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漆
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*ロイド視点*
『私は好きな人を護れなかったんです』
その言葉を耳にして、ヒュッと息を呑んだ。
エリーには好きな人が居て、その好きな人を護れなかった過去があったのだ。
確かに、エリーは過去に恋人や婚約者や旦那は居ないとは言っていたが、『好きな人は居ない』とは言っていなかった。
護れなかったと言う事は、亡くなってしまったと言う事だろうか?そして、今でもその男が好きなんだろうか?もし、その好きな人と言うのが番だったなら─
番に巡り会える確率は10%にも満たないそうだが、巡り会えない訳ではない。
あの時、更に踏み込んで訊く事ができなかった。あまりにも、エリーが辛そうな顔をしていたから。あれから少しぎこちない感じだったけど、後は普通に会話をしてから別れた。それから2週間。意図せず仕事が忙しくて結に行く時間もなく、エリーとは会えていない。
「エリーに会いたいなぁ……」
「今から一緒に行くか?ロイドも上がりの時間だろう?」
タイミング良く声を掛けて来たのはレオ。何となく1人で結に行くより、レオと一緒の方が良いかもしれないと思い、仕事が終わるとそのまま2人で結へと向かった。
******
「いらっしゃいませ」
「エリー、こんばんは。取り敢えずビール二つよろしく!」
「はーい」
「………」
結にやって来てレオがエリーに声を掛けると、エリーはいつも通りの対応でフロア内を動き回っていた。
ー元気そうで良かったと思うべきか?ー
忙しそうだった事もあり、俺は声を掛けずにレオと食事をしながら様子を見る事にした。
ようやくエリーに声を掛ける事ができたのは、食事も終わって帰る時だった。
「エリー、また一緒にランチに行ってくれる?」
「え?あ……はい、大丈夫です。丁度、お話したい事があるので…」
そう言った時の彼女の表情からして、良くない話かもしれないと思いつつ、その日はランチの約束をしてから店を後にした。
********
「きゃあーっ!」
「っ!?」
エリーとの待ち合わせの場所迄もう少し─と言う所で女性の悲鳴が聞こえて、その声の方へと走って行くと、そこにはエリーとデロイアン嬢が居た。
「エリー!デロイ───」
「ロイド様!助けて下さい!」
2人の方へと更に駆け寄ろうとすれば、デロイアン嬢が俺にしがみついて来た。
「あの女が、私を斬りつけて来たんです!」
そう言って震えながらしがみついている左腕の服が切れていて、薄っすらとではあるが血が滲んでいる。そして、エリーの足元には血の付いた短剣が落ちている。確かに、状況としてはデロイアン嬢の訴え通りの状況だ。
「どうして、エリーがデロイアン嬢を?」
「私とロイド様との婚約の話が上がっているから、これ以上ロイド様に近付かないよう忠告をしたら、急に斬りつけて来たんです!あの女は、ロイド様の前ではおとなしいけれど、実のところは、こんな怖ろしい女なんですよ!」
「エリー……」
「…………」
エリーは黙ったままだ。その目には、何も映っていないように見える。
「エリーがデロイアン嬢を斬りつけるなんて事は……絶対有り得ない」
「何を!でも、私は左腕を!」
「だって……エリーが俺の事を好きじゃないのに、そんな事を言われただけで、どうしてデロイアン嬢を傷付ける事をするんだ?」
「─────え?」
キョトンとした顔で固まっているのはデロイアン嬢で、エリーは驚いた様に目を大きく見開いて俺を見ている。
「俺とデロイアン嬢に婚約の話があがっているとは……俺も初耳だけど、そんな話を聞いたところでエリーが怒る筈はないんだ。それに、エリーなら、証拠が残るような短剣で攻撃なんてしないだろう?」
エリーは獣人だ。武器なんて使わなくても攻撃ができる。獣化した姿や戦う姿を見た事はないが、エリーには常に隙がなかった。纏っている空気は、騎士と同じ様なモノだった。
「それでも……本当に……あの女が私を───」
「他者に傷付けられたのか、自分で故意に傷付けたのかなんて、調べれば直ぐに分かる事だけど?」
「っ!?でもっ…婚約の話は本当よ!私が侯爵である父に──」
「あぁ…そっちが侯爵を出して来ると言うなら、俺も出そうか?俺は伯爵家の次男でしかないけど、王太子殿下の側近なんだ。婚約に関しては、王太子殿下から色んな優遇条件を貰っているんだ。俺が、身分を盾に縛られないように……ね。先に家名を出したのはそっちだから、侯爵に早く知らせた方が良いよ?」
「なっ!そっ……失礼しますわ!!」
「お嬢様!!」
サッと顔色を悪くしたデロイアン嬢が走り出すと、どこからか現れた護衛が後を追うように走って行った。
デロイアン侯爵本人は優秀な文官だが、家族には甘く娘がお馬鹿なのが昇進できない理由の一つだ。
と、取り敢えず、今はあっちは放っておいて──
「エリー、大丈夫だった?」
未だに声を発しないエリーに声を掛けると、そこでようやくエリーが言葉を口にした。
「どうして……私の事を信用してくれるんですか?」
泣くのを耐えているような顔をしていた。
『私は好きな人を護れなかったんです』
その言葉を耳にして、ヒュッと息を呑んだ。
エリーには好きな人が居て、その好きな人を護れなかった過去があったのだ。
確かに、エリーは過去に恋人や婚約者や旦那は居ないとは言っていたが、『好きな人は居ない』とは言っていなかった。
護れなかったと言う事は、亡くなってしまったと言う事だろうか?そして、今でもその男が好きなんだろうか?もし、その好きな人と言うのが番だったなら─
番に巡り会える確率は10%にも満たないそうだが、巡り会えない訳ではない。
あの時、更に踏み込んで訊く事ができなかった。あまりにも、エリーが辛そうな顔をしていたから。あれから少しぎこちない感じだったけど、後は普通に会話をしてから別れた。それから2週間。意図せず仕事が忙しくて結に行く時間もなく、エリーとは会えていない。
「エリーに会いたいなぁ……」
「今から一緒に行くか?ロイドも上がりの時間だろう?」
タイミング良く声を掛けて来たのはレオ。何となく1人で結に行くより、レオと一緒の方が良いかもしれないと思い、仕事が終わるとそのまま2人で結へと向かった。
******
「いらっしゃいませ」
「エリー、こんばんは。取り敢えずビール二つよろしく!」
「はーい」
「………」
結にやって来てレオがエリーに声を掛けると、エリーはいつも通りの対応でフロア内を動き回っていた。
ー元気そうで良かったと思うべきか?ー
忙しそうだった事もあり、俺は声を掛けずにレオと食事をしながら様子を見る事にした。
ようやくエリーに声を掛ける事ができたのは、食事も終わって帰る時だった。
「エリー、また一緒にランチに行ってくれる?」
「え?あ……はい、大丈夫です。丁度、お話したい事があるので…」
そう言った時の彼女の表情からして、良くない話かもしれないと思いつつ、その日はランチの約束をしてから店を後にした。
********
「きゃあーっ!」
「っ!?」
エリーとの待ち合わせの場所迄もう少し─と言う所で女性の悲鳴が聞こえて、その声の方へと走って行くと、そこにはエリーとデロイアン嬢が居た。
「エリー!デロイ───」
「ロイド様!助けて下さい!」
2人の方へと更に駆け寄ろうとすれば、デロイアン嬢が俺にしがみついて来た。
「あの女が、私を斬りつけて来たんです!」
そう言って震えながらしがみついている左腕の服が切れていて、薄っすらとではあるが血が滲んでいる。そして、エリーの足元には血の付いた短剣が落ちている。確かに、状況としてはデロイアン嬢の訴え通りの状況だ。
「どうして、エリーがデロイアン嬢を?」
「私とロイド様との婚約の話が上がっているから、これ以上ロイド様に近付かないよう忠告をしたら、急に斬りつけて来たんです!あの女は、ロイド様の前ではおとなしいけれど、実のところは、こんな怖ろしい女なんですよ!」
「エリー……」
「…………」
エリーは黙ったままだ。その目には、何も映っていないように見える。
「エリーがデロイアン嬢を斬りつけるなんて事は……絶対有り得ない」
「何を!でも、私は左腕を!」
「だって……エリーが俺の事を好きじゃないのに、そんな事を言われただけで、どうしてデロイアン嬢を傷付ける事をするんだ?」
「─────え?」
キョトンとした顔で固まっているのはデロイアン嬢で、エリーは驚いた様に目を大きく見開いて俺を見ている。
「俺とデロイアン嬢に婚約の話があがっているとは……俺も初耳だけど、そんな話を聞いたところでエリーが怒る筈はないんだ。それに、エリーなら、証拠が残るような短剣で攻撃なんてしないだろう?」
エリーは獣人だ。武器なんて使わなくても攻撃ができる。獣化した姿や戦う姿を見た事はないが、エリーには常に隙がなかった。纏っている空気は、騎士と同じ様なモノだった。
「それでも……本当に……あの女が私を───」
「他者に傷付けられたのか、自分で故意に傷付けたのかなんて、調べれば直ぐに分かる事だけど?」
「っ!?でもっ…婚約の話は本当よ!私が侯爵である父に──」
「あぁ…そっちが侯爵を出して来ると言うなら、俺も出そうか?俺は伯爵家の次男でしかないけど、王太子殿下の側近なんだ。婚約に関しては、王太子殿下から色んな優遇条件を貰っているんだ。俺が、身分を盾に縛られないように……ね。先に家名を出したのはそっちだから、侯爵に早く知らせた方が良いよ?」
「なっ!そっ……失礼しますわ!!」
「お嬢様!!」
サッと顔色を悪くしたデロイアン嬢が走り出すと、どこからか現れた護衛が後を追うように走って行った。
デロイアン侯爵本人は優秀な文官だが、家族には甘く娘がお馬鹿なのが昇進できない理由の一つだ。
と、取り敢えず、今はあっちは放っておいて──
「エリー、大丈夫だった?」
未だに声を発しないエリーに声を掛けると、そこでようやくエリーが言葉を口にした。
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泣くのを耐えているような顔をしていた。
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