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小さな光との出会い
しおりを挟む気がついたら、そこは見たこともない景色が広がっていた。
「……え、なにこれ?」
目の前には、鬱蒼と茂る森。背の高い木々が重なり合い、太陽の光が葉っぱの隙間をすり抜けて地面に模様を描いている。聞こえてくるのは鳥のさえずりと、木々が風に揺れる音だけ。いつもの街の喧騒とはまるで違う。
でも、そんな景色の中に、どうしても場違いに思えるものがひとつだけあった。
私の家だ。
白い外壁の普通の二階建て。実家でもなく、寮でもなく、たった一人で住んでいるあの家が、森の中にぽつんと立っている。
「え、これ夢だよね?……いやいやいや、ちょっと待って!」
自分のほっぺたをつねってみる。痛い。どうやら夢じゃない。
私は呆然としながら、玄関の前に立っていた。
鍵はかかっていたけれど、それを回すと普通に開いた。中に入ると、靴もカバンもそのまま。昨日までの生活がそのままの形で残っていた。
「……とりあえず、水、飲も。」
私はキッチンに向かい、蛇口をひねった。……水が出た。
透明な水が勢いよく流れ出し、驚きのあまり声も出なかった。とりあえずコップに注いで飲んでみる。普通の水だ。しかも、冷たい。
「……え、なにこれ……どうなってんの……?」
少し混乱しつつも、次に確認したのは冷蔵庫だった。
扉を開けると、中身はいつも通り。卵に牛乳、冷凍食品に使いかけのケチャップ。冷蔵庫自体もきちんと冷えている。
「電気も通ってるの……?いや、さすがにそれはおかしいでしょ!」
でもおかしいのは、ここがどこかもわからない森の中に、家ごと引っ越してきたことだ。電気や水が通っていることにいちいち驚いている場合じゃない。
とりあえず、家にあるものを確認しておこう。私は引き出しを開けたり、棚をのぞいたりして、台所の備蓄を調べ始めた。
インスタントラーメン、缶詰、乾麺、お米少々。調味料は一通り揃っている。賞味期限ギリギリのものもあったけど、背に腹は代えられない。
「まぁ……これなら、数日は何とかなるかな?」
それでも不安は消えない。家の外に出たら、ここがどこなのかわかるかもしれない。私はドアを開けて、外に足を踏み出した。
森の中は不気味なくらい静かだった。
足元には草や苔が生い茂り、風が吹くたびに葉っぱがざわざわと音を立てる。だけど、見える限り家以外の建物はなく、人の気配もない。
「ほんとに、どうなってるんだろ……」
呟きながら歩き出すと、不意に涙が浮かんできた。家があるだけでありがたいと思うべきなのかもしれないけど、いきなりこんな場所に放り出されて、平気でいられるほど強くはない。
「誰か……誰かいませんか……?」
声に反応する人はいない。代わりに、どこからか柔らかな光がふわりと現れた。
私は目をこすりながらそれを見つめた。光は近づいてきて、私の目の前でふわふわと浮かんでいる。
「……妖精?」
光は答えないけど、その存在がなぜか心を温かくしてくれるような気がした。
「……ありがとうね。私、紬(つむぎ)っていうの。君、名前はあるの?」
目の前の光の玉は、まるで私の言葉に応じるようにふわりと揺れる。けれど、名前を答えてくれるわけではなかった。
「そっか、名前ないんだね。……じゃあ、私がつけてあげようかな?」
とっさに思いついたのは、明るい光を放つこの子にふさわしい名前。
「レイ……どうかな?『光』って意味だよ。君、きっと光の妖精さんだよね?」
すると光の玉――いや、レイは、満足そうに跳ねるように動き回り、私の肩にちょこんと乗った。
「ふふ、なんだかかわいいなぁ。……ん?」
次の瞬間、別の場所からも光が近づいてきた。それは青白い光をたたえた、やや小さめの玉。レイの隣に寄り添うようにふわふわと漂い、どこか穏やかな雰囲気をまとっている。
「あ、君は……もしかして、水の妖精さん?」
そう尋ねると、その光は優しく揺れながら私の前にとどまり、ひんやりと涼しい風を感じさせた。
「君には……『ミズ』って名前が似合うかな?……あ、違う? そう? うーん、じゃあ……『アクア』! どう?」
水色の光は少し間を置いてからふわりと揺れ、どうやら気に入ってくれたらしい。私は胸を撫で下ろす。
「ふふ、なんだか仲間が増えてくみたいで嬉しいなぁ……」
そう言い終えると、さらに別の方向から熱を感じるような赤い光が、勢いよく飛び込んできた。
「わっ!? びっくりした……! 君、元気すぎない!?」
その赤い光は弾けるように動き回りながら、どうやら私に対して何か言いたいような気配を漂わせている。
「えっと……火の妖精さん、だよね? うーん、君の名前は……『フレア』でどうかな?」
赤い光――フレアは大きく跳ねながら喜びを表現しているように見えた。
気がつけば、私は三つの妖精たちに囲まれていた。どの子もまだ小さな光の玉だけど、なんだか心細さが和らいでいくのを感じる。
「みんな、ありがとうね。これからどうしたらいいのか、私、全然わからないけど……少しだけ安心したよ。」
そう言うと、妖精たちは私の周りをくるくると回りながら、何かを示すように森の奥へと飛び始めた。
「え? 何かあるの?」
私は少し迷ったけれど、彼らを追いかけることにした。もしかしたら、この森で生きるための手がかりを見つけられるかもしれない。
「待って、私も行くから!」
レイ、アクア、フレアが導く先には、何が待っているんだろう。
木々のざわめきと足元の小枝が折れる音だけが響く中、私は森の奥へと一歩を踏み出した。
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