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第一章 正直者は馬鹿を見る?
第六話 海猫とタニシ亭
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「あいててててて」
斜面はなだらかで、かなり派手に転がったにもかかわらず、幸い荷物は無事のようだった。路銀に金貨、弁当の残りに携帯用の手斧、全てある。
「あ」
神父にかけてもらったお守り袋がないと顔色を変えたが、お守りの紐は喉に食い込んでおり、紐を手繰り寄せてみると、あった。全身が夜露に濡れた草まみれになった以外には、怪我もなかった。トロちゃんと友達になって以降、密かに肉体強化の鍛錬に励んでいたのがこの時も功を奏したようだった。トロちゃんに悪気はなくても、何気ない腕の一振りでシロには致命的ダメージとなりかねない。自分のせいでシロが怪我をするとトロちゃんは泣きながらもう二度と会わないなどと言い出すので、これはお互いのためである。
残りの坂を徒歩で下って行くと、土と草の地面が舗装された石畳に変わり、ナガミ村に入った。さらに歩いていると、空が白み始めた。シロは心優しいのだが力が若干強すぎる友のことを思った。トロちゃんは一人であれば恐ろしく素早く移動することができるから、今頃は無事に洞窟まで辿りつけたはずだ。
ナガミ村は、商の町だ。人口はヌガキヤ村の倍以上。石畳で舗装された道は、夜が明けきれば人や馬車がせわしなく行き交う賑わいを見せるはずだ。ヌガキヤ村ののんびりした土埃舞うでこぼこ道とはえらい違いだ。こちらの方が炭は高く売れるのだが、あの昼でも暗い森を抜けることは極力避けたいし、建物も石造りの全体的に灰色の風景はシロには硬く冷たく感じられて慣れることができない。ナガミ村に来るのは久しぶりだった。
「これから炭焼きの季節なんだがなあ」
村の作物の収穫が終わると、炭焼きの仕事が本格化する。とはいえ、ドラゴンをどうにかしない限り、シロの商いにも大打撃だ。ドラゴンはなぜか人間が密集しているところを襲うというから、シロが暮らす昼なお暗い森は安全かもしれない。それでも、商売相手が灰にされてしまっては今まで通りの生活を送ることはできなくなる。
冷たい水が湧き出る泉を中心に置く広場で喉の渇きをいやし、弁当の残りを食べたシロは、広場のベンチに横になり仮眠をとった。石のベンチの寝心地は最悪だったし村長から支給された旅用の外套がいくら上等なものだとはいえ、フードを被ってくるまっていても寒かった。
大金を持っているから、あまり深い眠りにつかない方が都合がよいとはいえたが。
次に目を開いたときには、町は既に目を覚ましていた。まだ早い時刻だというのに、既に店の準備を始めた人達で活気づいていた。
シロは広場の泉で顔を洗うと、村の中心部にある海猫とタニシ亭に向かった。
どこの酒場にもある風に揺れる木製の看板にはなぜか全身緑色に塗られた猫と、黄色に黒の水玉模様のザリガニが描かれている。場所を間違えたのではないかという不安に駆られるが、これがナガミ村で最も古い歴史を誇る酒場『海猫とタニシ亭』のシンボルマークだ。その歴史は十三代前の初代店主ウィ=ロにまで遡る。
ナガミ村の建物は二階建で、隣の建物との間に隙間はなく、壁を隣家と共有する造りである。それが、石畳の舗装路を挟んだ両側に密集して、巨大な商店街を形成している。多くは一階で店を開き、二階を住居とする家族経営の個人事業主のこぢんまりとした店舗だが、従業員を何十人もかかえる大店《おおだな》も少なくない。
海猫とタニシ亭は、村の目抜き通りに通常の店舗四つ分の敷地を占め、二階は宿屋、一階は昼間は食堂、夕方からは酒場となり一日中賑わっている。村内のどこに出かけるにも便利な立地であり、ナガミ村にやってくる比較的裕福な商人はここに宿をとることが多い。宿泊客に朝食を振る舞うので朝早くから開いており、宿泊客でなくてもこのモーニングサービスを利用することができる。
ドアを開けると、カランコロンと鈴が鳴った。奥にカウンターがあり、丸いテーブルが並ぶ広々とした店内では、まばらな客が朝食をとっている。
「あら、炭屋さんとこの坊やじゃないの」
カウンターの向こうにいるエプロンをした女性がシロに声をかけた。この店の女主人、十四代目当主ニコミンだ。
「どうも」
シロは店内を横切ってカウンター席についた。店内には暖かい食べ物とコーヒーの湯気が漂っていた。弁当を食べたものの、既に空腹を感じていた。
「どうしたの、その格好。今日は炭を売りに来たんじゃないの?」
「ちょっと野暮用でね」
シロは暖かいコーヒーを注文した。
「モーニン、つけるわね?」
「お願いします」
「コーヒーはスープの後でいい?」
「ええ」
女主人はほどなくボウル一杯のスープをカウンター越しにシロに手渡した。
「やあ、久しぶりだなあ、この赤スープ」
スープといってもかなりトロみがついた赤褐色の汁の中に、野菜や肉が気前よくごろごろ入っている。驚くべきことに、このスープはモーニングサービス、コーヒーを注文すればおまけとして、つまり無料でついてくるものだ。コーヒー一杯の値段でボリューム満点の朝食にありつけるのだから、旅人は勿論、地元民にも人気が高い。この常軌を逸したサービスは、単に『モーニン』と呼ばれ、現在ナガミ村で朝から営業する食堂では当たり前に提供されているが、発祥の地はこの海猫とタニシ亭、初代店主のウィ=ロが始めたと言われている。
『モーニン』のサービス内容は店によって異なるが、この海猫とタニシ亭は発祥の地としてのプライドから格別に豪勢だと評判だ。まだ時間が早いから空いているが、連日満席になるほどの人気なのだ。
そして、シロの前で湯気を立てているボリューム満点の赤スープ。これもナガミ村の名物だ。
斜面はなだらかで、かなり派手に転がったにもかかわらず、幸い荷物は無事のようだった。路銀に金貨、弁当の残りに携帯用の手斧、全てある。
「あ」
神父にかけてもらったお守り袋がないと顔色を変えたが、お守りの紐は喉に食い込んでおり、紐を手繰り寄せてみると、あった。全身が夜露に濡れた草まみれになった以外には、怪我もなかった。トロちゃんと友達になって以降、密かに肉体強化の鍛錬に励んでいたのがこの時も功を奏したようだった。トロちゃんに悪気はなくても、何気ない腕の一振りでシロには致命的ダメージとなりかねない。自分のせいでシロが怪我をするとトロちゃんは泣きながらもう二度と会わないなどと言い出すので、これはお互いのためである。
残りの坂を徒歩で下って行くと、土と草の地面が舗装された石畳に変わり、ナガミ村に入った。さらに歩いていると、空が白み始めた。シロは心優しいのだが力が若干強すぎる友のことを思った。トロちゃんは一人であれば恐ろしく素早く移動することができるから、今頃は無事に洞窟まで辿りつけたはずだ。
ナガミ村は、商の町だ。人口はヌガキヤ村の倍以上。石畳で舗装された道は、夜が明けきれば人や馬車がせわしなく行き交う賑わいを見せるはずだ。ヌガキヤ村ののんびりした土埃舞うでこぼこ道とはえらい違いだ。こちらの方が炭は高く売れるのだが、あの昼でも暗い森を抜けることは極力避けたいし、建物も石造りの全体的に灰色の風景はシロには硬く冷たく感じられて慣れることができない。ナガミ村に来るのは久しぶりだった。
「これから炭焼きの季節なんだがなあ」
村の作物の収穫が終わると、炭焼きの仕事が本格化する。とはいえ、ドラゴンをどうにかしない限り、シロの商いにも大打撃だ。ドラゴンはなぜか人間が密集しているところを襲うというから、シロが暮らす昼なお暗い森は安全かもしれない。それでも、商売相手が灰にされてしまっては今まで通りの生活を送ることはできなくなる。
冷たい水が湧き出る泉を中心に置く広場で喉の渇きをいやし、弁当の残りを食べたシロは、広場のベンチに横になり仮眠をとった。石のベンチの寝心地は最悪だったし村長から支給された旅用の外套がいくら上等なものだとはいえ、フードを被ってくるまっていても寒かった。
大金を持っているから、あまり深い眠りにつかない方が都合がよいとはいえたが。
次に目を開いたときには、町は既に目を覚ましていた。まだ早い時刻だというのに、既に店の準備を始めた人達で活気づいていた。
シロは広場の泉で顔を洗うと、村の中心部にある海猫とタニシ亭に向かった。
どこの酒場にもある風に揺れる木製の看板にはなぜか全身緑色に塗られた猫と、黄色に黒の水玉模様のザリガニが描かれている。場所を間違えたのではないかという不安に駆られるが、これがナガミ村で最も古い歴史を誇る酒場『海猫とタニシ亭』のシンボルマークだ。その歴史は十三代前の初代店主ウィ=ロにまで遡る。
ナガミ村の建物は二階建で、隣の建物との間に隙間はなく、壁を隣家と共有する造りである。それが、石畳の舗装路を挟んだ両側に密集して、巨大な商店街を形成している。多くは一階で店を開き、二階を住居とする家族経営の個人事業主のこぢんまりとした店舗だが、従業員を何十人もかかえる大店《おおだな》も少なくない。
海猫とタニシ亭は、村の目抜き通りに通常の店舗四つ分の敷地を占め、二階は宿屋、一階は昼間は食堂、夕方からは酒場となり一日中賑わっている。村内のどこに出かけるにも便利な立地であり、ナガミ村にやってくる比較的裕福な商人はここに宿をとることが多い。宿泊客に朝食を振る舞うので朝早くから開いており、宿泊客でなくてもこのモーニングサービスを利用することができる。
ドアを開けると、カランコロンと鈴が鳴った。奥にカウンターがあり、丸いテーブルが並ぶ広々とした店内では、まばらな客が朝食をとっている。
「あら、炭屋さんとこの坊やじゃないの」
カウンターの向こうにいるエプロンをした女性がシロに声をかけた。この店の女主人、十四代目当主ニコミンだ。
「どうも」
シロは店内を横切ってカウンター席についた。店内には暖かい食べ物とコーヒーの湯気が漂っていた。弁当を食べたものの、既に空腹を感じていた。
「どうしたの、その格好。今日は炭を売りに来たんじゃないの?」
「ちょっと野暮用でね」
シロは暖かいコーヒーを注文した。
「モーニン、つけるわね?」
「お願いします」
「コーヒーはスープの後でいい?」
「ええ」
女主人はほどなくボウル一杯のスープをカウンター越しにシロに手渡した。
「やあ、久しぶりだなあ、この赤スープ」
スープといってもかなりトロみがついた赤褐色の汁の中に、野菜や肉が気前よくごろごろ入っている。驚くべきことに、このスープはモーニングサービス、コーヒーを注文すればおまけとして、つまり無料でついてくるものだ。コーヒー一杯の値段でボリューム満点の朝食にありつけるのだから、旅人は勿論、地元民にも人気が高い。この常軌を逸したサービスは、単に『モーニン』と呼ばれ、現在ナガミ村で朝から営業する食堂では当たり前に提供されているが、発祥の地はこの海猫とタニシ亭、初代店主のウィ=ロが始めたと言われている。
『モーニン』のサービス内容は店によって異なるが、この海猫とタニシ亭は発祥の地としてのプライドから格別に豪勢だと評判だ。まだ時間が早いから空いているが、連日満席になるほどの人気なのだ。
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