【完結】竜を喰らう:悪食の魔女 “ドラゴン・イーター” は忌み嫌われる

春泥

文字の大きさ
14 / 70
第二章 魔都キンシャチで正直者は女に溺れる?

第二話 シロ、口蓋の皮がべろべろになる

しおりを挟む
 蓋の中身がぐらぐら煮えたぎっていることは、蓋自体がぐらぐら揺れている様子と、蓋の端から漏れ出る蒸気の勢いから明らかだった。それでも、奉公人が蓋を取り去った瞬間、もわっと立ちのぼった湯気と、火から鍋を下ろした状態でここまで運ばれてきて尚、鍋の余熱でスープがしきりに沸騰している様は、見る者を驚かせる。
 これがナガミ村名物赤煮込みだ。
 ハッチョベースの赤味がかった褐色のスープには、太目の麺に、ネギと鶏肉を添えてある。ぐらぐら煮込んでもぐずぐずになることがないように麺は固めにできているのだが、それを、初心者が「生煮えだ」と怒り出すぐらい固さが残った状態で完成とする。そのため、オーソドックスな赤スープと違い、好き嫌いが分かれる一品だ。しかしこれに慣れると、他の柔らかい麺では物足りず、赤煮込み用の麺は太く固くなくてはならないと感じるようになる。

 シロはナガミ村で何度かこの赤煮込みを食したことがある。タケさんと、そしてナカさんにも話した通り、好物の一つである。しかし
「ささ、冷めんうちに食べやーて」とナガミ村民であるナカさんが傍らで食べるところを見守っているとなると、話は別だ。
 ナガミ村では、土鍋が冷めないうちに、つまり、スープがぐらぐらと煮えたぎっている間にこの赤煮込みを完食するのがの食べ方とされている*。ナガミ村民ではないシロは、もう少し落ち着いて味わって食べたいと内心願っているが、ナカさんの期待のこもった三日月のように細い目に見守られていると、腹をくくるしかないと観念した。色々世話になっている以上、がっかりさせるわけにはいかない。
「では、遠慮なくいただきます」
 両手を合わせて軽く一礼したシロは、箸を手に取ると、猛然と煮えたぎる鍋に挑んだ。

  * 

 翌朝目を覚ますと、口の中の痛みは治まっていた。
 夕べは口内に軽い火傷を負い、舌はひりひりと痛み、口蓋は舌の先でなぞると皮がべろべろに剥がれているのが感じられたが、数日ぶりのベッドが快適で殆ど瞼を閉じた瞬間シロは寝落ちしてしまった。
 目覚めたのは昼近くであった。昨晩は食後に湯あみをさせてもらい、体はさっぱりしていた。洗っておくからと外套以外の衣類は持っていかれてしまったが、変わりにと渡されたのは、簡素な襟なしシャツとズボン、それにハの字が背中に染め抜かれた、印半纏。まるでハッチョ卸売り店キンシャチ支店の奉公人のような出で立ちだが、この方が目立たず行動できるかもしれないと思い、シロは半纏を羽織った。
 昨日と同じ奉公人が朝昼兼用のような食事を運んできてくれた。まだ十代の初めぐらいの少年だ。名前はキだという。食事は、焼いた薄切りパンにたっぷりのバターと小倉を載せたもので、これもナガミ村名物の一つだ。シロが食べ始めても、少年は何かもの言いたげに傍らに立っている。
「なんだい? 待っててくれなくてもいいよ。あ、このお皿を下げなきゃいけないのかな」
 シロが大慌てでパンを頬張ると、キ少年はおずおずと口を開いた。
「ドラゴン……」
「んぐ?」
「お客さん、ドラゴンを見たって本当ですか」
「ああ。俺の村が襲撃されたんだ」
 襲撃、という言葉を聞いて、キの顔が曇った。
「酷い被害でしたか」
「ああ。怪我をした者が大勢出て、亡くなった者もいる。家を壊された者、収穫前の畑を焼かれた者も。酷い有様だ。俺がこうして呑気にしている間にも、村はどうなっているか」
 キの顔がますます暗くなる。
「なんだい。どうした?」
「すみません。おれ……ドラゴンの話を聞きたいと思って」
「ああー」
 合点がいったシロは、情けない顔をした少年をしばらく見つめていたが、溜息をついてこう言った。
「君は、ドラゴンが好きなんだな」
「すみませんっ」
 キは胸に盆を抱いたまま頭を下げた。
「子供の頃にお母さんに絵本を読んでもらって、本物は一体どんなだろうってずっと思ってて。でも、死んでしまった人がいるってきいたらおれ……」
 今現在も子供のようにしか見えないキの言葉に、シロはちょっと笑ってしまった。
「いいよ。君の年頃じゃ、仕方ない。俺だって、お伽噺の中の生き物だと思ってた頃は、本物を見たらすごく興奮するんじゃないかと思ってた。でも、実際に見てみると……小山程もある体で、羽を広げると更にでかくて、とても禍々しい生き物だ。獰猛で、情け容赦ない。一生本物にお目にかかることなく過ごせたら、どんなに良かったかと思う」
「す、すみません、おれ、バカなこと言ってしまって」
「いいってば。ところで君はまだお酒を飲む年頃じゃないと思うけど、ドラゴン通りで一番賑わっている酒場はどこだか知ってる?」
 キはほっとしたような顔をして、言った。
「それはもちろん、ファイヤードラゴン77です。おれの兄貴が、あそこの女の子はスカートが短くて最高だって言ってました」
「そうか」
「学生も女の子目当てで通い詰めて何人もミヲホロボシているそうですよ」
 キ少年の兄さんとやらは果たして大丈夫なのだろうかと不安を覚えつつ、シロはキに礼を言った。


=====
*この物語はフィクションであり、ファンタジーです。絶対に真似しないでください。
仮に土鍋でスープが煮えたぎった状態で提供される料理がもしこの現実世界にも存在しているとしても、小皿に取り分けて冷ますなどして食べた方が健康のためです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

【鑑定不能】と捨てられた俺、実は《概念創造》スキルで万物創成!辺境で最強領主に成り上がる。

夏見ナイ
ファンタジー
伯爵家の三男リアムは【鑑定不能】スキル故に「無能」と追放され、辺境に捨てられた。だが、彼が覚醒させたのは神すら解析不能なユニークスキル《概念創造》! 認識した「概念」を現実に創造できる規格外の力で、リアムは快適な拠点、豊かな食料、忠実なゴーレムを生み出す。傷ついたエルフの少女ルナを救い、彼女と共に未開の地を開拓。やがて獣人ミリア、元貴族令嬢セレスなど訳ありの仲間が集い、小さな村は驚異的に発展していく。一方、リアムを捨てた王国や実家は衰退し、彼の力を奪おうと画策するが…? 無能と蔑まれた少年が最強スキルで理想郷を築き、自分を陥れた者たちに鉄槌を下す、爽快成り上がりファンタジー!

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

処理中です...