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熱中症
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(頭いってぇ…)
パソコンの画面がチカチカし始めたのはいつだったっけ。軽い吐き気と体に重みを感じたのは?
この症状はきっと、軽い熱中症だ。高校の時の部活中によくなったから覚えている。
(電車で帰んのだりぃな…)
この状態であの満員電車に乗って帰る元気はない。希一さん、迎えに来てくれないかな。
3つ年上の彼は車通勤だ。だから、帰る時間が合う時は俺の会社まで迎えに来てくれて、一緒に帰る。今日は何時に帰るんだろう。
「もしもし?希一さん?」
メールを打っても返事がないため、電話に切り替えるとすぐに繋がった。
「あ、遼じゃん。なーにー?」
「あの、今日って何時ぐらいに帰ります?」
「んー、結構遅くなりそうー、何かソフトバグっちゃったみたいで…データは吹っ飛んでないから泊まり込みってことはないんだけど…12時回るかも…」
「そー、ですかー…」
正直1時間や2時間なら会社で休んで待っていたかった。でも、今は6:30。12時までは流石に待っていられない。
「どーしたん、何かあった?」
「いや、満員電車乗って帰んのだりぃなーって…暑いし」
「ふはっ、諦めて帰ってくださーい。あ、ご飯冷蔵庫に入れといたから。チンして食べてねー」
「はーい」
アテが無くなってしまった。あの人の運転上手いし、揺れないから快適なのに。
「タクシーで帰るか…」
高くついてしまうのは仕方ない。涼しいし、寝れるし。体調が悪いんだから仕方ない。財布に入っている5000円札を確認して、さっき自販機で買ったスポドリを握りしめてタクシー乗り場に向かった。
(あ、何かヤバいかも…)
タクシーに乗り込んで早20分。何か、胃の辺りが変だ。ガタガタと車の揺れが激しいから、酔ってしまったのかもしれない。
それに…
「あの、今どこですか?」
指定の住所を伝えたはずなのに、いつも希一さんと帰っている道とは全然違う。
「えーっと…○○町の辺りですね」
「あと何分ぐらいですか?」
「んー、あと30分かそこらじゃないですか?」
「そー…ですか…あの、次トイレあるとことかあったらおろしてもらえます?」
おかしい。俺の会社から家までいつも、30分もかからない。もうすぐ着くはずなのに。〇〇町って、どうやったらそこを通ろうと思うんだよ。
「ぅ、…ぷ…」
ヤバい。もうそろそろもたないかもしれない。さっきまでは不快感程度の胃の違和感も、今や強烈な吐き気となってしまっている。車の揺れと一緒に中身が迫り上がって、気持ち悪い。
「…っは、あの、このへん、といれ、あったりしますか、」
「えー、なーいーですねー…」
「そ、ですか…あの、つぎ、といれあったらっ、、寄ってもらっていい、ですかっ、っ、」
はぁはぁと息が漏れる。前屈みになって、胃を何度も何度もさするけど、一向にマシにならない。
ふと窓を見ると、コンビニが見えた。
「あのっ、ここ、といれっ、」
「あー、そこ止まるの面倒なんですよー」
耳を疑った。さっきからずっと言っているのに。きっと窓を見る余裕がなかったから分からなかったけど、何件も何件もトイレのある施設を飛ばしてきたのだろう。
「あのっ、すぐ、もどってきますっ、おれ、ほんとにげんかいでっ、」
「そんなこと言ってねぇ…最近の人はすぐ乗り逃げするから」
このジジイは人の話も聞けないのだろうか。人の表情も読めないのだろうか。そもそも、ナビつけてるのにこんな回りくどい道を通っているのも意味不明だし、結局揺れは酷いし。金だけかかって良いところなんて一つもない。これなら電車で帰った方がよっぽどマシだった。
「ぅ゛、ぉ゛え…」
口、酸っぱい。慌てて口を押さえるけど、えずく事をやめられない。シートを汚してしまう、咄嗟の判断で着ているワイシャツを口元に持っていく。
「え゛、う゛ぇええ…」
「うわっ、ちょっとー…」
胃の辺りがカッと熱くなった。そんで、喉も焼けるように熱くて。鼻水と唾液と胃液でぐちゃぐちゃになってしまう。
前から驚いた、それでいて嫌そうな声が聞こえる。俺、さっきからずっと言ってたよね?高速入っていたわけじゃないからトイレ寄れるとこ、いっぱいあったよね?心の中で悪態をつくけど、向こうに届くわけない。
「あーあーお客さん…シート汚したら弁償してもらわないといけないんだけど…」
「ふくで、うけてるので、」
こればっかりは自分の技術を褒めて欲しい。全てを自分の服の中に収め、汚れているのはズボンとシャツだけ。まあ見た目は相当グロいけど。
あれだけ頑なに止めてくれなかったのに、いとも簡単に何もない道に停車される。ここで降りろということなのだろう。
「おかね、これ、」
汚れのまだマシな手で5000円札を引っ張り出す。
「おつり、いいので、」
「うわっ…」
嫌そうな顔。手のゲロはズボンで拭いたから、見た目は汚れていないけど、やっぱり汚いから少し申し訳ない。
汚れがつかないようにシートベルトをとってヨタヨタと降りる。
「お大事にー、ありがとーございましたー」
変に間延びした声と共にバタンとドアが閉まり、その車はすぐに見えなくなった。
(ここ…どこ…)
べっとりとシャツについた吐瀉物は、少しでも傾けると床に落ちてしまう。ズボンだって、胃液がじっとりと染みているし、鞄の持ち手も手についたゲロで汚れている。近くには店一つない。あるのは通行人の視線のみ。俺の酷い身なりを見て、ヒソヒソと話し始める者、同情の目をむけてくる者、スッと俺を避けるくせに、上から下まで舐め回すように見てくる者。
どれだけ自分は惨めな姿をしているんだろう。でも、俺の家はもっともっと遠くだし、着替える服もない。視線に耐え切れなくてどうしようもなくて逃げ込んだのは狭い路地。生乾きの、少しカビの臭いがするが、俺のゲロの方が臭い。黒ずんだ壁に気にすることなくズルズルともたれて座り込んだ。
頭、ガンガンする。口、気持ち悪い。タクシーに乗る前に買ったスポドリは置き忘れてしまったみたいでここにはない。
どうやって、帰ろう。それを考えたら急に心細くなって。お金も少ししかないし、歩いて帰ったら何時間かかるんだろう。
スマホを取り出して、あの人の連絡先の画面を眺める。
(呼んで、良いのかな…)
さっき帰れないって言ってたじゃん。忙しい、って。それに、こんな格好であの人の車に乗る?そんなの絶対嫌がられるに決まってるじゃん。
でも、希一さんに頼むしかない。何て、言おう。メッセージを打っては消して、打っては消して。
ウ゛ー、ウ゛ー、
どれぐらいそうしていただろうか。いきなりスマホが震えて、びっくりして応答ボタンを押してしまう。
「あ、遼?ごめんね急にかけて。あのさー、外の洗濯物入れといてくれない?明日朝から雨らしくて…遼?」
「っ、」
「遼?りょーくーん、もしもしー?」
声を聞いた瞬間、変に安心感を覚えてしまって涙が止まらなくなって、言葉が出てこない。
「遼くーん、おーい、返事して欲しいなー」
「っひ、ぃ゛、」
「え、どしたの本当に」
「あ、のね、」
涙で視界がぼやける。迎えに来て欲しい、着替え、って。ちゃんと喋ろうと思ったのに。こらえきれないものが邪魔をしてうまくできない。電話越しにも俺のしゃくりあげる声が聞こえてしまっているだろう。ここが外だということも忘れて、声を上げて泣きじゃくってしまった。
パソコンの画面がチカチカし始めたのはいつだったっけ。軽い吐き気と体に重みを感じたのは?
この症状はきっと、軽い熱中症だ。高校の時の部活中によくなったから覚えている。
(電車で帰んのだりぃな…)
この状態であの満員電車に乗って帰る元気はない。希一さん、迎えに来てくれないかな。
3つ年上の彼は車通勤だ。だから、帰る時間が合う時は俺の会社まで迎えに来てくれて、一緒に帰る。今日は何時に帰るんだろう。
「もしもし?希一さん?」
メールを打っても返事がないため、電話に切り替えるとすぐに繋がった。
「あ、遼じゃん。なーにー?」
「あの、今日って何時ぐらいに帰ります?」
「んー、結構遅くなりそうー、何かソフトバグっちゃったみたいで…データは吹っ飛んでないから泊まり込みってことはないんだけど…12時回るかも…」
「そー、ですかー…」
正直1時間や2時間なら会社で休んで待っていたかった。でも、今は6:30。12時までは流石に待っていられない。
「どーしたん、何かあった?」
「いや、満員電車乗って帰んのだりぃなーって…暑いし」
「ふはっ、諦めて帰ってくださーい。あ、ご飯冷蔵庫に入れといたから。チンして食べてねー」
「はーい」
アテが無くなってしまった。あの人の運転上手いし、揺れないから快適なのに。
「タクシーで帰るか…」
高くついてしまうのは仕方ない。涼しいし、寝れるし。体調が悪いんだから仕方ない。財布に入っている5000円札を確認して、さっき自販機で買ったスポドリを握りしめてタクシー乗り場に向かった。
(あ、何かヤバいかも…)
タクシーに乗り込んで早20分。何か、胃の辺りが変だ。ガタガタと車の揺れが激しいから、酔ってしまったのかもしれない。
それに…
「あの、今どこですか?」
指定の住所を伝えたはずなのに、いつも希一さんと帰っている道とは全然違う。
「えーっと…○○町の辺りですね」
「あと何分ぐらいですか?」
「んー、あと30分かそこらじゃないですか?」
「そー…ですか…あの、次トイレあるとことかあったらおろしてもらえます?」
おかしい。俺の会社から家までいつも、30分もかからない。もうすぐ着くはずなのに。〇〇町って、どうやったらそこを通ろうと思うんだよ。
「ぅ、…ぷ…」
ヤバい。もうそろそろもたないかもしれない。さっきまでは不快感程度の胃の違和感も、今や強烈な吐き気となってしまっている。車の揺れと一緒に中身が迫り上がって、気持ち悪い。
「…っは、あの、このへん、といれ、あったりしますか、」
「えー、なーいーですねー…」
「そ、ですか…あの、つぎ、といれあったらっ、、寄ってもらっていい、ですかっ、っ、」
はぁはぁと息が漏れる。前屈みになって、胃を何度も何度もさするけど、一向にマシにならない。
ふと窓を見ると、コンビニが見えた。
「あのっ、ここ、といれっ、」
「あー、そこ止まるの面倒なんですよー」
耳を疑った。さっきからずっと言っているのに。きっと窓を見る余裕がなかったから分からなかったけど、何件も何件もトイレのある施設を飛ばしてきたのだろう。
「あのっ、すぐ、もどってきますっ、おれ、ほんとにげんかいでっ、」
「そんなこと言ってねぇ…最近の人はすぐ乗り逃げするから」
このジジイは人の話も聞けないのだろうか。人の表情も読めないのだろうか。そもそも、ナビつけてるのにこんな回りくどい道を通っているのも意味不明だし、結局揺れは酷いし。金だけかかって良いところなんて一つもない。これなら電車で帰った方がよっぽどマシだった。
「ぅ゛、ぉ゛え…」
口、酸っぱい。慌てて口を押さえるけど、えずく事をやめられない。シートを汚してしまう、咄嗟の判断で着ているワイシャツを口元に持っていく。
「え゛、う゛ぇええ…」
「うわっ、ちょっとー…」
胃の辺りがカッと熱くなった。そんで、喉も焼けるように熱くて。鼻水と唾液と胃液でぐちゃぐちゃになってしまう。
前から驚いた、それでいて嫌そうな声が聞こえる。俺、さっきからずっと言ってたよね?高速入っていたわけじゃないからトイレ寄れるとこ、いっぱいあったよね?心の中で悪態をつくけど、向こうに届くわけない。
「あーあーお客さん…シート汚したら弁償してもらわないといけないんだけど…」
「ふくで、うけてるので、」
こればっかりは自分の技術を褒めて欲しい。全てを自分の服の中に収め、汚れているのはズボンとシャツだけ。まあ見た目は相当グロいけど。
あれだけ頑なに止めてくれなかったのに、いとも簡単に何もない道に停車される。ここで降りろということなのだろう。
「おかね、これ、」
汚れのまだマシな手で5000円札を引っ張り出す。
「おつり、いいので、」
「うわっ…」
嫌そうな顔。手のゲロはズボンで拭いたから、見た目は汚れていないけど、やっぱり汚いから少し申し訳ない。
汚れがつかないようにシートベルトをとってヨタヨタと降りる。
「お大事にー、ありがとーございましたー」
変に間延びした声と共にバタンとドアが閉まり、その車はすぐに見えなくなった。
(ここ…どこ…)
べっとりとシャツについた吐瀉物は、少しでも傾けると床に落ちてしまう。ズボンだって、胃液がじっとりと染みているし、鞄の持ち手も手についたゲロで汚れている。近くには店一つない。あるのは通行人の視線のみ。俺の酷い身なりを見て、ヒソヒソと話し始める者、同情の目をむけてくる者、スッと俺を避けるくせに、上から下まで舐め回すように見てくる者。
どれだけ自分は惨めな姿をしているんだろう。でも、俺の家はもっともっと遠くだし、着替える服もない。視線に耐え切れなくてどうしようもなくて逃げ込んだのは狭い路地。生乾きの、少しカビの臭いがするが、俺のゲロの方が臭い。黒ずんだ壁に気にすることなくズルズルともたれて座り込んだ。
頭、ガンガンする。口、気持ち悪い。タクシーに乗る前に買ったスポドリは置き忘れてしまったみたいでここにはない。
どうやって、帰ろう。それを考えたら急に心細くなって。お金も少ししかないし、歩いて帰ったら何時間かかるんだろう。
スマホを取り出して、あの人の連絡先の画面を眺める。
(呼んで、良いのかな…)
さっき帰れないって言ってたじゃん。忙しい、って。それに、こんな格好であの人の車に乗る?そんなの絶対嫌がられるに決まってるじゃん。
でも、希一さんに頼むしかない。何て、言おう。メッセージを打っては消して、打っては消して。
ウ゛ー、ウ゛ー、
どれぐらいそうしていただろうか。いきなりスマホが震えて、びっくりして応答ボタンを押してしまう。
「あ、遼?ごめんね急にかけて。あのさー、外の洗濯物入れといてくれない?明日朝から雨らしくて…遼?」
「っ、」
「遼?りょーくーん、もしもしー?」
声を聞いた瞬間、変に安心感を覚えてしまって涙が止まらなくなって、言葉が出てこない。
「遼くーん、おーい、返事して欲しいなー」
「っひ、ぃ゛、」
「え、どしたの本当に」
「あ、のね、」
涙で視界がぼやける。迎えに来て欲しい、着替え、って。ちゃんと喋ろうと思ったのに。こらえきれないものが邪魔をしてうまくできない。電話越しにも俺のしゃくりあげる声が聞こえてしまっているだろう。ここが外だということも忘れて、声を上げて泣きじゃくってしまった。
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