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第5話 【南境の風 動く】
しおりを挟む湯ノ花の里に月明かりが差し込むと、山の端が薄黄色に染まり、石畳の影が薄っすら長く伸びていた。
ミサトは天守閣へ戻る坂道を上りながら、胸の奥に渦巻くざわめきを落ち着かせようとしていた。
出迎えたのは、腕を組んだニアだった。
「おかえり。、、で、どないやったん?」
その口調は、何かを思わせる抜けた鋭さを帯びている。
「ただいま。うん。アルガスは楽しくて、港はちょっと静かで……でもな~んか嫌な静けさ、かな?湯ノ花は何も無かった?」
「せやろなぁ。うちも気になってしゃーないねん。ほなこっちの報告するで?」
ニアはミサトを手招きし、広場の隅に寄せた。
声をひそめるが、テンポは火花のように鋭い。
「ザイールとラインハルトの国境沿い、海べりのスラム街があるんやけどな。あそこ、最近またモメてるらしいやねんけど、、」
「えっ?“あそこ”って、一応聞いた事はあるんだけど……。 あの船と人がぐちゃぐちゃに入り混じった……場所?」
「そう、その“なんでもありのミックス”みたいな魔境や。で、そのスラムの“ボダレス”をまとめてるボス、、。通称チャムチャム」
「えっ?!ぷっ!チャムチャム……」
「あほ!目の前で笑ったら殺されんで!どぎついスラムの王や!ほんで、どう考えても今回のお荷物騒動に噛んでる。荷主不明のブツ、違法香辛料、多分そこ経由や! ほんでも、あっこは金にならんかったら絶対動かんはずやねんけどなぁ……」
その時、風がスッと頬を撫でた。胸の奥がざわつく。
ここでまた“荷主不明”。予感は、波が引いて寄せてくるように一定のリズムで胸を叩く。
「ニア、ありがとう。助かったよ」
「んっ?礼はいらんけど……。 自分、、どうせ行くんやろ??行くなら道案内ぐらいは出来るで」
ミサトは少し笑い、曖昧な返事を残しその場を後にした。
◇◇◇
天守閣に戻ると、部屋の灯りが温かく灯っており、そこへリリィの音声がふわりと降りてきた。
『はい。ミサト。ここに来ると“おかえりなさい”って感じですね。顔に“何かやばいの来たな”って書いてますよ』
「はぁっ?書いてないよ! ちょっと心の端っこに“困惑”ぐらいはあるけど……」
『はい。ミサト。端っこどころか全面広告レベルで顔に出してますけどね。で、どうします? 行くんですよね』
「いや、それは……。な~んか立ち入り禁止な気もするし……。こー言う時にあいつ居ないし…」
『はい。ミサト。どうせ悩んでもあなた結局行くんですから、はい、行きましょう。決まりです』
「はぁぁぁぁん!決めつけ早くない!?」
しかし、心の奥にいつも灯るあの感覚、、。
人が困っているなら、放っておけない。
そして、これを放置すれば大きな戦の火種になる。
だから答えはひとつだった。
「だぁぁぁ!わかったよ!行きますよ!……うん、行くよ。ニア、ゴブ太郎、ゴブ次郎の三人で行く。行かないとあんたずっと五月蝿そうだしね!」
『はい。ミサト。はいはい、やっぱり。言うと思いました。何か私のせいにして行こうとしてますけど、行きたかったくせに……』
「リリィうっせぇ!!スラムって言われて喜んで飛び込む奴なんて、裏社会ジャーナリスト精神が過ぎるだろっ!!まっ!やるしかないか……。このまま違法な物を送り込まれ続けてもみんな困るしね!」
ミサトは帳場机に向かい、積まれた荷札を一枚ずつ手に取った。記号、船名、積み地、印章の欠落、、どれも少しずつ“意図的に消された跡”がある。
「リリィ、この荷主不明のデータ、時系列でまとめてれる??」
『はい。ミサト。もうやってます。というか、あなたが行くって言う前からやってました。どうせ行くから……』
「うぉいっ!仕事早すぎるんだよ……」
そのとき、外で馬のいななきが響いた。続いて、元気な笑い声。
「おーい! ミサトー!居るか~??」
「この声……バレンティオ?何で??」
階段をドタドタと駆け上がってきたのは、港の青年バレンティオ。その後ろにはフィオナが軽やかに続く。
「よっ、思ったより早く答えが来たからよ!すぐ追いかけて来たんだ。情報持ってきたぜ」
「え、わざわざ湯ノ花まで?」
「そりゃあな。マリーが“すぐ教えてあげて”ってうるさいからな!」
「バレチン、マリー姉に言われるとすぐだもんね☆」「フィオナ……。それは内緒だろ…。 それで悪友が“昔のコネ”で色々嗅ぎ回ってくれたんだけどよ……今回の荷主不明の件はやっぱ南の島嶼連邦が絡んでるっぽいな!」
「島嶼連邦……!」
あの海の向こう、海賊と商会と貴族が混在した、揺れる島々の国家。本島は通称、不沈戦艦島。
そこが動くということは、、海路の支配を巡る勢力争いが一段跳ね上がる。
「バレンティオ、ありがとう。本当に助かった」
「礼はいいっての。で、、俺たちも動くか?動くならすぐマリーに言ってくる」
ミサトは首を振った。
「ううん。戦いに行くわけじゃないから。マリーの書類手伝ってあげて」
「あっはは! あいつにはそれが一番きついってのに! ……まぁいい。任せとけ!なんかあったらすぐ言ってくれ!」
軽く手を振って、バレンティオとフィオナは月夜の坂を降りていった。
その背中は、港の潮風のように頼もしく、どこか温かかった。
「さてと……明日の朝には出るよ」
『はい。ミサト。了解です。ニアから聞いてゴブ兄弟はすでに準備してます。あのゴブ兄弟もあなたが“行く”と言う前から荷造りしてました』
「えっ?ニアはもう動いてるんだ……。しかもあのゴブちゃんたち、どこで私の性格を学んだの……。ふふ、長い付き合いだから当然か…」
ミサトが窓の外を見るとゴブ兄弟の声が聞こえてきた。
「兄ちゃん、明日の準備できた?」
「ぐっふっふ!当然だ!見ろよ、この完璧な荷造り!食料、斧、道具、非常時用の干し肉、そして“もしもの時の干し肉その2”!」
「わぁおっ!干し肉多すぎぃ~!!」
「んっ?旅の基本はタンパク質だろっ!」
「えっ!それじゃ兄ちゃん、その袋は?」
「これは“干し肉が湿気た時用の予備の干し肉”だ」
「どんだけ干し肉信仰者なんだよっ!」
ゴブ太郎は胸を張り、ゴブ次郎は呆れたように耳を倒す。
「でもよ兄ちゃん、なんでボスが行くって言う前から準備してんの?」
「グッハッハッ!決まってるだろ?あの人は絶対行く。行く場所はスラム街。喧嘩が始まるかもしれないだろ?オレらゴブリンはそれのやり方を知ってる。でも大人数はミサトは嫌い。なら、呼ばれるのはオレたち兄弟だ!!」
「おぉぉぉ!兄ちゃん……なんや、賢くてかっこいいなぁ」
「まあな。干し肉は裏切らんけど、、ミサトも裏切らんからな!よし!早く寝て明日に備えるか!」
ミサトは苦笑しつつ、隅っこの布団へ腰を下ろした。窓の外では風が、夜の月を揺らしている。
「うふふ。あいつらも準備万端ってことね~。あははっ。……ねぇ、リリィ??」
『はい。ミサト。なんでしょうか?』
「こういう時ってさ、、世界の偉人ってどう判断したんだろうね。力で潰すのか?説得するのか??」
『はい。ミサト。帝王学的には、状況が悪い時ほど“最初の一歩”が明暗を分けます。あなたが今しようとしているのは、、未来の火種を取りに行く勇気。だと思います』
「いやいや……勇気なんて大それたものじゃないよ」
『はい。ミサト。いえ。あなたはたぶん気づいてませんが、あなたの行動原理そのものが“護る者”のそれです。行動してみて“力か説得か”どちらがより良い方向に行くかは動いてみないと分かりません。ただ、一つ言えるのはあなたの行動に間違い無しです』
夜気に触れ、胸の奥が少し温かくなる。
「あははっ!間違い無しか……。ほんとかよっ! リリィ、明日もよろしくね」
『はい。ミサト。もちろん。あなたが道を選ぶ限り、私はその道を照らします』
そんなやり取りの後、ミサトはふっと目を閉じた。
明日は、南境への旅。
スラム街、チャムチャム、島嶼連邦、、。
新しい荒波が待っている。
しかし不思議と、胸は静かだった。
まるで南の波打ち際のように規則正しく、、
世界を変える小さな鼓動が、淡く響いていた。
続
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