2 / 29
第1話:鳴かない朝
しおりを挟む目が覚めた。
……いつもと変わらない朝。
「陽菜、早くしなさい、学校、遅れるわよ。」
朝、ママの声で起こされる。
私は学校から遠のいていた。
前の学校では、いろいろあって、
何かしゃべることも、人前に出ることも怖くなった。
それからは、学校にちゃんと通えなくなった。
部屋から出ることさえ、怖くなった。
ママは、いつも私がしようとすることを、先に言う。
だから、いうことを聞かなければならない。
そんなことが、ずっと続いている。
「ほら、ちゃんと返事ぐらいしなさい。
いつまで『だんまり』を続けているの?」
テーブルの上の朝ご飯は、もう冷めていた。
ママはもう、仕事に行く支度をしていた。
冷めたベーコンと目玉焼き、サラダ。
トースト一枚とぬるくなった牛乳。
もう何年も同じだ。
私は出来が悪い子だから、誰からも見向きもされない。
箱から放り出された、『ひなどり』なんだ。
今日から新しい学校に通うことになった。
「桜花スクール」
自由に過ごせるフリースクール。
そこは、パパの知り合いの紹介だった。
ママは猛反対したけど、そのままうちにいるよりはマシだって言ってた。
「そんなの、ただの逃げ場所でしょ。」
そう言われたけど、もう逃げる場所すらない私には、そこだって命綱なんだよ。
新しい学校は、行けない日は、無理して行かなくてもいい。
タブレットでも授業を受けられるから、「出席」したことになる。
でも、せっかくの新しい学校だ。
私はちょっと、頑張ることにした。
制服もないから、服装も自由。
でもね、それっぽいのを着てくればいいって。
いきなり自由って言われても、何を着ていけばいいんだろう?
「ほら、早くしなさい。」
「まだ間に合うんだけどな……。」
私は思わず小声でそう言っていた。
ママに聞こえてしまうと、何倍にもなって、帰ってくるから。
パパは一足先に、仕事に出かける。
そうして、いつも、お酒を飲んで遅く帰ってくる。
最後にちゃんと話をしたのはいつだろう。
子供だから、親の生活に合わせて、暮らさなければならない。
だから私はちゃんと学校に行って、ママが仕事に間に合うように、家を出ないといけない。
「行ってきます。」
……返事がなかった。
「ピンッ」
私の携帯に、入金があった。
3000円。
しばらくお昼はこれで食べろってことね。
学校は駅前のビルの中にあった。
教室というよりは、街の集会場みたいだった。
いろんな服装の人が、バラバラに座っていて、思い思いに過ごしていた。
でも、話をしているのは数人、それも静かに過ごしていた。
隅の方で、こっそり座っている子もいた。
わかるよ、それ……ちょっと、怖いもん。
この学校は、逃げ場所じゃない。
私が、『ここで生きる』って決めた場所。
だったら、ちょっとだけ声を出してみてもいいのかもしれない。
「……おはよう。」
声をかけても教室からは返事がなかった。
「あ、あなたは今日が初めてだね。
ここでは『元気に挨拶しなさい』なんてことは言わないんだよ。
ほら、それだけで怖がる子もいるからね。」
「え? そうなの?」
「あ、びっくりした? そういう子、多いからね~、ここ。
うちの担任も慣れたもんよ。
私は加奈だよ。」
「私、陽菜。よろしくね。」
精一杯の笑顔でそう言ったけど、加奈ちゃんにはそれがわかったみたい。
「まぁ、ゆっくりでいいよ。
ところで、出席登録はした?」
「え?まだだけど。」
「え、まだ出席『ピッ』ってしてない?
生徒手帳をね、ここにかざすとピッって鳴って、
今日は出席したことになるよ。」
もう私には訳が分からない。
でも、ここはそういうところなんだって思わないといけない。
始業の鐘が鳴った。
先生が教室に入ってきた。
「皆さんおはようございます。
えっと、桜井さんは、来ているよね。
紹介しよう、今日からここに通うことになった、桜井陽菜ちゃんです。
今までの子と同じように、優しく見守っていて欲しい。」
なに? それ?
意外だった。
転校生の初日って、みんなの前で挨拶するかと思ったから、ちょっとほっとした。
「早速、加奈さんが一緒に居てくれるわけだな。
よろしく頼むよ。」
「はーい、頼まれました。」
加奈ちゃんが、元気に返事をしていた。
それから先生は、教室を見回して、後ろの方を見て、声をかけた。
「相変わらず、まばらだな。
おーい、タブレットでライブ授業を見ている諸君。
今から始めるぞ。」
教室の後方に、天井から吊り下げられたカメラがあった。
先生はそのカメラに向かって話をしていた。
先生は淡々と話をして、授業を進めていた。
「あ、質問がある人は、タブレットから私のページに書き込んでおくように。」
誰も発言しないし、誰も指さない。
本当に静かな授業だった。
誰にも話しかけられないし、話す必要もない。
けれども、ちゃんと先生とは、タブレットからつながっていた。
正直ほっとしているけど、それじゃ転校してきた意味がない。
だって隣に、私のことを心配そうに見ている加奈ちゃんがいるから。
心臓がドキドキしている。
返事が無かったら、どうしよう。
今話して大丈夫かな、変なこと言わないかな?
私は、勇気を出して、声をかけた。
「ねぇ……加奈ちゃん。」
「なぁに?」
「次は、どうするの?」
それだけだった。
でも、話しかけることができた。
「さて、お次は……数学ね。
基礎の内容だけど、大丈夫そう?」
「うん」
「それじゃ、一緒に行こうか、陽菜ちゃん。」
加奈ちゃんには、わかるのかな?
私が人と話すことを、怖がっていることを……。
私のことを気にかけてくれているのが、うれしかった。
ちょっと、ほっとした。
私たちは、数学教室の空いている席に座った。
どうやらここでは、学びたい教室に、自分で通うルールみたいだ。
「学校との付き合い方を、自分で決めていいんだよ。」
そんなことって、考えたことなかったな。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ。」
私が少し、不安そうな顔をしたのかな。
加奈ちゃんが私の顔をのぞき込んだ。
怖い……。
知らない人も、知らないところも。
「大丈夫だよ、みんな、おっかなびっくりだから。」
……え? みんな? そうなの?
なんだぁ、みんな私と一緒なんだ。
それなら、ちょっと頑張ってみようかな。
明日は加奈ちゃんに、自分から「おはよう」って言おう。
私は不器用で、飛び方もわからないひなどりだけど……。
でもここなら、上手くやっていけそうな気がした。
2
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる