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第30話 【揺れる信頼と影の手】
しおりを挟む会合が終わった湯ノ花の里の朝、、
ミサトは村役場に積まれた書簡の山を見て眉をひそめた。ほとんどが交易関係の伝言だが、その中に一通、嫌な文面があった。
「んっ?……“湯ノ花の里は温泉で各地の重要人物を骨抜きにし、商業権を独占しようとしている”~?」
カイルが顔をしかめる。
「まったく、誰が流してるんだか…こんな話……」
『はい。ミサト。根拠のない噂ですが、拡散速度が異常です。最低でも三拠点から同時発信されています』
リリィの声は冷静だが、ミサトの胸の奥に重たい予感が広がった。
「うぐぅぅ!このままだと、せっかくの外交ルートが崩れる……」
その時、外からゴブ次郎の慌てた声が響く。
「ボス~!ボスボス! はぁはぁ、西の峠道で妙な連中が野営してるぜ!」
現場へ駆けつけると、粗末な布陣の一団が見えた。武装は軽いが、視線は鋭い。旗印は見覚えがない。
カイルが小声で告げる。
「ありゃ、、カッサ村でもシルヴァン村でもないな……噂の第三勢力だな」
『はい。服の染め方と武器の形状から推測すると、北の山岳集落群でしょう。彼らは水脈と温泉資源を狙って動く習性があるようです』
近くの斥候の一人が、こちらにじっと視線を投げた。獲物を値踏みするような、冷ややかな目だ。
ミサトは息を呑む。噂の発信源と彼らの動きが偶然であるはずがない。
「……つまり、やっぱり誰かが裏で糸を引いてるってことね」
『はい。ミサト。そしてこの噂の拡散と山岳集落の動きは、時間的に一致しています』
カイルが眉間を押さえながら言う。
「放っておけば、温泉の信用は地に落ちるな、、
かと言って、武力衝突すればこちらも傷がつく」
ゴブ次郎は拳を握った。
「ボス!やるってならオレたちいつでもいけるぜっ! いつでも言ってくれ!相手をボッコボコにして村を守るぜ!」
ミサトは一瞬、脳裏に過去の交渉がよぎった。
、、利害を計算し、相手を動かす。
、、感情よりも条件を。
そのいつの間にかやっていた“帝王学”とやらの初歩を、リリィから教わってきたつもりだった。
ミサトは少し考え、深呼吸して言った。
「こらっ!ゴブ次郎。戦うのは最後の手段だよ。
でもさ、、来るなら迎えてあげるわ。こっちのやり方でね☆」
その言葉に、カイルがわずかに笑う。
「湯ノ花流の“歓迎”ってやつだな!」
『はい。ミサト。まさに帝王学の動きですね』
ミサトは深く息を吸い込むと、その場で指示を出し始めた。
「ゴブ次郎、村の入り口近くに温泉蒸気の吹き出し口を調整して。あえて視界を悪くして、こちらが優位になるようにして!」
「よっしゃ!任せろ、ボス!」
「カイル、村の倉庫から例の保存食と干し果物を持ち出して。交渉材料になるから」
「了解した!」
リリィが淡々と補足する。
『はい。ミサト。蒸気による視界制限は威嚇効果が高く、実際の戦闘行為を避けられる可能性があります。さらに食料提供は、彼らを“客”として迎える雰囲気を演出します』
「ふふ……巷の噂では『湯ノ花の里は温泉でもてなし、骨抜きにする』って言われてるんでしょ? なら、その通り“骨抜きさん”にしてあげるわ」
カイルが目を丸くした。
「噂を逆利用……するってわけか?」
「あははっ!えぇ!『この村は噂の通りだ』と思わせたうえで、実は取引条件も一級品。そうなれば向こうも引き下がれなくなるでしょ」
◇◇◇
夜、村の広場には大鍋がかけられ、温泉卵と香草スープの準備が始まった。
香草を刻むゴブリンの包丁が小気味よく響く。
湯けむりが立ち上る中、村人たちは笑顔を作って練習し、子どもたちはお盆を運ぶ練習をしている。
ただの食事会ではない。相手の腹を満たし、警戒心を和らげ、次の条件交渉を有利に進めるための舞台だ。
ミサトは鍋の香りを吸い込みながら、遠く峠道の闇を見つめた。
、、、戦わずに勝つ。
それができれば、この小さな里はもっと強くなる。
そして今夜、それを証明するチャンスが来る。
◇◇◇
深夜、村の灯りが少しずつ消えていくころ。
ミサトは湯の花亭の裏手、湯気のたちこめる小道に腰を下ろした。
リリィの淡い光が隣に浮かぶ。
「……やっぱり、こういうのが一番きついわ」
『はい。ミサト。戦闘より、ですか?』
「ええ。人の心を疑わせる噂って、一度広がると、真実より先に届くんだもの」
リリィは少し間を置いてから言った。
『はい。ミサト。噂は武器です。ですが、武器は握る者次第で護りにも攻めにも使えます』
「……護りにも?」
『はい。ミサトは今、その実例をこの異世界で作ろうとしています』
ミサトは湯けむりの向こうに広がる夜空を見上げた。
「じゃあ、もしこの作戦がうまくいったら……」
『はい。ミサト。それは“戦わずに支配する”方法をこの世界が一つ手に入れたことになりますね』
「支配って……そんな大げさな~」
『はい。ミサト。“支配する”とはそういうものです。規模は関係ありません』
湯気が風に散り、ひんやりした空気が肌をなでた。
ミサトは立ち上がると、短く息を吸い込み、顔を両手でパンッと叩く。
「……よっしゃ!やってやろうじゃないかっ!!」
『はい。その調子です、ミサト陛下』
「うおぉい!!誰が陛下じゃいっ!」
続
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