9 / 27
【8】宰相補佐官
しおりを挟む猫を飼う事になってから、一週間ほどが経った。
騎士団はほぼ平穏に戻り、陛下も理性を取り戻したものの――相変わらず僕の仕事は忙しい。何せ僕の部下である文官連中は、四十歳以下が圧倒的に多く、大抵の場合それ以降の年代になると、各地の自分の領土や、どこかの貴族の領土の宰相となって悠々自適な生活を送る者が多いため、城には残らないのだ。
残っているのはそれこそ、大変偉い層だが、名誉職ばかりなので、あまり登城しないし、お世辞にも多忙な仕事を裁ける体力は無いらしい。無いらしいと言うか、本当はあるのだと思う。
僕が彼等を蹴落として宰相職に就いたため、率直に言うと嫌われているので、あまり手伝ってもらえないし、コチラも頼む気が起きない。だが……そんな事を言っている場合ではないのかも知れないが……そうだ、言っている場合ではない。国のためを思うなら、ここは僕が折れて、頼みに行った方が良いのだろうか。
「はぁ……」
僕は溜息をつきながら、羽ペンを動かした。
その時ノックの音がしたので、この忙しい時に一体誰だと思いながら、顔を上げた。
「失礼します」
「レガシー……」
「お疲れみたいですね」
以前と変わらない顔をしているレガシーを見て、僕は思わず目を細めた。
「我輩に何か用か?」
「何か用かって――俺は宰相補佐官ですよ。用が無くても、ここには来ますよ」
「今まで来なかったくせによく言うな」
「困ってる宰相閣下を見てるのが楽しく――じゃなくて、辛くて!」
「……なんだと?」
「召喚阻止が出来なかったので、せめてこの城から勇者を移動させるべく画策してました」
その言葉に驚いて、僕は顔を上げた。
「どういう事だ?」
「どういう事って、いつも俺の耳にたこができるほど、言ってるじゃないですか。言われたこと以上のことを、考えてやれって。召喚が阻止できなかった以上、他の方策が見つかるまで、とりあえず遠ざけるしかないでしょう?」
「確かに勇者がいなくなってくれれば助かるが――……貴様は勇者アスカに魅了されていたんじゃ……?」
「ああ、なんか魔術使ってる見たいですね。でも俺は、ほらコレ」
レガシーはそう言うと、魔法石のはまった首飾りを服の下から取り出した。
「俺の家、女系なんで、よく魅了魔術で取り入ろうとする男魔術師連中が来るんですよ。だから、全員、解除魔法が込められた魔法石を持ってるんですよね」
さすがは侯爵家!
と、僕は思った。
ならば――……
「それは騎士団長の家を始めとした全ての侯爵家にあるのか?」
「いえ。俺の所だけですね」
じゃあジークは本当に精神力で魅了魔術を防いだのかと、再び感動した。
感動と言えば、レガシーもだ。コイツやっぱり使える!
「それで? 勇者をどうしたんだ?」
「国教会に送りました。あそこは、若い人は女性とスイ様しかいないので、被害はまぁ一名だけになりますよ」
「良くやった」
「いやぁもう勇者を言いくるめるのに苦労しました」
レガシーがそう言いながら、珈琲を淹れてくれた。
安堵しながら俺はそれを飲んだ。
疲れきっていたのと、最近レガシーと会うことが無く彼の本来の目的を忘れていたため、何の注意をするでもなく、普通に飲んでしまった。
「っ」
瞬間、視界がぐらりと揺れた。
――そうだった、レガシーは僕の事を暗殺しようとしていたのだった!
「え」
椅子から倒れそうになった僕に、慌てた様子でレガシーが走り寄ってくる。
尋常ではない眠気を感じ、元々の睡眠不足もたたって、すぐに僕は、意識を失いそうになる。多分これは、睡眠薬入りだ。
「ちょ、何飲んじゃってるんですか!」
自分で薬を盛ったくせに何を言っているんだと思いながら、僕はレガシーに抱き留められるような体勢で、意識を失った。
「ん……」
目を覚ました時、僕は寝台に横になっていた。
鈍い頭痛がする額に手を当てながら起き上がり、周囲を見回す。
宰相執務室脇の仮眠部屋のようだった。
時計を見れば、既に午後四時を回っていた。嗚呼今日の分の仕事はほとんど出来ていない。まず考えたのはそれだった。ゆっくりと立ち上がり、執務室へと通じる扉を開ける。するとそこでは、レガシーが黙々と書類仕事をしていた。
「――宰相閣下! あ、起きたんですね」
「……ああ」
「今日中にやらないとまずそうな書類は、大体片付けておきましたけど」
「悪いな」
「いえ」
「……」
「なんです?」
僕が無言でレガシーを見ていると、彼が首を傾げた。
「どうして、我輩を暗殺しなかったんだ?」
「はい?」
「絶好のチャンスだっただろう」
「――……閣下こそ、あんなにあっさり飲むなんて、どうしちゃったんですか?」
するとレガシーが顔を背け、ボソリとそんな事を言った。
何故なのか、その表情が、少しばかり悲しそうと言うか焦っているというか、何とも不思議なものに見えた。
「我輩とした事が、少し気が抜けていた。次はもう無いぞ。折角の機会を、貴様はむざむざと逃したわけだ!」
よく分からなかったが、僕は笑った。
ククク、ハッハハハ! 残念だったな!
勿論それは内心での事であり、表面上ではイヤミに笑ってやった。
すると顔を引きつらせて笑みを作りながら、レガシーが溜息をつく。
「何のために俺がこんなに頑張ってると思ってるんですか、本当!」
「ああ、貴様が盛った薬のせいで出来なかった仕事を、貴様自身が代わりにやってくれた事、礼を言わないでもないが、感謝はしないぞ」
「そう言う事じゃなくて!」
「じゃあ、なにか? 感謝しろと言うのか?」
「違います。俺は、本気であんたを殺す気なんてもう無いって言いたいんだ」
「――え?」
「もう大分前から、そんな事は考えてません」
「何故だ? 宰相になりたいんだろう?」
「だから――っ、ああ、もう、言わせるなよ恥ずかしいな……チッ、あんたのことを、尊敬してるんですよ、俺は!」
その言葉に僕は目を瞠った。
――僕を尊敬している?
なんて見る目があるんだ!
僕はレガシーの事を見直した。
赤面しているレガシーを眺めながら、僕は腕を組む。
「明日からは、またコチラで仕事を手伝ってもらえるか?」
「ええ、そのつもりですよ」
「後は暗殺は無しの方向で考えて良いんだな?」
「たまに俺のことこき使いすぎで殺意わく時があるんで、保証は出来ませんけどね」
「十分だ。我輩は貴様の淹れる珈琲の味が、それなりに好きだからな。純粋に楽しめるというなら、満足だ」
「っ」
僕の言葉に、更にレガシーが赤くなった。
おかしい。もしやレガシーは久しぶりの書類仕事の結果、知恵熱でも出しているのだろうか? それならば今日はゆっくり休ませて、明日から、お望み通りこき使ってやろうではないか!
「今日はもう帰って良いぞ。ゆっくり休め」
「……閣下がそんなこと言うなんて珍しいですね」
「明日からまた頼む。今日我輩は、ゆっくり休ませてもらったわけだしな。残りはこちらでやる」
半分イヤミを込めてそう言うと、レガシーが立ち上がった。
「じゃあまた明日」
「ああ。助かったぞ、レガシー」
僕がそう言うと、何か言いたそうな顔をしたまま、レガシーは部屋から出て行った。
それを見送ってから書類の確認をすると、八割方、緊急の仕事は終わっていたので、残る二割を片付けた後、緊急ではない仕事を明日レガシーに振る事にして、僕はいつもより早めに帰宅したのだった。
62
あなたにおすすめの小説
【完結】自称ヒロイン役を完遂した王家の影ですが、断罪パーティーをクリアした後に王太子がぐいぐい来ます。
竜鳴躍
BL
優秀過ぎる王太子×王家の影(失業)。
白い肌に黒髪黒瞳。小柄な体格で――そして両性具有。不出来な体ゆえ実の親に捨てられ、現在はその容姿を含め能力を買われて王家の影をしていたスノウ=ホワイト。男爵令嬢として王太子にハニトラを仕掛け、婚約者を悪役令嬢に仕向けて王太子への最終試験をしていたのだが、王太子は見事その試練を乗り越えた。これでお役御免。学園を退学して通常勤務に戻ろう――――――。
そう思っていたのに、婚約者と婚約解消した王太子がぐいぐい来ます!
王太子が身バレさせたせいで王家の影としてやっていけなくなり、『男子生徒』として学園に通うスノウとそんなスノウを妃にしたくてつきまとう王太子ジョエルの物語。
☆本編終了後にいちゃいちゃと別カップル話続きます。
☆エンディングはお兄ちゃんのおまけ+2ルートです。
【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。
竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。
自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。
番外編はおまけです。
特に番外編2はある意味蛇足です。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
寄るな。触るな。近付くな。
きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。
頭を打って?
病気で生死を彷徨って?
いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。
見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。
シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。
しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。
ーーーーーーーーーーー
初めての投稿です。
結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。
※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。
悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る
竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。
子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。
ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。
神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。
公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。
それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。
だが、王子は知らない。
アレンにも王位継承権があることを。
従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!?
*誤字報告ありがとうございます!
*カエサル=プレート 修正しました。
異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった
カイリ
BL
16年間公爵令息として何不自由ない生活を送ってきたヴィンセント。
ある日突然、前世の記憶がよみがえってきて、ここがゲームの世界であると知る。
俺、いつ死んだの?!
死んだことにも驚きが隠せないが、何より自分が転生してしまったのは悪役令嬢だった。
男なのに悪役令嬢ってどういうこと?
乙女げーのキャラクターが男女逆転してしまった世界の話です。
ゆっくり更新していく予定です。
設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる