悪役令嬢の兄、閨の講義をする。

猫宮乾

文字の大きさ
1 / 10

【一】

しおりを挟む



 僕はエルレス公爵家に嫡男として生まれた。フェルナ・エルレスが僕の名前だ。
 すぐ下には妹、二つ下には弟がいる。
 父上はこの国の宰相を務めていて、母は王家の血を引いていた。

 血縁関係でいうと、僕と王太子・第二王子・第三王子の各殿下はまたいとこである。

 貴族社会というのも面倒なもので、僕は王太子殿下と同い年に生まれてしまったばっかりに、茶会デビュー前から、『お友達』になるべく、王宮に招かれていた。

 さてこの王太子――ジャックロフト・キースワード殿下であるが、正直僕は、この人物が嫌いだ。昨日は王宮の庭で一緒に駆けっこをさせられて、僕も我ながらプライドが高いため全力で臨み、結果敗北……そこで僕の放った捨て台詞、「手加減してやったんだ!」の一言が彼の心を抉ったらしく、ジャック様は号泣して、周囲は僕を怒った。

 とにかく怒りながら泣くから、たちが悪い。
 僕は口で攻撃するタイプだから、相性も悪い。

 ……と、ここまでが昨日の僕の本心であった。そしてまた本日も、行きたくないのに王宮へと招かれて、一緒に勉強をさせられていた。

 パリン、と。
 そんな音がしたものだから、僕は咄嗟に窓を見た。派手に剣が飛んできていた。後に分かったのだが、外で訓練していた騎士団のミスで、その剣は運悪く窓を突き破ったらしい。窓の前には、ジャック様が座っていて、目を見開いていた。そこからは、なんというか反射的に、僕は立ち上がり、ジャック様を抱きしめてかばった。僕の二の腕をかすってから、その剣は深々と壁に突き刺さった。

 このようにして王宮は大騒ぎとなった。
 僕の胸中も本当にすごい動悸だ。
 だが、何も恐怖からではなかった。僕はこの時の衝撃で、思い出してしまったのである。

 ここは――……前世で妹が繰り返し遊んでいた乙女ゲームの世界だ、と。
 大量の記憶が僕の脳裏を埋め尽くしていく。真正面にはまだ事態を理解できていない様子のジャック様がいる。僕はじっとジャック様の黒い髪と目を見て、それから……まずい、と思った。

 僕の役どころは、ジャック様が後に婚約する僕の妹――その後断罪され婚約破棄され、国外追放される妹セリアーナの……即ち悪役令嬢の兄だ……。僕の記憶が正しければ、妹の行いのせいで、公爵家は潰されるし、僕も一緒に国外に追放される。妹を擁護し、こちらも悪役として登場していた。

 本当に、これはまずい。
 断罪してくるのは、今僕の腕の中で、目にいっぱいの涙をため始めた、この子だ。
 すぐに号泣しだして、僕の服を掴んできたが、僕は腕の痛みが気にならないくらい、動揺で震えていた。剣の恐怖からではない。

 僕とジャック様の仲は、お世辞にも良好とはいえない。
 会えば喧嘩の日々だった。
 それって、ジャック様が将来的に僕の妹を断罪する際、僕の事も躊躇う事なく葬り去れるという、最悪の方向性ではないか……。

 ……。

 これからは、怒らせないようにしよう。あと、やはり王宮には来るべきではない。なるべくジャック様とは距離を取り、心象もよくし、な、なんとか……そう、なんとか、命だけでも助からなければ! 心象? しかし、そんなもの、既に地を這いつくばっているはずだ。今更一体、どうやって……? 僕はとりあえず作り笑いを浮かべた。すると、ジャック様がビクリとして、泣き止んだ。それからジャック様は暫く僕の顔をじっと見ていたのだが、ハッとしたように僕の腕の傷に気づくと、それまでが嘘のように、慌てた様子でこちらに来た侍従達に「医官を!」と指示を出した。

 そのあとの事を、僕はよく覚えていない。
 僕は気絶したそうだった。だから時系列も曖昧な部分のある記憶だが、とにかくこういう出来事があった。

 決して腕の傷のせいではないだろうが、その後僕は熱を出し、数日の間寝込んだ。
 次に目を覚ますと、僕はまだ王宮の離れにいた。

「……」

 現在僕は、七歳だ。乙女ゲームは、ジャック様が十八歳で王立学院に入学した時から始まる。王立学院は四年制で、二十二歳で卒業だ。同い年の僕であるから、あと丁度十年間くらいは余裕がある。

 まず僕のすべき事として、ジャック様と喧嘩をしない――のは無理なので、極力会わない。次に国外に追放された時に備えて外国語の習得をするしかないだろう。まだ六歳の妹がどのように成長するかは分からないが、僕は加担しないようにする。これも大切だろう。

「よし……生き抜くぞ」

 目覚めた日、こうして僕は一人決意をした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役のはずだった二人の十年間

海野璃音
BL
 第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。  破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。  ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

悪役令息に転生したらしいけど、何の悪役令息かわからないから好きにヤリチン生活ガンガンしよう!

ミクリ21 (新)
BL
ヤリチンの江住黒江は刺されて死んで、神を怒らせて悪役令息のクロエ・ユリアスに転生されてしまった………らしい。 らしいというのは、何の悪役令息かわからないからだ。 なので、クロエはヤリチン生活をガンガンいこうと決めたのだった。

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

気絶したと思ったら闇落ち神様にお持ち帰りされていた

ミクリ21 (新)
BL
闇落ち神様に攫われた主人公の話。

王太子が護衛に組み敷かれるのは日常

ミクリ21 (新)
BL
王太子が護衛に抱かれる話。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。 挿絵をchat gptに作成してもらいました(*'▽'*)

アルファの双子王子に溺愛されて、蕩けるオメガの僕

めがねあざらし
BL
王太子アルセインの婚約者であるΩ・セイルは、 その弟であるシリオンとも関係を持っている──自称“ビッチ”だ。 「どちらも選べない」そう思っている彼は、まだ知らない。 最初から、選ばされてなどいなかったことを。 αの本能で、一人のΩを愛し、支配し、共有しながら、 彼を、甘く蕩けさせる双子の王子たち。 「愛してるよ」 「君は、僕たちのもの」 ※書きたいところを書いただけの短編です(^O^)

処理中です...