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Lesson 28 決意
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一番初めに見たのは、真っ白な天井だった。
視界に飛び込んできた天井に空いた丸い小さな穴をぼんやりと見る。
なにがどうなったの?
「……っつ!」
ズキンッと頭が一瞬だけ痛んだ。
「大丈夫か!?」
白い天井と私の間に割り込むように松永の顔が飛び込んできた。
汚れた体操服姿のままの松永が顔面蒼白と言っていいほどに、血の気の引いた顔でそこにいた。
日に焼けて真っ黒なはずなのに真っ青に見えるなんておかしいんだけど。
「う……ん。大丈夫」
顔まで砂埃がついている。
相当がんばったんだろうな、サッカー。
そんなことを考える余裕まであるくらいに私はいつになく冷静だった。
松永が近くにいても胸がドキドキとならない。
冷めているわけじゃなくて、とても自然に松永に向き合っていた。
「どうしたんだよ?」
松永の目が『ちゃんと言え』と言っている。
「なんでもない。ちょっと力入っちゃったのかな?」
体をゆっくりと起こしながら答える。
ベッドの周りを覆うカーテンが、ユラユラと小さく風に揺れていた。
「言ってたぞ、他の女子が。バスケ部のやつらにやたら狙われてたって。
それ、俺のせいだって」
余計な事を言ってくれるのも女子のいいところなのかな。
「なんで?」
とぼける私の肩を松永がグッと掴んだ。
「怒れよ! なんでそんな普通の顔してんだよっ!」
肩に食い込む松永の、いつにない力強い手。
「松永。グランプリ、がんばろうよ」
「今、そんな話してねえだろう!」
「そうしないと、きっと誰も納得してくれない気がするんだ」
誰もが認める『ベストカップル』になれたら、彼女も納得してくれるかもしれない。
私がはっきりしていないから、彼女の心がジリジリしたのかもしれない。
「俺……そんなに頼りないのか?」
松永の心が折れるみたいに……声が、力が弱くなる。
「違うよ」
その心を折るのは私。
でも、『頼りにならない』んじゃないの。
「私がもう、ブレられなくなっただけ」
松永に甘えたくない。
甘えたまま松永といたくない。
向き合うって決めたから。
だから、まっすぐな自分でいたかった。
松永の手がゆっくりと離れる。
掴まれていた肩に松永の熱がじんわり残っている。
痛むのは肩じゃなく胸。
でも、もうブレられない。
「だーっ!」
松永はバリバリと頭を掻きむしり、そう叫んだ。
「松永?」
驚く私の前で、掻きむしる手を止めて松永は小さく笑った。
「ダメだ、俺」
「え?」
「今の陽菜子、俺的に超ストライクすぎる!」
キラキラ瞳を輝かせて松永は私を見つめた。
「やっぱり今のおまえがすげー好き」
言っている意味がまったく理解できない私に、松永はため息をつきながら伸びをして見せた。
黄色い汚れをたくさんつけた体操服のゼッケンのしわが、それにつられるように伸びた。
「そうなんだよなー。俺さ。おまえのこう……なんつーの? 背筋伸びた姿っつーか、そんなかんじが好き……っつーの?」
松永はそう言って、背筋を伸ばして見せた。
「いっつも思ってたんだよ。背筋伸ばしてるときの横顔がすっげーキレイだって」
何が言いたいんだろう?
背筋伸ばしているときの横顔?
「本当の陽菜子の姿ってそれだよな?」
その言葉に心の中に雫が落ちた。
広がる波紋。
響くのは真っすぐな言葉。
「俺、諦め悪い男だかんな」
にっこりと笑む松永に、私は同じように笑みを返した。
「ストーカーって言われても、おまえを追うと思う」
わかってくれたことに、気持ちが軽くなる。
「だから、ベストカップルは絶対に貰おうな」
松永でよかった。
松永だからよかったんだ。
葵よりも松永と出会うのが先だったら、私はきっと彼に恋をしたと思う。
私と松永を包み込む白いカーテンが、彼の心みたいに真っ白で、彼の心みたいにまっすぐな色だなと思った。
「足、引っ張らないでよ」
「おまえには言われたくねーよ」
屈託なく笑い合えるのは、きっと松永が本当にすごくいいヤツだからなんだ。
ごめん。
好きになれなくて。
好きじゃないのに、甘えて、期待させて、本当にごめん。
これで本当に良かったのか――それは今はまだわからない。
でも、これで本当に良かったと思いたいから私は決める。
グランプリ、なんとしてでも優勝して、葵に、あの意地悪カテキョに。
『俺の隣にいろ』
そう言わせてやるんだもん!
だって私から告白するなんて悔しいから。
だから言わせたい。
柏木さんとお似合いだと思っても、それでも葵には振り向いてもらいたい。
ずっと見てきたのは私。
他の人が知らない顔を、私だけは知っている。
知らない顔もないわけじゃないけど、それでも知っている顔の方が絶対に多いから。
上手くいかないことはこの際考えない。
だって、好きになるのは自由だから、この先どうこうはもう考えない。
ただ、目標だけはしっかりと持って前を見る。
すべてに踏ん切りがつけばきっと、松永を好きな彼女だってわかってくれるはず。
カーテンを勢いよく開ける松永と一緒に教室に戻るために、私はベッドを下りた。
まだなんとなく、頭の痛みはあるけれど、それでも胸の痛みはもうなくて。
そのかわりに私の中は小さな決意がちゃんと育っていた。
視界に飛び込んできた天井に空いた丸い小さな穴をぼんやりと見る。
なにがどうなったの?
「……っつ!」
ズキンッと頭が一瞬だけ痛んだ。
「大丈夫か!?」
白い天井と私の間に割り込むように松永の顔が飛び込んできた。
汚れた体操服姿のままの松永が顔面蒼白と言っていいほどに、血の気の引いた顔でそこにいた。
日に焼けて真っ黒なはずなのに真っ青に見えるなんておかしいんだけど。
「う……ん。大丈夫」
顔まで砂埃がついている。
相当がんばったんだろうな、サッカー。
そんなことを考える余裕まであるくらいに私はいつになく冷静だった。
松永が近くにいても胸がドキドキとならない。
冷めているわけじゃなくて、とても自然に松永に向き合っていた。
「どうしたんだよ?」
松永の目が『ちゃんと言え』と言っている。
「なんでもない。ちょっと力入っちゃったのかな?」
体をゆっくりと起こしながら答える。
ベッドの周りを覆うカーテンが、ユラユラと小さく風に揺れていた。
「言ってたぞ、他の女子が。バスケ部のやつらにやたら狙われてたって。
それ、俺のせいだって」
余計な事を言ってくれるのも女子のいいところなのかな。
「なんで?」
とぼける私の肩を松永がグッと掴んだ。
「怒れよ! なんでそんな普通の顔してんだよっ!」
肩に食い込む松永の、いつにない力強い手。
「松永。グランプリ、がんばろうよ」
「今、そんな話してねえだろう!」
「そうしないと、きっと誰も納得してくれない気がするんだ」
誰もが認める『ベストカップル』になれたら、彼女も納得してくれるかもしれない。
私がはっきりしていないから、彼女の心がジリジリしたのかもしれない。
「俺……そんなに頼りないのか?」
松永の心が折れるみたいに……声が、力が弱くなる。
「違うよ」
その心を折るのは私。
でも、『頼りにならない』んじゃないの。
「私がもう、ブレられなくなっただけ」
松永に甘えたくない。
甘えたまま松永といたくない。
向き合うって決めたから。
だから、まっすぐな自分でいたかった。
松永の手がゆっくりと離れる。
掴まれていた肩に松永の熱がじんわり残っている。
痛むのは肩じゃなく胸。
でも、もうブレられない。
「だーっ!」
松永はバリバリと頭を掻きむしり、そう叫んだ。
「松永?」
驚く私の前で、掻きむしる手を止めて松永は小さく笑った。
「ダメだ、俺」
「え?」
「今の陽菜子、俺的に超ストライクすぎる!」
キラキラ瞳を輝かせて松永は私を見つめた。
「やっぱり今のおまえがすげー好き」
言っている意味がまったく理解できない私に、松永はため息をつきながら伸びをして見せた。
黄色い汚れをたくさんつけた体操服のゼッケンのしわが、それにつられるように伸びた。
「そうなんだよなー。俺さ。おまえのこう……なんつーの? 背筋伸びた姿っつーか、そんなかんじが好き……っつーの?」
松永はそう言って、背筋を伸ばして見せた。
「いっつも思ってたんだよ。背筋伸ばしてるときの横顔がすっげーキレイだって」
何が言いたいんだろう?
背筋伸ばしているときの横顔?
「本当の陽菜子の姿ってそれだよな?」
その言葉に心の中に雫が落ちた。
広がる波紋。
響くのは真っすぐな言葉。
「俺、諦め悪い男だかんな」
にっこりと笑む松永に、私は同じように笑みを返した。
「ストーカーって言われても、おまえを追うと思う」
わかってくれたことに、気持ちが軽くなる。
「だから、ベストカップルは絶対に貰おうな」
松永でよかった。
松永だからよかったんだ。
葵よりも松永と出会うのが先だったら、私はきっと彼に恋をしたと思う。
私と松永を包み込む白いカーテンが、彼の心みたいに真っ白で、彼の心みたいにまっすぐな色だなと思った。
「足、引っ張らないでよ」
「おまえには言われたくねーよ」
屈託なく笑い合えるのは、きっと松永が本当にすごくいいヤツだからなんだ。
ごめん。
好きになれなくて。
好きじゃないのに、甘えて、期待させて、本当にごめん。
これで本当に良かったのか――それは今はまだわからない。
でも、これで本当に良かったと思いたいから私は決める。
グランプリ、なんとしてでも優勝して、葵に、あの意地悪カテキョに。
『俺の隣にいろ』
そう言わせてやるんだもん!
だって私から告白するなんて悔しいから。
だから言わせたい。
柏木さんとお似合いだと思っても、それでも葵には振り向いてもらいたい。
ずっと見てきたのは私。
他の人が知らない顔を、私だけは知っている。
知らない顔もないわけじゃないけど、それでも知っている顔の方が絶対に多いから。
上手くいかないことはこの際考えない。
だって、好きになるのは自由だから、この先どうこうはもう考えない。
ただ、目標だけはしっかりと持って前を見る。
すべてに踏ん切りがつけばきっと、松永を好きな彼女だってわかってくれるはず。
カーテンを勢いよく開ける松永と一緒に教室に戻るために、私はベッドを下りた。
まだなんとなく、頭の痛みはあるけれど、それでも胸の痛みはもうなくて。
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