極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ

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Lesson 22 大好きだけど大嫌い

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 長い影が足元から伸びている。
 私と……そして松永の影。
 寄り添うように重なる影を見つめながら、私は家の前までやって来ていた。

 繋いだ手のぬくもりは私の心の芯には届かなくて、一歩手前で消えてなくなってしまう。

「ここ……なんだ、うち」

 松永に向かい合うように立ち止って、私は自分の家を指差した。

「そっか」
「今日は……ありがと……」
「うん」

 小さく笑う私の手を松永はゆっくりと離した。

「ひとりで大丈夫か?」


 ドキンとも、ズキンとも、どっちにも取れるような音を心臓が立てる。
 私がわざと大きく笑ってみせたら、見抜いたみたいに松永は私をギュッと抱きよせた。

 たばこの匂いはしない。もちろん香水も。
 洗濯洗剤のさわやかな匂い。
 違う匂い。
 心地はいい。
 でも胸がズキズキと痛んで仕方がない。

「だいじょーぶだから」

 松永の胸を押し返して私は笑う。
 彼は少し淋しそうに笑ったけれど、「わかった」と言って私を離した。

「じゃ、明日な」
「うん」

 こくりとうなずくと、松永がぽつりと呟くように言った。

「後悔はさせねーから」
「え?」

 力強くもう一度私の腕を引き寄せて、松永は囁いた。

「陽菜子が俺を選んだこと、絶対に後悔なんてさせねーから」

 いつもの『大霜』ではなくて、松永ははっきりと『陽菜子』と呼んだ。
 その言葉に返す答えを見つけられなくて、私はただ黙ったままでいた。
 気づいた思いには気づかないふりをして――

 これが『逃げ』だとわかっても、振りほどけないのは私のズルさゆえなのに。

「後でまたLINEするから」
「うん」

 松永は大きく手を振って帰って行った。

 ひとつになった影が足元から長く伸びる。
 去って行く影を追うように真っすぐ伸びる黒い影はユラユラ揺れている。

 目頭が熱くなってとっさに押さえる。
 指先からポロリと落ちる涙は、何粒目なんだろう?

 グイッと乱暴に目元をぬぐうと、すっかり見えなくなった松永の背中を思い出しながら家の中に入った。

 台所から夕飯のいい匂いがしたけれど、食欲はそそられない。
 匂いから逃れるように階段を駆け上がる。
 階下で「帰ったの?」と母が声を掛けてきたけれど、それにもまともに答えられなくて自分の部屋に逃げ込んだ。

「う……く……」

 部屋に入った途端に涙があふれて、その場にズルズルへたり込んでしまった。
 床にお尻がつくと、膝を抱えた。
 ギュッと唇を噛みしめて、声は絶対に出さないように。
 だって悔しいから。
 泣いている事実が、気づいた思いが悔しくて、悔しくてたまらないから。
 だからこそ泣いているという事実そのものを隠してしまいたかった。
 思いはもう隠せない。
 たったひとつの真実を自分の中に見つけてしまった。

 だけどその思いは壊れて、砕けて、散った。
 気づいた瞬間に終わった恋。

 ――葵が好き。

 それなのに松永の彼女になるのは、葵を忘れるために別の誰かの手が必要だったからだ。

 ひどい女。
 だけど、だけど、だけど……私がどんなに葵が好きでも隣にいる自信がない。
 柏木さんとのツーショットを見て、私と葵ではつり合いが取れないことを痛感した。

 大人の葵と子供の私。
 きっと私が葵の隣に同じように立っても、同じように腕を絡めても、柏木さんみたいな雰囲気にはならない。

 妹とお兄ちゃん。
 他人から見たらはきっと、そう見えるに違いない。

 私は背伸びをしてはいけない。
 背伸びして大人ぶったって、葵の年には近づけない。
 高校生は高校生らしく、同じ年くらいの男子と付き合ったほうがお似合いなんだ。

 葵が好き。
 葵がすごく好き。
 でも、葵の隣に私は立てない。
 こんな思い、気づかなければよかった。

 葵なんか嫌い。
 葵なんか大嫌い。

 意地悪で、すぐに大人ぶって、からかって、遊んで。
 そんな葵が大嫌いだと心の中で愚痴っていただけの私に、戻れるものならば戻りたい。

 大嫌いと思いこもうとすればするほど好きな気持ちが大嫌いを追い越してしまう。

 葵に会いたい。
 話がしたい。
 でもダメ。
 私はもう選んだんだ。

 松永の彼女になるって。
 でも今日くらいは泣くのを許してほしい。
 明日からはすっぱりとこの気持ちを断とう。

 ――だって、これ以上惨めな思いはしたくない。

 そんなときにスマホが鳴った。
 手に取った私の目に飛び込んできた文字に心臓がしぼるように縮まった。

『葵』

 鳴り続けるスマホを手の色が白くなるほど強く握りしめた。

 なんでこのタイミングなのだろうか?
 まるで見計らっているみたいに、かかってくる電話。
 全部私のやることはお見通しみたいな葵。

 握りしめたスマホが『出ろ! 出ろ!』と催促しているみたいに聞こえた。

 出たい。
 葵の声が聞きたい。
 でも無理。
 こんな顔で、こんな声で、こんな気持ちで話す余裕なんてない。

 しばらくしてスマホは鳴りやんだけれど、スマホを手離すことができなかった。
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