼氏じゃない。
 ただのお隣さんで私の家庭教師。
 興味本位で一度きり、大人の関係になっただけの相手。
 好きでもなんでもない。

「行こう」

 コクリとうなずいて歩き出す。

 結局、からかわれていただけなんだと、これではっきりした。
 振り回されてドツボにハマる前にわかってよかったじゃないか。

 なのに、胸がズキズキ痛みを訴える。
 松永が強く私の手を握ってくるから顔を上げる。

「泣くな」

 私の顔を見つめた松永がそう告げた。
 その言葉に抑えきれなくなった涙がぽろっと一粒だけこぼれた。

「俺の前では泣くなって言ったのになあ」

 強く手を引かれて松永の腕の中に押し込められる。
 彼の優しい心音が聞こえると、彼の息が髪にかかる。

「もう泣かなくていいよ」

 ズキズキ泣く心がもう一つ別の音を立てる。
 葵に遊ばれていたんだと気付いた瞬間、私の中の『思い』が弾け飛んだ。

 気づかなければよかったのに、気づいてしまった思い。
 それが、まるでガラス窓を割ったかのように鮮やかに砕け散る。
 痛む胸を抑える私を真綿のようにくるりと温かく松永が包み込むから……私は――


「もう泣かせない」

 松永の声が耳元で聞こえ、泣きながら少し顔を上げた。

「なあ、俺の彼女になってくれよ」

 そう言って近づいてくる松永から目を逸らせなかった。
 気づいた思いが砕け散るその中で、私は松永の瞳を見つめたまま、彼の柔らかい唇の感触に流されていた。
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