77 / 179
第25話 【仲間を救うために、里の決断】
しおりを挟む広場に残された焚き火の明かりが、赤々と夜風に揺れていた。
湯ノ花の里の人々とゴブリンたちが、肩を寄せ合うようにして集まっている。ざわめきとざらついた空気の中で、ミサトは一歩前に出た。
「みんな、ちょっと聞いてほしい」
その手には、若い兵士から受け取った紙切れが握られている。しわくちゃで、汗に滲んだ字が走り書きされていた。
「国の兵士が言っていた“討伐”。あれは……ただの話じゃない。この紙に、日付まで書かれてる。数日後、街道近くのゴブリンの村を攻めるって事だと思うの」
その言葉に、広場がざわついた。
「そんな……本当だったんだ」
「まさか……!」
ゴブ次郎が立ち上がり、声を張り上げる。
「それ、絶対に兄貴の村なんだよ! ゴブ太郎兄ちゃんのとこなんだ!!」
仲間のゴブリンたちも一斉に叫ぶ。
「兄ちゃんたちが殺される!」
「子どもや女のゴブリンもいるんだ! どうすればいいんだよ!」
その叫びは、切実で、痛々しかった。
けれど村人たちの顔色は、逆にどんどん悪くなっていく。
「でも……さ、相手は国の兵士なんだろ? どうしようもないんじゃないか」
「下手に動いたら、今度はこの里が潰されるかもしれんぞ」
「国に逆らうなんて、無謀すぎるって!」
恐怖と理屈が村人の口をついて出る。
対するゴブリンたちは涙目で訴え、両者の空気はどんどんかみ合わなくなっていった。
「なぁ…みんな、オレたちだって……ここで一緒に働いてるんだ! 仲間じゃないのかよ!」
「仲間だよ。仲間でも……相手が国じゃ……」
膠着しそうな空気を、ミサトが大きく吸い込んだ声で断ち切った。
「うんっ!みんな!やめて!」
みんなの視線が集まる。
ミサトは震える指で紙を掲げ、はっきりと言った。
「たしかに相手は国。怖いよ、私だって。国に逆らえば、ここまで築いたものが全部なくなるかもしれない。でも……だからって、仲間の家族を見捨てるなんて、そんなの私にはできない!」
ミサトはぐっと胸を叩く。
その瞳には、かつての自分の記憶が浮かんでいた。
「前の世界でね……私が働いてた会社も、めちゃくちゃなとこだった。でも、そこにも“仲間を見捨てない先輩”がいたの。誰かが潰されそうになったとき、必ず守ってくれた。……だから今度は、私がやる番なんだよ」
その言葉に、ゴブリンたちは一斉に頷き、涙を拭いた。
一方で村人たちも黙り込み、顔を見合わせる。
恐怖は消えない。けれど、心の奥で何かが揺れているのが見えた。
リリィの声が脳内に響く。
『はい。ミサト。とってもいいプレゼンでしたよ。決算説明会で株主を黙らせたレベルですね。私、決算説明会見た事ないですけど…』
「私の話しを株主総会と比べるなぁ!しかも例えが見た事ないやつって!」
それでも、リリィのその軽口に少しだけ背中を押される気がした。
◇◇◇
議論の末、出発は少人数に絞ることに決まった。
リリィの助言は冷静だった。
『はい。ミサト。全員で行けば国に目をつけられるリスクが増大します。奇襲も戦争もお勧めできません。小隊規模で迅速に動き、村を避難させるのがベストです』
「なるほどね……うん」とミサトは頷き、広場の中央で告げた。
「今回、一緒に行くのは少数精鋭にする。私と、ゴブちゃんたち数名。そして物資を運ぶ人を何人か。村全員を巻き込むわけにはいかない」
「俺が行く!」とゴブ次郎が即答した。
「当たり前だろ! 兄貴を助けるのに俺が行かなくてどうする!」
ほかのゴブリンたちも次々と手を挙げる。
「俺も行く!」「ミンナを守る!」
その熱に押されるように、村人からも数名が名乗りを上げた。
「荷物持ちぐらいなら俺がやるよ」
「少しだけ薬草の知識があるから、もしけが人が出たら手当てをするよ」
その表情にはまだ恐怖が残っていたが、それでも一歩を踏み出す覚悟が感じられた。
ミサトは深く頭を下げた。
「ありがとう……! 必ず無事に帰ろう」
会議がひとまず収束し、解散の空気が漂いかけたところで、低く落ち着いた声が響いた。
「ん~、、やっぱり、俺も行くしかないよな~」
視線が一斉に集まる。
広場の隅で腕を組んでいたカイルが、焚き火の光に照らされて立ち上がっていた。
「カイル……!?」
ミサトが目を丸くする。
彼は深いため息をつき、苦笑を浮かべた。
「正直に言えば、俺はこの件に首を突っ込むべきじゃないと思ってたんだけど、相手は国の兵士だ。湯ノ花の里の商人にとって国は、取引先でもあり、監視者でもある。下手に逆らえば、これまで築いた信用も失う。もし見つかれば顔をも割れるしなて…」
その言葉に村人たちが不安げにうなずく。だがカイルは続けた。
「けどな……ミサト、お前の言葉を聞いて、腹が決まったよ。商売の計算よりも大事なものを守りたくて、俺は湯ノ花に来たんだっけな…。それをミサトはちゃんと見せてくれた。なら、俺も商人としてじゃなく、一人の人間として動くべきだろう」
彼の眼差しは真剣そのものだった。
「道中の補給や交渉なら、俺に任せろ。商人の顔を使えば、国の目を少しはかいくぐれる。……それに俺の信用出来る昔のトーレルの部下を数人連れて行ける。あいつらは旅慣れてるから、足手まといにはならないしな」
「うぅぅぅ!カイル……!」
ミサトの胸に熱いものがこみ上げた。
リリィの声が脳裏で響く。
『はい。ミサト。まさかの心強い戦力加入ですね。まるでRPGの“頼れる仲間参入イベント”みたいで熱くなりますね』
「リリィ!そういうメタな言い方しない!でも助かる……!」
広場に再び熱気が戻る。
こうして救援隊には、商人カイルという頼れる頭脳と交渉役が加わったのだった。
◇◇◇
会議が終わったのは深夜だった。
村人たちは散り散りに家へ戻っていき、広場には静けさが戻った。
ミサトは温泉へ足を運び、ひとり湯気に包まれる。
湯船に沈めた体から、張り詰めていた緊張がじわじわと溶け出していった。
「はぁぁぁ……。やっぱ温泉って最高……」
『はい。ミサト。温泉でほころんでいる場合ではありません。今こそ帝王学の基本を思い出してください』
「んぁぁあ……またそれ? 私、王様でもなんでもないんだけど」
『はい。ミサト。王とは地位ではなく、在り方です。恐怖を抱いても、民の前では示さない。決断に迷っても、最後は責任を背負う。これが“王の器”です』
リリィの声は静かだが、まっすぐだった。
湯気の向こうに浮かぶ天井を見上げながら、ミサトは小さく笑った。
「ははは。でもさ、本当怖いんだよ。本当に、国なんかに逆らって大丈夫かなって。今まで築いたこの里が、全部壊されるんじゃないかって」
『はい。ミサト。恐れるのは当然です。ですが、仲間を見捨てれば、その時点で湯ノ花の里は壊れるのでは?』
「……っ」
胸の奥を突かれ、言葉が止まる。
しばらくの沈黙のあと、ミサトは湯に拳を握りしめた。
「やるよ。絶対に助ける。国が相手でも関係ない」
『はい。ミサト。その決意こそ帝王学です。指導者は、恐怖を乗り越えて民を守るもの、、』
「だ~か~ら~。私、指導者とか王様じゃないってば!」
『はい。ミサト。いいえ。自覚がなくとも、皆はあなたを“王”として見ていますよ?』
「やめろおおおお! 私をそんな目で見るなァァァ!そして重い役職つけないでー!」
湯気の中で叫んだ声は、夜の里に溶けていった。
◇◇◇
夜明け前。
まだ空が白み始めたばかりの村の広場に、選ばれた面々が集まった。
カイル、ゴブ次郎と仲間のゴブリンたち、数人の村人、そしてミサト。
荷物は必要最低限。道中の食料と医薬品、そして温泉饅頭の差し入れ。
ミサトはみんなの顔を一人ずつ見渡し、きっぱりと言った。
「よし!行こう。ゴブちゃんの家族を救うために!」
返ってきたのはみんなの力強い声だった。
「「「おうっ!」」」
こうして、湯ノ花の里から小さな救援隊が旅立った。
彼らの行く先には、国の軍勢と、討伐の脅威が待ち受けている。
それでも、彼らの胸には一つの誇りが灯っていた。
仲間を見捨てない。
その決意だけは、誰にも壊せないものだった。
続
20
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!
たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。
途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。
鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒!
素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。
裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!
神様転生~うどんを食べてスローライフをしつつ、領地を豊かにしようとする話、の筈だったのですけれど~
於田縫紀
ファンタジー
大西彩花(香川県出身、享年29歳、独身)は転生直後、維持神を名乗る存在から、いきなり土地神を命じられた。目の前は砂浜と海。反対側は枯れたような色の草原と、所々にぽつんと高い山、そしてずっと向こうにも山。神の権能『全知』によると、この地を豊かにして人や動物を呼び込まなければ、私という土地神は消えてしまうらしい。
現状は乾燥の為、樹木も生えない状態で、あるのは草原と小動物位。私の土地神としての挑戦が、今始まる!
の前に、まずは衣食住を何とかしないと。衣はどうにでもなるらしいから、まずは食、次に住を。食べ物と言うと、やっぱり元うどん県人としては……
(カクヨムと小説家になろうにも、投稿しています)
(イラストにあるピンクの化物? が何かは、お話が進めば、そのうち……)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
竜の国のカイラ~前世は、精霊王の愛し子だったんですが、異世界に転生して聖女の騎士になりました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
辺境で暮らす孤児のカイラは、人には見えないものが見えるために悪魔つき(カイラ)と呼ばれている。
同じ日に拾われた孤児の美少女ルイーズといつも比較されていた。
16歳のとき、神見の儀で炎の神の守護を持つと言われたルイーズに比べて、なんの神の守護も持たないカイラは、ますます肩身が狭くなる。
そんなある日、魔物の住む森に使いに出されたカイラは、魔物の群れに教われている人々に遭遇する。
カイラは、命がけで人々を助けるが重傷を負う。
死に瀕してカイラは、自分が前世で異世界の精霊王の姫であったことを思い出す。
エブリスタにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる