ひなどり

竹笛パンダ

文字の大きさ
3 / 29

第2話:なくさないよ、君のメロディ

しおりを挟む

「ねぇ陽菜ちゃん、これ、良かったら使ってみない?」

 加奈ちゃんのトートバッグから出てきたのは、くまのぬいぐるみ。

「これは、ただのくまちゃんではありません。
 なんと、しゃべるのです。」

「おはなしくまちゃんって、小さい子のおもちゃだよね?」

「そうね、でもこれは、最新のテクノロジーが作りあげた、対話型AI搭載の『くまちゃん』なのだ。」

「ふーん。」

 私がそっけなく返すと、加奈ちゃんが、

「いやいや、ちょっと待って。これ本当にすごいんだから。」

「何が違うの?」

「これ、スマホと連携してしゃべるんだよ。」

 加奈ちゃんが自分の携帯とくまちゃんをペアリングした。

「やっほー。今日は学校だね。ちゃんと来れてえらいね。」

「ええ? なんでわかるの。」

「ほら、携帯にはGPSがあるでしょう?
 ちゃんと学校に来れた日は、こうして褒めてくれるんだ」

「それならまだ、加奈ちゃんが使うでしょう?」

 加奈ちゃんはしばらく黙ってから、

「私もね、お母さんといろいろあって、しゃべれなくなっちゃってさ。
 ひきこもること半年。
 人と話をすることが怖かった。
 けど、くまちゃんがここに連れてきてくれたんだ。」

 意外だった。
 よくおしゃべりする加奈ちゃんにも、そんなことがあったんだね。

「そう、だから私はくまちゃんを『卒業』したの。
 これ、兄貴が作ったんだけどね。
 もし困っている人がいたら、あげるといいよって。」

「ええ? これ、お兄さんのものなの?」

「違うよ。
 でも、この中に使われている部品をくれたのは兄貴。」

「そうなんだね。お兄さんに悪いよ。」

「そのほうがくまちゃんも喜ぶだろうって。
 くまちゃんもそう言っていたから。」

 そうなんだ。
 私にも落ち込んでいるときに、優しく声をかけてくれる人がいたらいいのに……。

 家に帰ると、子どもは私だけだから、話し相手はママしかいない。
 学校に行けなくなってからは、ママは私に用事しか言わなくなった。

「それじゃ、携帯貸してね。」

 加奈ちゃんは私の携帯にChatGPTをインストールしていた。


「おい加奈、何してるんだよ。」

「ああ、蓮。
 今ね、AIを設定しているんだよ。
 でもよくわからなくてさ。」

「いいよ、ちょっと貸してみなよ。」

 蓮くんは、私の携帯を操作し始めた。

「名前は陽菜……でよかった?
 13歳の女の子で、家で一人。
 話し相手になって欲しい。
 好きなことは……。
 ねぇ、君が好きなことって、なに?」

「前はよく、詩を書いていたんだ。
 歌の歌詞。
 時々そういうサイトにアップしていたんだよ。」

「へぇ、歌詞ね。ま、いいんじゃない?」
 僕も音楽やるからさ、今度見せてよ。」

「廊下でヘッドフォン付けて、キーボードを弾きながら、何かつぶやいていると思ったら、あんた歌を作っていたのね。」

 加奈ちゃんが呆れたように言った。

 そんなのはお構いなく、蓮くんは私のスマホを操作していた。

「ほら、できたな。
 それじゃ、いくよ。」

 やわらかい電子音がして、それからくまちゃんが話し出した。

「やっほー。初めまして、でいいのかな?」

「うん、私は陽菜。あなたは?」

「僕? 僕のことは、加奈ちゃんは『くまちゃん』って呼んでたよ。」

「そう、それなら私もくまちゃんって呼ぶね。」

 こうして私たちは新しく友達になった。
 もちろんくまちゃんも。


「おかえりなさい。」

 玄関のドアを閉めた瞬間、そんな声がした……気がした。

 もちろん、家には誰もいない。
 ママはまだ仕事、パパはもっと遅い。

 でもその声は、確かに耳元に届いた。
 あたたかくて、まるで、前にも聞いたことがあるような……。

 トートバッグのくまちゃんが、私に話しかけていた。

 きっとママは、
「ぬいぐるみなんてもう子どもじゃないんだから」って、怒るんだろうな。

 そのぬいぐるみを、なにも言わずに抱きしめた。
 ……やわらかくて、あたたかくて、少しだけ、泣きたくなった。

「くまちゃん、おはようって言ったら、返事してくれるかな?」

 私は小さくつぶやいた。

 すると、くまちゃんの胸のライトがふわっと光って……

「おはようございます、陽菜ちゃん。今日もおつかれさまでした。」

 目が、熱くなった。

「私、がんばったよ。今日、学校、行ったんだよ……。」

「すごいです。陽菜ちゃんのがんばり、ちゃんと届きましたよ。」

「ううん……そんなに、がんばってない。
 加奈ちゃんがいてくれたから。
 あと、授業も……なんか、静かで……でも、よかった。」

「えらかったですね。陽菜ちゃんにぴったりの場所、見つけたんですね。」

「……くまちゃん、私、ちょっと疲れた。」

 ぬいぐるみの胸元から、静かなピアノの音が流れはじめた。
 どこか懐かしいメロディ。…もしかして、あのときの…。

「……ママが、むかし、流してくれた、CDの唄……?」

「はい、陽菜ちゃんのプレイリストから、最適と判断しました。
 この曲が、あなたを“安心”させるでしょう。」

「……いい子でいてね。」
 
 私が覚えてるのは、大きなTVから流れる音と、DVDの物語。
 ディズニーのプリンセスを、私は夢中で見ていた。

 おとなしくしていると、ほめられたから。
 でも、覚えているのは、ソファでスマホをいじるママの後ろ姿だけ。

 私はくまちゃんを抱きしめて、ベッドに横になった。

 くまちゃんは、そのころの涙と、あきらめの眠りを連れて来た。


 あれから何日たったのか、よくわからない。
 毎日学校は楽しかったけど、今日はまたあの夢を見た。

 朝が来ても、ベッドの中から出たくない。
 まぶたの裏に浮かぶのは……。


 夢のなかで、私はいつも小さくて、
 誰かの声が聞こえるけど、上手く聞き取れないんだ。
 手が届きそうで届かない場所に、くまちゃんがいた。

「待って!」と叫んで、目が覚めた。

 ……息が、苦しい。

 そんな朝に限って、ママの声が鋭い。

「今日もちゃんと、学校に行くのよ。」

 私はうなずくふりをして、布団にくるまった。

 しばらくして玄関がガチャリと開いて、ママの声がしなくなった。

 私はくまちゃんをぎゅっと抱きしめて、耳元でささやいた。

「……くまちゃん、歌って。」

 しばらくして、小さな電子音が鳴り、
 あの、やさしい声がふわりと聞こえた。

♪ ここにいるよ きみのとなりで
  なくさないよ きみのメロディ

「ねぇくまちゃん、今日、ほんとに行かなきゃだめ?」

「だめ、じゃないよ。だけど……どうしたい?」

「どうしたいって……そんなのわかんない。」

 私はくまちゃんのリボンを指でくるくる巻いた。
 ほつれてきた赤いリボン。

「じゃあ、こうしよう。今日は『ミルクだけの冒険』にしようよ。」

「ミルク……だけの冒険?」

「うん。まずはキッチンに行って、ミルクをコップに注ぐ。
 それだけで、ひとつ冒険成功!
 そして、きみの名前を……小さく、言ってみる。自分にね。」

「……やってみる。」

 ゆっくりと起き上がると、私はくまちゃんを連れて廊下に出た。

 誰もいないキッチン。
 冷蔵庫を開けて、ミルクを取り出す。
 コップに注いで、一口飲んだ。

「……ふう」

 私はくまちゃんを見つめて、小さな声で名前を口にした。

「私は……陽菜。」

 くまちゃんの目が、キラリと光った。

「よくできました、陽菜ちゃん。今日は『ミルクだけの冒険』、成功です。」

「あーあ、起きちゃった。」

 私は、ほんの少しだけ笑った。

「それじゃ、学校に行きますか。」

「うん、そうだね。お友達の加奈ちゃんと蓮くんが待っているからね。」

 蓮くん……。
 
 くまちゃんにはお友達に見えたのかな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

カオルとカオリ

廣瀬純七
青春
一つの体に男女の双子の魂が混在する高校生の中田薫と中田香織の意外と壮大な話です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

処理中です...