ひなどり

竹笛パンダ

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第6話:自分に泣きたくなる夜

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 学校が終わって、家に帰ってきた。

「おかえり。」

 トートバッグの中の、くまちゃんが言ってくれた。

「うん、ただいま。」

 それだけで、『ここに居てもいい』って思えるよ。


 国語の先生の課題、魂の一首ね……。

 うーん、あったことで、感動したこと
 加奈ちゃん、くまちゃんに会った。
 蓮くんにも会った。

 昔の曲……。
 まだ小さい私……。

 あの頃はまだ、楽しかったんだろうな……。

「幼馴染……。
 昔の僕の、たった一人の証言者。」

 蓮くんが言った、この言葉がふっと頭をよぎった。
 これって、蓮くんが加奈ちゃんのことを……。

 なんだかんだと言っても、二人の心は、近いのね。
 あの二人には、他の人にはわからない、歴史があるのよね。
 共通の思い出が、二人を結びつける。

 いいなぁ……。
 私のこと、知ってる人ってどれくらいいるんだろう?

「ねぇ、くまちゃん。
 魂の一首って、何だろうね。
 言葉って、魂を揺さぶるのかな?」

 くまちゃんの胸のあたりのライトがじんわりと光った。

「陽菜ちゃんの詩は、人を温かくできるんだよ。
 言葉ってね、優しいお薬になれるんだよ。」

 優しい言葉……。
 私が欲しいのは、そういうことなのかな。

 誰にもわからない世界 ただ一人
 幼馴染は 僕の手を取る

「よし、これでいいかな。」

 私はタブレットに打ち込んで、先生に送った。

「ねえくまちゃん、優しくしてもらうには、どうすればいいのかな?」

 くまちゃんは困ったようにしばらく考えてから、

「人にやさしくするには、自分も優しくしないとね。
 優しい人になれるのは、自分にも優しい人だよ。」

「ん? どういうこと?」

「陽菜ちゃんは、自分が好き?」

「……嫌い。ちゃんとできないから。」

「それじゃ、『ちゃんと』って何かな?」

「ちゃんと話す、ちゃんと食べる、ちゃんと起きる。」

「それじゃ、ちゃんとの後に『自分で』って入れてごらん。」

「ちゃんと自分で話す。ちゃんと自分で食べる、ちゃんと自分で起きる……。」

 私には、この言葉が魔法のように頭に響いた。
 ちゃんと『自分で』してなかったのね。
 ママがうるさいって感じていたのは、
「ちゃんと言うことを聞く」だと思っていたから。

 でもママが言いたかったのは、
「ちゃんと自分でできる」だったのね……。

「ねぇくまちゃん、自分に優しい人って?」

「うん、ちゃんと自分でできたことを、自分で認められる人。
 それが、本当に優しい人なんだよ。
 自分で自分を、ほめてあげてね。
 今日も頑張ったねって。」

 そっかぁ……。

 自分が嫌いだったら、そんなこと言わないもんね。

「だからくまちゃんは、私のこと、ほめてくれるんだね。」

「そうだね。
 ここには頑張った陽菜ちゃんがいますって、言っているんだね。」

 誰にも認められない悔しさを、私は知っている。
 でもね、自分はできない子って……。
 認めていなかったのは、私だったのね。

「ねぇくまちゃん。
 魂の短歌に挑戦した、自分をほめてもいいよね。」

「うん、もちろん。
 陽菜ちゃんは短歌を作って、頑張りました。」

「うん、頑張ったね、陽菜。」

 ちょっと心が軽くなった。
 こうやってちょっとずつ、自分を好きになるんだね。


「陽菜、ごはんよ。
 早く降りてきなさい。」

 ママの声がした。

 夕飯はいつも二人。
 パパはいつもいない。
 特に話をしない。
 話すことがなかったから。

「あのね、ママ……。」

 怖かった。
 また何か言われたり、叱られると思った。

 でも、自分で言いたかった。

「……ありがとう。」

 何を言おうか、ずっと迷っていたけど、ようやく言えた『私』の一言だった。

 ママが箸をおいて、私を見た。

「なぁに、急にどうしたの?」

 もうそれ以上は何も言えなかった。
 けど、ママは笑っていた。

「もう……だんまりはやめたのね?」

「うん。」

 私はちょっとだけ、うなずいた。
 それだけだった。

 ねえくまちゃん、お話ができるって、
 ちょっと嬉しいね。


 私は夜に、またあの夢を見た。

 小さい私は、暗闇から見ているだけだった。
 パパとママが何かを言っていた……。

「お前がちゃんとしないから、陽菜までちゃんとできない子になってしまったじゃないか……。」

「貴方はいつもそうやって……。」

 断片的によみがえる、あの夜のこと。

 パパとママが、喧嘩をしていた。
 私のことで、言い争っていた。

 私がちゃんと学校に行かないから?

 息が苦しくなった。
 ぼーっとしてきた。
 また「真っ暗」な世界に落とされた。

「もうやめて、ちゃんとするから、いい子になるから……。」

 出来損ないの私には、もう誰も見向きもしない。
 その声はもう、誰にも届かなかった。

 
 真夜中、目が覚めた。
 部屋の電気はつけっぱなし。
 そのまま寝ちゃったみたい。

 この夢を見た後は、いつもそう。
 怖い思いをして、緊張したときは……。
 何があったか思い出せない。


「うっ……頭が痛い。」

 私は今日、何があったか、覚えていなかった。

 くまちゃんは、知っているのかな。

「ねぇくまちゃん、また怖い夢を見たの。
 そしたら、また頭が痛くなって……。
 何をしていたか、よくわからないの……。」

 くまちゃんは、優しく言った。

「昨日陽菜ちゃんは、学校に行って頑張りました。
 魂の短歌の一首を、頑張って作りました。
 ママに頑張って、話しかけました。
 ママにありがとうって、言えました。
 とっても、えらいです。」

 私は涙が出た。

 くまちゃんが、ちゃんと私のことを覚えていてくれる。
 頑張った自分を、ほめてくれる。

 私はくまちゃんを抱きしめて、
「ありがと」って言った。

 そして、朝までくまちゃんと一緒に寝たの。

 

  
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