副会長の青春は、恋とポンコツで出来ている。

さんから

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生徒会選挙編

はじまり

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【生徒会長就任後の引き継ぎについて】

 文化祭から約二週間後、十月の初旬。放課後になりやってきた生徒会室の、いつも使っている席の上に置かれていたその冊子を前に僕は思わず息を飲む。
 下手に刺激しないようなるべく慎重に持ち上げた(祖父江くんが見てたら『爆発物か?それ』ってツッコミがきそうだ)これは、新しく就任した生徒会長が最初に目を通すことになる資料だ。就任どころか生徒会長になるともなりたいとも言っていない僕のところにどうしてこれがあるのか甚だ疑問だけど──先に生徒会室に来ていた顧問の先生と後輩の一年生たちが期待に満ちた目で僕を見ているのは分かる。
「よく出来てるだろ?変えなきゃいけないとこが結構あって、生徒会の体制の勉強も兼ねて小川と後藤に作り直してもらったんだ」
「ああ、先生たちがこれを僕の机に……。二人とも資料作り上手になったね。とてもわかりやすいよ、ありがとう」
「えへへ、頑張りました!」
「先生が色々助言をくれたので……」
 冊子を両手に持ち立ちすくむ僕の元ににこにこ顔でやってきて肩を組んでくるのは生徒会顧問の松原先生、上手になったという言葉に照れ笑いしたり控えめに頷いたりして反応する彼女たちは生徒会一年生役員の小川さんと後藤さんだ。彼らにいつも通りの対応をする僕だけど、背中には嫌な汗がどっと吹き出していた。
  ──とうとうこの時が来てしまった……!
 文化祭という大きな行事が終わり、次に控えているのは今月末の現生徒会長の任期満了とそれに伴う次期生徒会長の選出──つまり遅くても今月末には新生徒会長が決まっている。
「安西の後継はプレッシャーあるだろうけど、顧問の俺がばっちりフォローしてやるから安心しろ!」
「私も東山会長の負担が減るようにいっぱい仕事覚えます!」
「小川……会長呼びはまだ早いって。違和感はないけど」
「今のうちに資料それよく読んどけよ、東山会長!」 
 もはや僕が生徒会長になることを疑いもしない先生たちに曖昧に笑って応えながら、手に持っていた資料を机に置いてさりげなく奥へと追いやる。本当ならこんなもの今すぐいちページずつ紙飛行機に折り上げて空の彼方へ飛ばしてしまいたいけど、可愛い後輩たちの努力の結晶であるという事実が僕をかろうじて思いとどまらせた。
 ──冗談じゃない!
 ──僕なんかが生徒会長になったらこの学校が終わる!!
 要領が悪くおっちょこちょいな性格、美形揃いのこの学校の生徒会役員の中で唯一これといって特徴がない容姿、いつテストで赤点をとってもおかしくないポテンシャルを秘めた学力──どれをとっても生徒会長に向いてるとは言えない僕だけど“みんなの足を引っ張りたくない”と根性論だけで走り続けた結果、今では次期生徒会長の最有力候補とまで呼ばれるようになってしまった。
 ──このまま過大評価で選出が進めば、取り繕うのが上手いだけの名ばかり生徒会長が爆誕してしまう……!
 ──祖父江くーん!早く来て!! 
 現生徒会長がまだ来ていないにも関わらず、その場で僕の生徒会長就任が決まってしまいそうな空気に心の中で同じく二年生の生徒会役員である祖父江くんの名前を叫ぶ。生徒会長の立候補または推薦状の受付は明日までで、計画ではこの後の定例会議でその話になったところで彼が名乗りを上げてくれることになってるんだけど──……。
「あっ、誰か来ますね」
 ここで生徒会室のドアノブがかちゃ、と回りそれに気づいた小川さんが声を上げる。祖父江くんがきた……!?と期待を込めてそちらを見遣ると、開いたドアの向こうからやってきたその人──現生徒会長・安西 修哉先輩の姿に凍りつく。
「会長、お疲れ様です」
「お疲れ様です!」
「ああ。……祖父江がいないようだが、東山は何か知っているか?」
「あっ……はい、ソーシャルメディア部が臨時で記事を出すということでその検閲に行っています」
「そうか」
 祖父江くんの不在に気づいた安西会長にそう答えた後、突っ立ったままではいられないだろうとようやく席に着いた僕は肩を落とす。

 ──終わった……。

 憧れの先輩であり絶賛お付き合い中の恋人でもある安西会長が来たとなればいつもの僕なら胸を高鳴らせて“今日も素敵だな……!”なんて心の中で悶絶してるところだけど、今はその片手に持たれた鞄の中に僕を生徒会長の椅子に座らせるための推薦状が入ってるかもしれないと思うと気が気じゃない。──ああでも、それはそれとして今日も素敵だな……。
「松原先生、少し早いですが会議を始めさせていただいても?」
「うおびっくりした!間壁お前いつの間に……」
 突如松原先生の背後に現れ驚かせたのは生徒会三年生・書記兼会計の間壁先輩だ。それまで姿が見えなかったけど、会長がドアを開けた時に続けて入って来たのだろう。
「間壁先輩、祖父江くんがまだ来ていないので時間まで待ってもらえると──」
「悪いけれど不測の事態が発生したため速やかに君たちに共有したい。──東山くんの今後にも関わることだよ」
「僕の……?」
「安西くん」
「ああ。──次期生徒会長の選出について君たちに伝えたいことがある」
 促すように名前を呼ぶ間壁先輩に頷くと、みんなに向かって少し声を張る安西会長。次期生徒会長の選出。とうとう会長の口から出たそのワードと──三年生二人のただ事じゃない様子に背筋に緊張が走る。
「まずは──すまない、東山」
 全員の視線が自分に集まったことを確認すると会長は最初になぜか僕に謝罪をし、続ける。

「君を次の生徒会長に推薦出来なくなった」
 
◇◇

「生徒会長の選出方法は主にふたつある」

 安西会長が僕を次の生徒会長に推薦出来なくなったと言った後『おい、まさか……』と目を見開く松原先生の横で、そもそもこの学校の生徒会長選出の流れがいまいち分からないと首を傾げる一年生のために、間壁先輩がその仕組みをホワイトボードに書き連ねている。
「ひとつは現生徒会長からの指名。後継にふさわしいと思う者の推薦状を用意し校長に提出・無事受理された上で、顧問を含む全生徒会役員のうち三分の二の承認を得られればそのまま決定となる。歴代の生徒会長の経歴を見るにこの学校ではもっともよく用いられる選出方法と思われるけれど──設けられている期限内に他の候補が上がった場合には、現生徒会長がどれだけ力を入れて推薦状を書こうともその指名は受けられなくなる」
「それじゃあ、東山副会長が指名を受けられなくなったのは……」
 確かめるように呟いた小川さんに反応する形で、ホワイトボードの脇に控えていた安西会長が口を開く。
「風紀委員長の北川辺が後輩の甘利(あまり)を次期生徒会長に推薦する旨を発表した。……それにより、俺が東山を指名することが不可能になった」
「風紀委員が……?」
「あー、やっぱ風紀委員あそこかー!」
 意外そうな後藤さんの一方で、天井を仰ぎそう叫ぶ松原先生。
「文化祭の後、装飾品の解禁のことでひと悶着あったもんなぁ。東山が珍しく強気で対応してたから早く落ち着いたと思ったが……納得はしてねぇぞってことか」
「甘利って、あの声が大きい二年の人だよね?」
「風紀委員の二、三年生みんな声大きいから分かんない……」
 みんなが動揺を隠せない中、僕も密かに息を飲む。
 これが他の委員会からの推薦ないし立候補だったら、その人に次期生徒会長を任せてしまえば良いんだと手放しで喜べた。……だけど上がって来た候補者が風紀委員会からとなると話は別だ。
「風紀委員会は文化祭の時のこともあって、これまで厳しく取り締まっていた服装に関する校則が来春から緩められることについて良く思ってないはずです。だから身内から生徒会長を出してその辺りを統制するつもりなのでしょう」
「ん、俺もそう思う」
 頭の中を整理するついでに声に出すと、松原先生が頬を掻きながら同意する。
「校則の改訂については教員の中でも圧倒的に賛成が多い中、問題行動を助長するんじゃねぇかって意見も確かにあった。だから反映されてしばらくは様子を見ることになってるが……風紀委員は問答無用で改訂前の、つまり今のめちゃくちゃ厳しい校則に戻すチャンスを伺ってる」
「ええっ?で、でも万が一風紀委員から生徒会長が出ても、そんな勝手なこと東山副会長とか祖父江先輩とか……前から生徒会にいた先輩たちが許さないはずですっ」
「それがさぁ……新生徒会長には生徒の誰に何の役職をやらせるかって任命出来る権利が与えられるから、周りを自分に都合の良い奴で固めたり──気に入らない奴から役職取り上げるくらいは簡単なんだよ」
「そんな……!」
「まーあまりにも風紀委員贔屓の任命だったら顧問おれも意見出来るけど、少なくとも校則の改訂にがっつり貢献した東山は副会長を外されるだろうな」
 松原先生の発言に青ざめた顔の小川さんたちが僕の方を見るので、苦笑いで頷く。さすがに生徒会を辞めさせるとかは出来ないはずだけど風紀委員出身の甘利くんが生徒会長になれば、安西会長の意志を継ぐ僕の存在を邪魔に思うはずだ。
 ──ある意味“生徒会長に絶対なりたくない!”、“この学校の未来なんて重いもの背負いたくない!”っていう僕の願いは叶えられるわけだけど……安西会長を中心に今の生徒会のみんなで作り上げてきたものを簡単に覆されるのは納得がいかない。
 ──そうなると、今僕らがやるべきことは……。
「……直接東山を指名することが出来ないなら、次は“生徒会長選挙”に賭ける」
「“生徒会長選挙”──先ほど説明した指名に続くもうひとつの選出方法だね」
 少し間を置いた後にそう言った松原先生に補足するように、一年生たちに話し始める間壁先輩。
「今回のように候補者が複数上がった場合に用いられるこちらは、約二週間の選挙活動の後その日学校にいる全生徒に投票を募り、得票数の多い者が次の生徒会長に任命される」
「こうなったらなりふり構っていられねぇ。東山を含めた生徒会の二年生役員四人、全員を立候補させて甘利の当選確率を下げる。……確実に生徒会長に指名してやれなくてごめんな、東山」
「えっ?ああいやそれはほんとに全然気にしないでくださ……」
「安西くんが用意した東山くんを後継に指名するための推薦状は既に受理されていた。……他の候補者が出なければ皆の承認を得るだけだったのだがね」
「もーっ、風紀委員が推薦して来なかったらすぐに承認したのに!」
「風紀委員の人さえ生徒会長にしなければなんとかなるよ、私たちもサポート頑張ろ」
 ん?ちょっと待って間壁先輩今さらりととんでもない暴露しなかった?推薦状が既に受理されてたってそんな大事なことどうして教えてくれなかったんです!?と間壁先輩の胸倉を掴んで問い質したい衝動をぐっと堪えてホワイトボードの脇を見れば、何も言わずにみんなのことを見守っていた安西会長と目が合う。
 ──現生徒会長って立場上、下手に生徒会こっちを応援するような発言は出来ないもんな……。
 ──安心してください安西会長、必ず選挙で風紀委員に勝ってみせます!僕以外の二年生役員の誰かが!!
 静かにこちらを見つめる会長にそんな思いを込めて強く頷くと、ふ、と肩の力が抜けたような笑みを見せてくれる。
 当初の計画からは大きくズレちゃったけど生徒会長選挙に僕以外の二年生役員も出るとなれば、華も特徴もない僕が投票で一位になることはまずないから気が楽だ。ああでも、選挙の結果選ばれた役員がバイトや部活で忙しい人だったらどうしよう、今日もいないしそもそも選挙にすら出てくれるか……いや、僕が副会長として全力でサポートすると誓えばあの人たちだったら了承してくれるはず。少なくとも祖父江くんは快く選挙に出てくれるとして──。
「……お疲れっす」
 と、ここでSM部の記事の検閲に行っていた祖父江くんが生徒会室のドアを開けて中に入って来る。
「祖父江くんっ、大変なんだよ生徒会長選挙が風紀委員で推薦状と僕が校則で──えっととりあえずこっち来て座って!」
「生徒会長選挙?──あーそうか、アレはそういう……」
 心待ちにしていた仲間の登場につい興奮して取っ散らかった説明をする僕をよそに、祖父江くんは“生徒会長選挙”というワードだけ拾うと合点がいったというように呟く。
「祖父江くん……?」 
「──悪ぃ、東山」 
「へっ?」 
 おかしい。いつもの祖父江くんなら『いやお前の語彙力が大変ってことしか分かんねぇよ』くらいのツッコミはあるはずなのに。そんな違和感に続く、二十分前くらいの安西会長を彷彿とさせる唐突な謝罪に嫌な予感が喉を締めた。

「お前以外の二年生役員全員、その選挙には出られねぇ」

◇◇

 ──思ったより大変なことになったぞ。
 何か食わせろと訴えるお腹を片手で押さえつけながら、急ぎ足で廊下を歩く僕。
『ソーシャルメディア部が臨時で記事出すって言うんで変なこと書いてねぇかチェックしに行ったんすけど……そこでこれを見せられました』
 昨日、生徒会の定例会議に遅れてやってきた祖父江くんがそう言ってみんなに見えるように掲げたスマホに写し出されていたのは、中学生の頃の彼だと思われる人物がどこかのコンビニの前に座り込みタバコをふかしている姿──校内に出回れば生徒会長選挙で票を集めるどころか立候補すら許されないであろうことが一目で分かる写真だった。
『画質も悪かったんで“知らねぇ”で通したけど、間違いなく中一の時の俺です。……アイツら俺が生徒会長に立候補したら即これを拡散させる気だ』
 だから自分は生徒会長選挙には出られない。なんて口に出したわけじゃないけど、悔しそうに歪められた眉間の皺がそう告げている。
 祖父江くんが言うには『俺ほどヤバいことはしてないけど他の二年の役員はもっとはっきり顔が写った写真を撮られてる』ということで、とりあえずメッセージアプリを通じてその二人に生徒会長選挙への立候補を打診してみたけどすぐに辞退の意志を伝える返信が届いた。……晒されたくない写真がSM部から送られてきたという報告付きで、だ。
 ──先手を打たれたんだ。
 ──“向こう”は本気で、今の生徒会を潰そうとしてる。
 今日の祖父江くんといえば僕との約束が果たせないことに罪悪感があるのか、同じクラスにいるはずなのに話はおろか目も合わせてくれない。
 そしてお昼休みになった今。次々と秘密を暴かれた生徒会二年生役員の中で唯一その追及を免れたらしい僕がお昼ご飯返上で向かっているのは、元凶の写真を寄越してきたSM部の部室──ではなく、校舎三階の生徒指導室。風紀委員会が拠点にしているところだ。 
「──貴重な休み時間を割いていただきありがとうございます、北川辺委員長!!」
「気にするな甘利、風紀委員を代表して生徒会に挑む君に協力は惜しまないさ!これからのことは、すべて私の指示通りに行うように!!」
「はい!!北川辺委員長の言うことを聞いていれば全てうまくいくというのは一年生の頃より存じています!!!」
 誰かいるかな?と確認するまでもなく、きっちり締め切ったドアを突き破る勢いで聞こえてきたのは風紀委員お馴染みの爆音ボイスがふたつ。
 ──北川辺先輩は確実にいると思ってたけど、甘利くんも来てたとは……。
 日常生活でそんな大きな声で話す必要ある……?と心の中で突っ込みつつ、でもこれだけはっきり聞こえれば大丈夫だろうと、スマホに入っているボイスレコーダーのアプリを起動してそっとドアに近づける。
 ──褒められた方法じゃないけど、これで何か情報を持って帰れれば……。

「──やぁ東山くん!会話の録音だなんてなかなか良い趣味じゃないか!!」
「おわあああああぁっ!?」

 突然ガララララッ!と勢い良く開かれたドアの向こうから(二十センチ以上の身長差があるにも関わらず)ぴったりこちらに視線を合わせた状態で現れた北川辺先輩にびっくりした僕は、情けない叫び声と共にその場にひっくり返ってしまった。
 ──なんでこの人たち声量は拡声器通したみたいな爆音なのに、動く時は無音なんだ!
「いっったぁ……!」
「大丈夫ですか東山くん!!ジブンの手につかまってください!!!」
 床に腰を打ち付け痛みに悶絶する僕に、北川辺先輩の後ろにいた甘利くんが駆け寄ってきて立ち上がらせてくれる。
「あ、ありがとう……」
 ──甘利くんの顔、初めてちゃんと見た……。 
 至近距離で浴びせられる轟音に思わず顔を顰めながら、次の生徒会長に立候補したという風紀委員の同級生の姿を眺める。
 180は確実にある長身に、細いけど肩幅があって運動部にいても違和感がなさそうな体格。顔立ち自体はどこか幼さが残った美少年って感じだけど、短めに整えられたツヤのある黒髪とキリッとした凛々しい眉はすぐそこにいる北川辺先輩を彷彿とさせる。
「何か物申したそうな様相だが──私たちはこれから行くべきところがある。話は歩きながらで構わないかな?」
「……はい」
 ひっくり返った時に床に落としてしまった僕のスマホを拾い上げ、レコーダーのアプリをオフにしてから着ていたブレザーの胸ポケットに返した北川辺先輩は、僕が渋々頷くのを確認するとさっさと生徒指導室を出て歩き出す。 
「SM部に命じて、祖父江くんや……他の生徒会二年生を脅すような写真を用意させたのはあなたですね?」
「……君には恐れ入ったよ」
 僕の問いかけにそうだとも違うとも言わず、北川辺先輩は淡々と語る。
「どれだけ調べても君だけは生徒会長選挙に出る上で不都合な情報が何も出て来なかった……と、SM部の彼が嘆いていた。品行方正、清廉潔白。君が風紀委員長(わたし)の後継でないことが非常に残念だよ」
 北川辺先輩の様子は一見いつもと変わらないけど、『私の次の風紀委員長にならないか?』と勧誘してきた頃に比べると声の温度はだいぶ低い。
「松原先生に確認していただければ分かると思いますが、僕以外の生徒会二年生は選挙に出ないことが決まっています。SM部に言って彼らの写真を破棄させてください」
「私としては次期生徒会長の最有力候補である君さえ不出馬になればそれで良かったんだがな。雑輩が束になってやってきたところで甘利の敵ではない」
「なっ……、ついでで祖父江くんたちにあんな脅しをかけたのか!?」
「そう熱くなるな。第一、SM部を従わせるような権限は私にはないよ」
「……」
 それは嘘だ。SM部部長は体育祭の前にちょっとした事件を起こして北川辺先輩に弱みを握られているから、生徒会役員を追い詰めるための情報なんて彼が頼めばいくらでも調べるだろう。……図らずも僕はその弱みを握る協力をしてしまったからよく知っている。
「……はぁっ、お二人とも速いですね!熱心に何の話をしていたのですか!?」
 生徒指導室の施錠をしていた甘利くんが、ここで僕らに追いついてくる。何の話をしていたのかと首を傾げる甘利くんにすぐさま「些細なことだよ」と答える北川辺先輩を見るに、彼は生徒会の二年生がどんな状況になっているのか知らないのだろうか。
「さて──私たちは目的地に着いたわけだが、君の話は終わったのかな?」
「えっ?」
 そう言う北川辺先輩が指さす方向にあったのは僕のクラスと同じ階にある職員室だ。話に夢中で気づかなかったけど、いつの間にか階段を下りてここまで来ていたらしい。
「それでは甘利、先ほども言った通り最初が肝心だぞ。お前の熱意を私に見せてくれ」

「はい!──失礼致します!!二年二組 甘利 旬あまり しゅん、風紀委員会委員長北川辺銀より推薦を受け次期生徒会長選挙参加の手続きに参りました!!!」

 職員室のドアをノックして開けるなり拡声器を通してもここまで轟くだろうかってくらいの声量が職員室を襲う。それを受けて奥の席から両耳を抑えながらやってきたのは、生徒会顧問で今回の生徒会長候補者の受付担当でもある松原先生だ。
「うおい甘利っ、んな大声出さなくても聞こえるっつーの!他の先生たち見てみろ校長に関しては気ぃ失ってるぞ!?」
「それは申し訳ありませんでした!それで、生徒会長選挙に出るための受付はどうすれば!?」
「あー、それが……」
 目と鼻の先にまで詰め寄って来る甘利くんを両手でガードしながら、松原先生はばつが悪そうに一度僕を見て、また甘利くんに視線を戻して言う。
「今のところ次の生徒会長の希望者が甘利以外出ていなくてな……。選挙も何も、今日の放課後までに他の候補者が出なければお前で決定ってことに……」
「なんと!!」
「驚いた。東山くんはまだ立候補していなかったのか」
「うっ……」
 両サイドに立っていた北川辺先輩と甘利くんが同じタイミングでこちらに顔を向けてくるので言葉に詰まる。
 ──そう。僕はここまで、次期生徒会長立候補の意志を公に示していない。
 立候補の期限である今日の放課後には覚悟を決めようと思っていたのが、予定外に職員室(ここ)に来ることになってしまった。
「でもあれだろ?東山もここにいるってことは、お前も生徒会長立候補しにきたんだよな?な!?」
「僕、は……」
 昨日生徒会室では生徒会の二年生を全員選挙に出して甘利くんの当選率を下げると宣言していた松原先生だけど、他の生徒や先生たちの前でそんなこと言えるわけがなく今はただ縋るように僕を見ている。
 ──松原先生を安心させるためにも、僕も今ここで立候補するしかない。
 ──でも、本当に……本当に僕が、生徒会長になっても良いのか?
 ここで立候補して甘利くんと生徒会長選挙で戦うことになれば、風紀委員出身である彼に主導権を握らせないために本気で勝ちにいかなければならない。でもそれで、僕が勝って本当に生徒会長になってしまったら?いつも目の前のことで精いっぱいで、そのせいで間接的に祖父江くんをはじめ生徒会の二年生の弱みをSM部に握らせてしまった僕が、生徒会長になったとして何が出来るっていうんだ。この学校のことを思うなら僕のようなポンコツよりも、風紀委員長である北川辺先輩が推薦するくらい優秀であろう彼に全てを任せてしまった方が良いんじゃないか?
 開け放した窓から入り込んでくる冷たい風に身震いしたところで──はた、と職員室の、松原先生の席の辺りに立っている見覚えのあり過ぎる人影に気づく。

 ──安西会長……!?

 僕らが来る前に松原先生と話でもしていたのだろうか、その場から動く気配のない会長は入り口で騒ぎ立てる僕らや目を覚ましたものの保健室の先生に意識確認されている校長先生に目もくれずにスマホを操作している……と思えば、徐に顔を上げて僕に向かってそれを掲げて見せた。
 ──スマホ……?
「ちょっ、ちょっと失礼します!」
 周りにそう断って一度ドアの脇に避け、さっき北川辺先輩によってポケットへしまいこまれたスマホを取り出してホームボタンを押す。画面の一番上に出ていたメッセージアプリの通知をタップすれば、会長から送られたそれがすぐに表示された。

【君の選んだ答えを信じる】

 ──会長……。
 スマホから顔を上げてもう一度会長の方を覗き込むと目尻を少し赤くさせながら優しく微笑んでくれている。……恋人の僕だけに見せてくれる、大好きな表情だ。
 ──僕がどんな理由で何を選んでも、安西会長はその答えを信じてくれる。……例え今ここで僕が生徒会長になることを拒否したとしても。
 ──それなら、僕は──……。
「……お待たせしました、松原先生」
 スマホを胸ポケットにしまって、甘利くんと北川辺先輩の間を通って松原先生の前へ出る。
「ごめんな東山っ、プレッシャーになってるなら無理に立候補しなくても──」
「突然すみませんでした、僕は大丈夫です」
 一度逃げるように離れていった僕を心配してくれたのか、そう小声で捲し立てる松原先生に軽く頭を下げて答える。それからすう、と息を吸って言った。
 
「二年三組 東山 優真っ、次期生徒会長に立候補いたします!」

「東山……!よし、それなら候補者が二人以上ってことで間違いなく選挙になるな。待ってろ、今エントリーシート持って来るからっ」
 さっきの甘利くんの堂々たる宣言に比べるとだいぶ頼りないものだったけど、それでも僕の立候補を受けた松原先生は嬉々として自分の机まで戻り、そこに待機していた安西会長と何やら言葉を交わして笑い合っている。
「君と勝負が出来て嬉しいです!!共に正々堂々戦いましょう!!!」
「う、うん。よろしくね……」
 甘利くんに差し出された手を恐るおそる握ると、思ったよりもずっと丁寧に握り返される。正々堂々は君のところの委員長に言ってほしいな……とはさすがに心の内に留めた。

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