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【22】建国記念日②
しおりを挟む晩餐会は、立食形式で行われる。
「さぁさぁ閣下、お一つどうぞ」
「頂戴します」
僕は、現在囲まれている。さすがは宰相だ! 次から次へと人がゴミのように、そしてゴミのような人が、僕の周囲に群がってくる。この時ばかりは、僕の事を嫌って目の仇にしている古狸達も、ニヤニヤ笑いながら、媚びを売ってくるので、面倒極まりない。
「就任早々のエルリナ辺境伯への治水工事援助も、高評価でしたな。今でも伝説になっている。あのタイミング、まるで土砂崩れが起こるのを予知して備えていたかのような迅速さでしたな。流石は宰相閣下」
「恐縮です」
いやみったらしく笑われて、僕は、鉄壁の無表情を返した。別に作り笑いでも良いのだが、笑顔はここぞと言う時に使う事にしているのだ。大体予知も何も、毎年土砂災害が起こるのだから、これまで対応してこなかった方がおかしい。
「これまで伯爵領にしかなかった孤児院を、男爵領にも広げるなど、斬新ですな。古来男爵の手には、孤児院経営は重責過ぎるとされていた物を、国から補助金を出すとは」
「おお、あれは優れた事業でしたな。孤児院にそのまま学府も設けた。民草の識字率と教養の向上も一挙に担うとは――しかしそんな余裕が、国庫にあったとは」
貴様らが脱税してため込んでいた分だからな。
勿論僕はそんな事は言わずに、含みのある表情で、ただ沈黙した。
晩餐会――食事は美味しいし、ドレスを纏った女性達は見目麗しいし、流れる音楽は荘厳だし、一つ一つを取ってみれば、僕はそれなりに好きだ。だが、僕が左遷した人々がここぞとばかりにイヤミを言ってくるので、本当に気疲れする。その上――
「さぁさぁ、もう一杯」
「次はこちらの八十九年物もいかがですかな?」
「いやぁこの奇跡の年に産出された――」
ひっきりなしに、僕の元へは、酒が運ばれてくる。
僕は食事がしたいのだが、そんな暇がない。
このままでは、確実に悪酔いする。というか、ここにいる人々は恐らく僕を、酔い潰す気だ。僕はアルコールが嫌いな訳じゃないが、そんなに強いわけではない。
誰かにこの集団を押し付けられないかと、僕は周囲を見渡した。
まず、陛下はさすが、各国の王族や貴族に囲まれている。
そして僕にするように無理に陛下に勧める人間はいないため、適度に酒を飲んでいる。あれは邪魔はできないだろう。その隣に立っているジークは、明らかに素面だ。勿論騎士団長として、陛下の護衛を兼ねているのだろうから、ここで酒を勧めて巻き込むわけには行かない。
ゼルを見れば、こちらは盛大に飲んでいた。ゼルの周囲も盛大に飲んでいる。例えば、ナガトが飲んでいる。魔術師連中は酒が好きらしい。あれは、僕の周囲とは違って、陰湿でもなく本当に楽しそうだから、やはり引き込むのは気がひける。
というか、レガシー何処行った! 僕の部下であり文官なのだから、この流れに引き込むべきなのはレガシーだろう。そう思い周囲をそれとなく見渡すと――あの野郎……高貴な貴族のお姫様方に囲まれているではないか! それもそうか、家柄良し、顔よし、一応仕事もそれなり(あの年齢で宰相補佐官ならバッチりのはずだ、世間の評価的には)、そして次男だから、婿養子が欲しい貴族にも大人気。
暫く眺めていると、実に洗練された仕草で、女性達をあしらっていた。ふむ。慣れているな。それも悪い浮き名が流れている風でもなく、本当に注目の的と言った感じだ。別に羨ましく何て無いんだからな!
グイッ、と僕は漸く自分の意志で、酒をあおった。
なんだか疲れてしまった。
酔って醜態をさらさないくらいにならば、飲んだって良いだろう。
そんなこんなで僕は飲んだ。
「はぁ……」
やっと全てが終わり、後は、片付けだけとなった室内で、最後の指示を出して、僕は外へと出た。テラスから、城の外を眺める。宵の闇で青く染まった森を一瞥しながら、夏の風に髪を乱された。若干頬が熱い。少しだけ酔っぱらってしまったのかも知れない。
「どうした、酔ったのか?」
「?」
不意に、隣の手すりに誰かが手をかけたので、僕は顔を上げた。
そして眉を顰めた。
立っていたのは背の高い青年で、先ほどまでの晩餐会には些か不似合いな、灰色のローブを纏っている。目の色は紅い。髪の毛はふわふわで、白いが、白髪という感じではない。それを確認して、ヴェルダンディ第三王子によく似ているなと思ったが――……少なくとも僕が記憶している限りの、アシュタロテの王侯貴族ではない。彼は杖を持ってはいなかったが、フェンスに無造作にのせてある白い両手のそれぞれには、杖と同等の媒体力を持つだろう、魔術が充ち満ちた指輪がはめられている。
「いえ……」
気づかれぬように、腕を下ろしたまま杖を握りしめる。
「別に僕は敵ではないよ」
「……」
「ただね、こんなにも素敵な建国記念日が開催された事、お礼が言いたくて」
一体どういう事だと考えていた時、不意に後ろから抱きすくめられた。
「!?」
何事かと思って振り返ると、ジークがそこには立っていて、僕を抱きしめたまま相手を睨め付けていた。何が起きているのかは分からなかったが、その時急に僕は酔いが回ってきたような気がして、思わずジークにぐったりと体を預けてしまった。
「この王宮では、何人たりとも、魔術の行使は認められていません」
淡々とジークが言ったのを僕は聞いた。
魔術を使われた気配など感じなかった上、魔術師ではないジークの口からそんな単語が出てきた事が不思議だった。
「本当にお礼を言いたかっただけなんだけどな――……そうだね、宰相閣下はお疲れのようだから、責任を持って部屋まで送り届けてあげると良い」
自分の話をされているというのに、それに酷い違和を覚えたまま、僕は目を伏せた。
急激な眠気に襲われ、そのまま眠ってしまったのである。
「ん」
うっすらと目を開けると、僕は豪奢な寝台の上に横たわっていた。
明りが眩しい。
周囲を一瞥すると、午後三時を回ったところだと分かる。
「起きたか?」
その声に顔を上げると、ジークが隣の椅子に座っていた。
「ああ。何処だここは」
「俺の部屋だ」
「何故我輩はここに?」
「酔っぱらってふらふらの所を、不審者に攫われそうになっているのを見かけてな」
不機嫌そうなジークの言葉に、僕はそこまで酔っていただろうかと首を傾げた。
ただ仮に酔っていたとしても完璧な僕は、醜態を外に見せたりはしないけどな!
「おい、ジーク」
ギシりと音がして、気づくと、正面にジークの体があった。
「退いてくれ。我輩は帰る」
「帰さない」
「明日も建国記念日の仕事がある」
「仕事がなければいいのか?」
「そう言う問題じゃない」
「無防備なお前を見ているのが辛い。誰かに手折られるくらいならば――」
何を言っているんだお前は、と言おうとした僕の声は、不意に口づけられて飲み込むしかなかった。深々と舌を絡め取られ、息苦しくなってくる。
「いい加減離せ!」
「フェル、俺とお前は恋人同士なんだよな?」
「……まぁなんだ、そうだな」
応えながら僕は、なんだか無性に暑かったので、ローブを脱いだ。
多分僕はまだ酔っぱらっているのだろう。
現状把握が上手くできない。
ジークが何を言っているのかよく分からないのはいつもの事柄だったが、なんだか霞がかったように、上手く思考が回らないのだ。はっきり言えば、眠いのかも知れない。
「――誘っているのか?」
「誘ってない」
何故上着を脱いだくらいでそう言う思考回路になるのか。あれだな、こういうのを、下半身に直結しているって言うんだろうな! それとも、普段は理性ある騎士団長すら惑わす僕の魅力!
「フェル。お前に触れたい。どうしようもなくお前の事が愛おしいんだ」
僕も僕自身が愛おしい。
「抱かせてくれ」
「抱く?」
その言葉に、僕は改めてジークを見た。するとジークが、いかに我慢の限界か蕩々と訴えてきた。恋人同士なのだから、肌を重ねても良いではないかと、そう言われた。確かに一般的に、恋人同士はそうして夜を過ごすのかも知れない。
しかし抵抗感があるか否かと言われたら、抵抗感しかない。もしかしたら徐々にそう言う物は消えるのかも知れないが、少なくとも多忙な現在、そんな事に意識を割いているわけにも行かないだろう。後は――……僕はふとゼルの事を思い出した。
「悪いが、やはりできない」
「それは……俺の事が嫌いだからか?」
「別にそうじゃない」
「嫌いではないが、好きでもないか?」
「それとも違う。ただ、約束したんだ、ゼルと」
「――宮廷魔術師長と?」
僕が放ったゼルの名前に、あからさまにジークが顔を引きつらせた。僕までゾッとするほど怖い顔をしている。なんだか言ってはいけない事を言ってしまったのかも知れないが、きちんと説明しなければ。
「以前ゼルに告白されたんだ。その答えを、YESかNOか、しっかりと返事をするまで、他者に体を許さない、と約束した。要するに我輩は、まだゼルに何の返事もしていないので、約束を破ってジークに抱かれるわけには行かない」
口にしてみて、結構僕は最低な人間かも知れないなと思った。
だが、僕を手に入れるのだから、それくらい我慢して貰わなければ! 僕は高嶺の花なのだ!
「フェル――……お前は、ゼルの事が大切なのか?」
あからさまにムッとした顔で、ジークが言った。底冷えのするような声だった。
「俺よりもか?」
続いて響いた声に、僕は顔を背けた。
「ゼルに何も返答していない状態で、だ。そんな不誠実な状況でジークに体を許す方が、寧ろジークを大事にしていないみたいで嫌だ」
やはりこういう事柄は、一つ一つはっきりさせてからの方が良いだろう。
うん絶対にそうだろう。
僕が一人頷くと、ジークが長々と目を伏せてから、僕の体に布団を掛けてくれた。
「分かった。ゼルに対して、きちんと断ってきてくれ」
「ああ、それは――……」
僕はなんと返そうか思案し、そして――……やはり酔っていたのだろう、そのまま爆睡してしまったのだった。
ただ夢うつつに僕は、優しい唇に口づけられたような気がした。
いつか、我が家にジークとゼルを呼んだ時に見た夢――誰かに愛していると言われたあの時と同じ気配だった。
目をさますと、既にそこにはジークの姿はなかった。
僕の脱ぎ捨てたローブは、皺にならないように壁に掛けられていた。
朝の光に包まれながら、僕は、まだぼんやりとする頭で考えた。
――いくら酔っぱらっていたからとはいえ、昨夜の不審者(?)はおかしかった。
恐らく魔術師だったのだろうし、どこかの宮廷から招かれた人間だったのかも知れないが、来賓客が帰った後のテラスに、一人でいたのだ。その上、僕は彼が魔術を使う所など見た記憶はないのに、ジークは確かに断言していた。しかも僕の事を攫おうとしていたと言っていた。根拠はないが直感が、ジークは何かを知っていると言っている気がした。
同時に――本当にジークは、僕の事を好きなのだろうかと考えた。
僕がよく知るジークは職務に忠実だし、多分本当に僕の事が好きなんだろうと、ちょっと自画自賛気味だが思う。しかし昨夜のジークの様子はなんだか、好きだの恋だのを超越して、僕と体をかわそうとしていたような気がする。だとすると、なんだか寂しい。
「――って、おい、僕はいつから恋する乙女になったんだ!」
一人頭を振ってから、僕は仕事へと向かう事にした。
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