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第二章 魔都キンシャチで正直者は女に溺れる?
第二話 シロ、口蓋の皮がべろべろになる
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蓋の中身がぐらぐら煮えたぎっていることは、蓋自体がぐらぐら揺れている様子と、蓋の端から漏れ出る蒸気の勢いから明らかだった。それでも、奉公人が蓋を取り去った瞬間、もわっと立ちのぼった湯気と、火から鍋を下ろした状態でここまで運ばれてきて尚、鍋の余熱でスープがしきりに沸騰している様は、見る者を驚かせる。
これがナガミ村名物赤煮込みだ。
ハッチョベースの赤味がかった褐色のスープには、太目の麺に、ネギと鶏肉を添えてある。ぐらぐら煮込んでもぐずぐずになることがないように麺は固めにできているのだが、それを、初心者が「生煮えだ」と怒り出すぐらい固さが残った状態で完成とする。そのため、オーソドックスな赤スープと違い、好き嫌いが分かれる一品だ。しかしこれに慣れると、他の柔らかい麺では物足りず、赤煮込み用の麺は太く固くなくてはならないと感じるようになる。
シロはナガミ村で何度かこの赤煮込みを食したことがある。タケさんと、そしてナカさんにも話した通り、好物の一つである。しかし
「ささ、冷めんうちに食べやーて」とナガミ村民であるナカさんが傍らで食べるところを見守っているとなると、話は別だ。
ナガミ村では、土鍋が冷めないうちに、つまり、スープがぐらぐらと煮えたぎっている間にこの赤煮込みを完食するのが通の食べ方とされている*。ナガミ村民ではないシロは、もう少し落ち着いて味わって食べたいと内心願っているが、ナカさんの期待のこもった三日月のように細い目に見守られていると、腹をくくるしかないと観念した。色々世話になっている以上、がっかりさせるわけにはいかない。
「では、遠慮なくいただきます」
両手を合わせて軽く一礼したシロは、箸を手に取ると、猛然と煮えたぎる鍋に挑んだ。
*
翌朝目を覚ますと、口の中の痛みは治まっていた。
夕べは口内に軽い火傷を負い、舌はひりひりと痛み、口蓋は舌の先でなぞると皮がべろべろに剥がれているのが感じられたが、数日ぶりのベッドが快適で殆ど瞼を閉じた瞬間シロは寝落ちしてしまった。
目覚めたのは昼近くであった。昨晩は食後に湯あみをさせてもらい、体はさっぱりしていた。洗っておくからと外套以外の衣類は持っていかれてしまったが、変わりにと渡されたのは、簡素な襟なしシャツとズボン、それにハの字が背中に染め抜かれた、印半纏。まるでハッチョ卸売り店キンシャチ支店の奉公人のような出で立ちだが、この方が目立たず行動できるかもしれないと思い、シロは半纏を羽織った。
昨日と同じ奉公人が朝昼兼用のような食事を運んできてくれた。まだ十代の初めぐらいの少年だ。名前はキだという。食事は、焼いた薄切りパンにたっぷりのバターと小倉を載せたもので、これもナガミ村名物の一つだ。シロが食べ始めても、少年は何かもの言いたげに傍らに立っている。
「なんだい? 待っててくれなくてもいいよ。あ、このお皿を下げなきゃいけないのかな」
シロが大慌てでパンを頬張ると、キ少年はおずおずと口を開いた。
「ドラゴン……」
「んぐ?」
「お客さん、ドラゴンを見たって本当ですか」
「ああ。俺の村が襲撃されたんだ」
襲撃、という言葉を聞いて、キの顔が曇った。
「酷い被害でしたか」
「ああ。怪我をした者が大勢出て、亡くなった者もいる。家を壊された者、収穫前の畑を焼かれた者も。酷い有様だ。俺がこうして呑気にしている間にも、村はどうなっているか」
キの顔がますます暗くなる。
「なんだい。どうした?」
「すみません。おれ……ドラゴンの話を聞きたいと思って」
「ああー」
合点がいったシロは、情けない顔をした少年をしばらく見つめていたが、溜息をついてこう言った。
「君は、ドラゴンが好きなんだな」
「すみませんっ」
キは胸に盆を抱いたまま頭を下げた。
「子供の頃にお母さんに絵本を読んでもらって、本物は一体どんなだろうってずっと思ってて。でも、死んでしまった人がいるってきいたらおれ……」
今現在も子供のようにしか見えないキの言葉に、シロはちょっと笑ってしまった。
「いいよ。君の年頃じゃ、仕方ない。俺だって、お伽噺の中の生き物だと思ってた頃は、本物を見たらすごく興奮するんじゃないかと思ってた。でも、実際に見てみると……小山程もある体で、羽を広げると更にでかくて、とても禍々しい生き物だ。獰猛で、情け容赦ない。一生本物にお目にかかることなく過ごせたら、どんなに良かったかと思う」
「す、すみません、おれ、バカなこと言ってしまって」
「いいってば。ところで君はまだお酒を飲む年頃じゃないと思うけど、ドラゴン通りで一番賑わっている酒場はどこだか知ってる?」
キはほっとしたような顔をして、言った。
「それはもちろん、ファイヤードラゴン77です。おれの兄貴が、あそこの女の子はスカートが短くて最高だって言ってました」
「そうか」
「学生も女の子目当てで通い詰めて何人もミヲホロボシているそうですよ」
キ少年の兄さんとやらは果たして大丈夫なのだろうかと不安を覚えつつ、シロはキに礼を言った。
=====
*この物語はフィクションであり、ファンタジーです。絶対に真似しないでください。
仮に土鍋でスープが煮えたぎった状態で提供される料理がもしこの現実世界にも存在しているとしても、小皿に取り分けて冷ますなどして食べた方が健康のためです。
これがナガミ村名物赤煮込みだ。
ハッチョベースの赤味がかった褐色のスープには、太目の麺に、ネギと鶏肉を添えてある。ぐらぐら煮込んでもぐずぐずになることがないように麺は固めにできているのだが、それを、初心者が「生煮えだ」と怒り出すぐらい固さが残った状態で完成とする。そのため、オーソドックスな赤スープと違い、好き嫌いが分かれる一品だ。しかしこれに慣れると、他の柔らかい麺では物足りず、赤煮込み用の麺は太く固くなくてはならないと感じるようになる。
シロはナガミ村で何度かこの赤煮込みを食したことがある。タケさんと、そしてナカさんにも話した通り、好物の一つである。しかし
「ささ、冷めんうちに食べやーて」とナガミ村民であるナカさんが傍らで食べるところを見守っているとなると、話は別だ。
ナガミ村では、土鍋が冷めないうちに、つまり、スープがぐらぐらと煮えたぎっている間にこの赤煮込みを完食するのが通の食べ方とされている*。ナガミ村民ではないシロは、もう少し落ち着いて味わって食べたいと内心願っているが、ナカさんの期待のこもった三日月のように細い目に見守られていると、腹をくくるしかないと観念した。色々世話になっている以上、がっかりさせるわけにはいかない。
「では、遠慮なくいただきます」
両手を合わせて軽く一礼したシロは、箸を手に取ると、猛然と煮えたぎる鍋に挑んだ。
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翌朝目を覚ますと、口の中の痛みは治まっていた。
夕べは口内に軽い火傷を負い、舌はひりひりと痛み、口蓋は舌の先でなぞると皮がべろべろに剥がれているのが感じられたが、数日ぶりのベッドが快適で殆ど瞼を閉じた瞬間シロは寝落ちしてしまった。
目覚めたのは昼近くであった。昨晩は食後に湯あみをさせてもらい、体はさっぱりしていた。洗っておくからと外套以外の衣類は持っていかれてしまったが、変わりにと渡されたのは、簡素な襟なしシャツとズボン、それにハの字が背中に染め抜かれた、印半纏。まるでハッチョ卸売り店キンシャチ支店の奉公人のような出で立ちだが、この方が目立たず行動できるかもしれないと思い、シロは半纏を羽織った。
昨日と同じ奉公人が朝昼兼用のような食事を運んできてくれた。まだ十代の初めぐらいの少年だ。名前はキだという。食事は、焼いた薄切りパンにたっぷりのバターと小倉を載せたもので、これもナガミ村名物の一つだ。シロが食べ始めても、少年は何かもの言いたげに傍らに立っている。
「なんだい? 待っててくれなくてもいいよ。あ、このお皿を下げなきゃいけないのかな」
シロが大慌てでパンを頬張ると、キ少年はおずおずと口を開いた。
「ドラゴン……」
「んぐ?」
「お客さん、ドラゴンを見たって本当ですか」
「ああ。俺の村が襲撃されたんだ」
襲撃、という言葉を聞いて、キの顔が曇った。
「酷い被害でしたか」
「ああ。怪我をした者が大勢出て、亡くなった者もいる。家を壊された者、収穫前の畑を焼かれた者も。酷い有様だ。俺がこうして呑気にしている間にも、村はどうなっているか」
キの顔がますます暗くなる。
「なんだい。どうした?」
「すみません。おれ……ドラゴンの話を聞きたいと思って」
「ああー」
合点がいったシロは、情けない顔をした少年をしばらく見つめていたが、溜息をついてこう言った。
「君は、ドラゴンが好きなんだな」
「すみませんっ」
キは胸に盆を抱いたまま頭を下げた。
「子供の頃にお母さんに絵本を読んでもらって、本物は一体どんなだろうってずっと思ってて。でも、死んでしまった人がいるってきいたらおれ……」
今現在も子供のようにしか見えないキの言葉に、シロはちょっと笑ってしまった。
「いいよ。君の年頃じゃ、仕方ない。俺だって、お伽噺の中の生き物だと思ってた頃は、本物を見たらすごく興奮するんじゃないかと思ってた。でも、実際に見てみると……小山程もある体で、羽を広げると更にでかくて、とても禍々しい生き物だ。獰猛で、情け容赦ない。一生本物にお目にかかることなく過ごせたら、どんなに良かったかと思う」
「す、すみません、おれ、バカなこと言ってしまって」
「いいってば。ところで君はまだお酒を飲む年頃じゃないと思うけど、ドラゴン通りで一番賑わっている酒場はどこだか知ってる?」
キはほっとしたような顔をして、言った。
「それはもちろん、ファイヤードラゴン77です。おれの兄貴が、あそこの女の子はスカートが短くて最高だって言ってました」
「そうか」
「学生も女の子目当てで通い詰めて何人もミヲホロボシているそうですよ」
キ少年の兄さんとやらは果たして大丈夫なのだろうかと不安を覚えつつ、シロはキに礼を言った。
=====
*この物語はフィクションであり、ファンタジーです。絶対に真似しないでください。
仮に土鍋でスープが煮えたぎった状態で提供される料理がもしこの現実世界にも存在しているとしても、小皿に取り分けて冷ますなどして食べた方が健康のためです。
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