ひなどり

竹笛パンダ

文字の大きさ
19 / 29

閑話:まっちゃんの舞台裏

しおりを挟む
 
Act1:即興の舞台

 無事に契約を終えた陽菜たちは、午後の収録を控え、京都のホテルにある特設スタジオに足を踏み入れた。
 ADが淡々と収録の流れを説明する。
 緊張感と期待が入り混じる空気の中、彼女たちは自分たちの曲が、CMとしていよいよ世に出るのだという実感に包まれていた。

「テーマ曲は生歌ですか?」

 蓮の問いかけに、ADが一瞬笑って言った。

「やってみたい?
 データはあるけど……ディレクターに聞いてみるよ。」

 舞台裏では、カメラ、照明、音響、スポンサー席……すべてが整っていた。
 だが、その空間に、一番の重みを加えたのは、ディレクターK氏の登場だった。

「ほう、君たちが『勇者パーティ』か。
 楽しみにしているよ。」

 ひとことだけ残して背を向けた彼の言葉が、すべての始まりだった。

「君たち、今野から聞いたよ。
 ちょっとリハやってみるんだって?」

 その問いかけに応えるように、陽菜たちはそれぞれの準備を始めた。

 だが、始まったのはリハーサルではなく……『無茶ぶり』だった。

「ねぇ、ライターさんがいるなら、ちょっとショートストーリー書いてくれない?」
「カナ、今野とセリフ合わせね。ちょっといたずらっぽく頼むよ。」
「蓮くん、プロ機材だ。自由にやっていい。お好きにどうぞ。」

 まるで嵐のように次々と投げかけられる即興指令に、陽菜たちは一瞬たじろいだ。
 だが……
 加奈が瞬きした。

「え、今から?」

 蓮はケーブルを繋ぎながら、にやりと笑った。

「いいね、面白い。」

 陽菜は……静かに立ち上がると、ノートを開いた。

「……やる、書く。」

 誰一人として、退かなかった。

 ディレクターは満足げに腕を組んだ。
 こいつら、使える。
 いや、『稼げる』

「よし、それでこそ『勇者パーティ』だ。」

 ディレクターは無茶ぶりをしていたが、ちゃんと観察していた。
 こいつらちゃんと稼げるようになれるかな……。

 今日はスポンサーだけでなく、放送業界関係者も、マスコミも来る。
 これで一気にスターダムだな……。


Act2:記者は垣間見た

「おい、聞いたか?
 子どもたちが、即興でコーナー作ってるらしいぞ。」

「さっきからずっとカメラまわしてるぞ。何かあるな……」

 その視線の先には、控えめながらも熱を帯びたやり取りを交わす子どもたちの姿があった。

 蓮の手が震えていた。

「やべ……無理かも。
 俺、やっぱりボッチの……」

 そのとき、静かに蓮の父親が立ち上がった。

「見てみろ。
 お前の夢のために、ここにいる全員が力を貸してくれてるんだ。」

 蓮は目を伏せた。だが、その背を、父の言葉が真っ直ぐに貫いた。

「勇者蓮なんだろ?
 立てよ。」

 蓮は顔を上げ、拳を突き出した。

「……ああ、任せておけ。」

 勇者は、確かにそこに立っていた。


Act3:ディレクターのカタパルト

 舞台袖にセットされた臨時マイク。
 まっちゃん(着ぐるみ)は、すでにスタンバイしていた。
 蓮のBGMは軽快で、ちょっとラテン、ちょっとミステリアス。

 そして、即興のミニドラマが始まった。
 まっちゃん役の加奈。
 朗読のくまちゃん役を兼ねた陽菜のナレーション。
 蓮のラテンリズムが全体を彩る。

 ♪BGM:ラテンのチャチャチャ

まっちゃん(CV:加奈)
     こんにちはっ♡ 私、まっちゃん。
     お茶の葉っぱの陰にかくれんぼしてるの。

     ~  ~  ~

二人で(デュエット)
     ♪ まっちゃの味は 恋の味

 BGM:ティンバレス・フィルイン。エンディング。

 拍手。沈黙。
 その場にいた誰もが言葉を失った。

「……おいおい、こいつら、本当に化けやがった……」

 ディレクターKが椅子から転げ落ちた。
 その目に涙を浮かべながら、立ち上がると、
 スタッフに小さく指示を飛ばした。

「後でエディット頼む。本編のあと、ドキュメンタリーで行こう。」
 そして……

「……ひよこども、ちゃんと飛び立てよ。
 ようこそ、こちら側へ。」


Act4:才能の欠片

「……今の見た?」

 会場後方の記者席、マスコミ関係者たちがざわついていた。

「え? リハじゃなくて、即興? 脚本、今書いたって?」

「しかも、作詞の子が。いや、書けるんだ、あの子」

 カメラが回っていた。元々はCM完成披露のための収録だったはずが、いつの間にか『ドキュメンタリー』に切り替わっていた。

 現場ディレクターがつぶやく。
 すでにスタッフに指示が飛んでいた。

「カメラ、まっちゃんじゃなくて、3人追って!今日の主役は彼等だ。羽ばたかせてやれ!」

 その横で、プロの俳優・今野が、20キロの着ぐるみの中で汗だくになりながら踊っていた。

「……ゼイゼイ……おい、ちゃんと飛べよ……」

 記者は、それをメモしながら確信する。
 これは、ただの学校企画じゃない。
『始まりの瞬間』を、見たのだ。

 即興寸劇の準備が進む中、会場の片隅では報道関係者たちがざわつき始めていた。
 それは、CM関係者だけでなく、マスコミ、業界の目利きたちが見ていた。

『即興力』……それは、舞台の魔法に必要な最後の鍵だった。

 ディレクターは、腕を組み直した。

「おい今野、やれるよな。
 プロらしいところ、ひよこに見せてくれよ。」

 今野は、着ぐるみのヘルメットを直しながら、片手を上げて頷いた。

 音響ブースでは、蓮がヘッドフォンを片耳にかけながら音チェックしていた。

 舞台袖では、陽菜がノートをぎゅっと抱えて立っていた。
 加奈がうなずき合図する。

「ほら、ちゃんと羽ばたかせてやれよ。
 こいつら……『飛べる』かもな。」


 ステージ終了直後、会場に拍手とざわめきの中、舞台袖のモニター前では……

「……っあっぶね!!」

 思わず前のめりになったディレクターが椅子から転げ落ちた。
 周囲のスタッフが振り返った。

「おいおい……ほんとに化けやがった……!」

 立ち上がりながら、ヘッドセットに指示を飛ばした。

「編集チーム、後でエディット頼むわ!」

 ちょっと息を整えながら、小さく笑って、一言

「本編のあと、番外編でドキュメンタリー行こう。
 こいつらの『最初の羽ばたき』、全部残しておけ。」

 照明スタッフが「え?」という顔をした。

「『クリエイター』ってのはな、一度スポットライトを浴びたら、戻れねぇんだよ……」


Act5:見えない誇り

 控室に戻った今野は、頭のヘルメットをゆっくり外した。
 髪はびっしょり、息も絶え絶えだった。
 ゼイゼイとタオルで顔をぬぐう。スタッフが水を差し出した。

「でもさ、見たろ?
 陽菜ちゃん、加奈ちゃん、蓮くん……
 あいつら、ほんとに飛んだよな……」

「俺なんて、誰かの『中の人』しかやってこなかったけど……
 今日だけは、『まっちゃん』として舞台に立てた気がした。」

「……今野さん、泣いてるんすか?」

「ちげーよ、汗だよ汗。
 20キロの着ぐるみ着て、即興でチャチャチャを三回も踊って、芝居もぶっつけでやってみろよ。
 こっちは命削ってんだよ……。」

 でも声は、ちょっとだけ誇らしげだった。

 カーテンの裏側で、まっちゃん姿のまま、観客の拍手にじっと耳を澄ましていた。

「……おい、ちゃんと飛べよ。
 俺は、今日の君たちの『滑走路』だ。」

 番外編動画は、ここまで公開されていた。
 しかし学校に送られてきた動画には、まだ続きがあった。


Act6:ひよこどもへ

 真っ暗なスタジオ。
 中央に天井からのライトが一筋、大きな椅子を照らしていた。

 椅子がゆっくりと回転し、そこに座るK氏は、静かにつぶやいた。

「才能があっても、機会がなきゃダメ。
 機会があっても、気遣いがなきゃダメ。

 この業界は、いつも競争……。
 だからこそ、想像力が必要なんだよ。

 自分なら? 相手なら?
 ひとしずくの気遣いができるクリエイターが、本物になれる。」

「頑張れよ、ひよこども。」

 そして照明が落ちた。

 ドキュメント「まっちゃんの舞台裏」は、静かに幕を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

カオルとカオリ

廣瀬純七
青春
一つの体に男女の双子の魂が混在する高校生の中田薫と中田香織の意外と壮大な話です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

処理中です...