家ごと異世界ライフ

ねむたん

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番外編:消えた家と不思議な噂

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紬が異世界での生活に馴染み、村の発展に忙しい日々を送る頃、現実世界では奇妙な出来事が人々を騒がせていた。

紬の家があったはずの場所――のどかな住宅街の一角に、突如として現れたぽっかりと空いた地面。周囲にはまるで何かが根こそぎ消えたかのような跡が残り、その奇妙な光景に近隣の住民たちは戸惑いを隠せなかった。

「これ、本当に紬ちゃんの家があった場所なの?」
向かいの家に住む主婦、田中さんが眉をひそめながら口を開いた。近所の人々が集まる中、その場にいた全員が呆然と頷く。

「間違いないよ。この前まで、ちゃんと家があったんだもの。」隣に立つおじいさんが首をかしげる。「しかも、誰もトラックが入ってきたのを見てない。解体工事なんか一度もなかったはずだ。」

「じゃあ、一体どうやって家ごと消えたんだ?」

誰も答えられない。その場にいる全員が不安げに目を見合わせた。

一方、紬の家が突然消えたことを知った紬の家族は、警察や行政に連絡を入れていたが、状況は混乱するばかりだった。

「説明してください!」紬の母親が役所の職員に詰め寄る。「娘がいる家が突然消えるなんて、どういうことですか?」

「こちらでも全力で調査していますが、現時点では全く分かりません。地震のような自然現象や人為的な工事の痕跡も見つかっていないんです。」職員は汗をかきながら答えるしかなかった。

その後、警察も出動し、現場の周囲は黄色いテープで封鎖された。しかし、捜査を進めても得られるものは何もなく、家族や友人たちはただ茫然とするばかりだった。

「まるで、家が消えたんじゃなくて、別の世界に行ってしまったみたいだね。」ある日、紬の幼馴染の陽菜(ひな)がぽつりと呟いた。

やがて、この事件はネット上でも話題になり、「消えた家」として取り上げられるようになった。一部のオカルト好きたちが現場を訪れ、「異次元へのゲートだ」とか「宇宙人が関与している」などと騒ぎ立て、近隣住民の間ではさらに混乱が広がっていった。

ただ、家族や親しい友人たちだけは不思議と信じていた。

「紬なら大丈夫だよ。きっとどこかで元気にやってるはずだ。」陽菜は紬の母親にそう言って、力強く微笑んだ。その言葉に、母親も少しだけ救われた気持ちになった。

一方、異世界で村を見渡していた紬は、現実世界でそんな騒ぎが起きていることなど夢にも思わず、穏やかな春の日差しを浴びながら、次の村の計画を考えていた。





「家が丸ごと消えたってどういうこと!?」
投稿されたスレッドは瞬く間に拡散された。投稿者が添付したのは、紬の家があった場所を撮影した写真。そこには、明らかに住宅街に似つかわしくない、ただの土の地面が写っていた。舗装された道路との境目がはっきりと分かり、まるで家そのものが地図から消去されたような異様な光景だった。

「なにこれ!? フォトショじゃないの?」
「いや、この場所、俺の知り合いの近所なんだけど、マジで家消えたらしい」
「異世界転移ってマジであるんじゃね?」
「やっぱ異次元のゲート説が濃厚だな」

コメント欄は大いに盛り上がり、真剣に議論する者、ふざける者、陰謀論を唱える者が入り乱れていた。

数日後、「消えた家」を取り上げたYouTuberたちが続々と現れた。

「ここが問題の場所です!」
画面の中で熱血系のYouTuberが紬の家跡地を映しながら喋り続ける。「何の前触れもなく家ごと消えたって話、みんな聞いたことあるよね?でも、これがただの事故とか自然現象だって思う?俺は思わない!」

その言葉に続いて、彼は持論を展開する。「見てくれ、この土の跡。何か巨大な力でえぐられたような形になってる。しかも、近隣住民の話では、その日地震も工事も何もなかったって言うんだ!明らかに異常だろ?」

動画のコメント欄には、賛否両論が溢れた。
「宇宙人がさらったんだろ、これ」
「異世界転移者、爆誕!」
「いやいや、ただの不動産トラブルだろ」

他方で、もっと突飛な仮説を唱える者も現れた。
「これは日本政府が秘密裏に実験している超技術の失敗だ!」
「近くの地中には古代の遺跡が埋まっているらしい。何か目覚めたんだよ」

動画は大きな話題を呼び、再生回数が100万を超えるものも現れた。

さらに数週間が経つと、現場には「巡礼」と称してやってくる人々まで現れ始めた。
「この土地に立つと、異世界へ行けるかもしれない!」
そんな投稿を信じた好奇心旺盛な若者たちが、こぞってその場を訪れるようになった。周囲の住民たちは、訪問者たちの増加に頭を抱えることに。

「あんたたち、ここはただの普通の住宅街なのよ!」
近所の住民がそう怒鳴るも、「異次元への扉」という噂を信じる者たちは意に介さない。中には、現場で座禅を組み「異世界転移を願う」などの行動を取る者もいた。

これに拍車をかけたのが、オカルト雑誌の特集記事だった。

「異世界転移の可能性を徹底検証!」
表紙には紬の家が消えた場所の写真が大々的に掲載され、編集部が独自に行った「スピリチュアル鑑定」や、「この地で過去に起きた奇妙な出来事の履歴」といった内容が詰め込まれていた。

結果、この噂は全国に広がり、SNSでは「#異世界への扉」というハッシュタグがトレンド入りするほどに。

そんな中、ある掲示板には、静かに書き込まれたひとつのコメントが話題となった。

「あの家が消えたのは偶然じゃない。異世界が本当にあるなら、紬はそこできっと笑っているよ。」

投稿者は紬の幼馴染の陽菜だった。陽菜は表向き「誰かのいたずらだろう」と言いつつも、心のどこかで紬が本当に異世界で暮らしているのではないかと信じていた。

彼女のコメントには、「そうだね」「紬さんが無事であることを祈ります」といった優しい反応が集まったが、中にはこんな声もあった。
「異世界に行けるなら、俺も行きたい」
「紬さん、異世界からこっそり情報を教えて!」

陽菜は苦笑しながら画面を閉じた。

現実世界がそんな喧騒に包まれる中、異世界では紬が穏やかに畑仕事をしていた。
「そろそろ夏野菜の植え時かな?」
鼻歌まじりで土を耕す彼女に、そばにいた妖精たちが楽しげに魔法で手伝っていた。

彼女は自分の家が元の世界でこんなに話題になっていることを、全く知らなかった。





「紬ちゃん、本当にどこに行っちゃったのかしらねえ。」
紬の母親、絹子は自宅の跡地となった更地を見下ろしながら呟いた。消えた自宅の跡は今や近隣住民や観光客の間でちょっとした話題となっており、柵が設置された敷地の前には時折カメラを持った人々が集まっていた。

「まあ、あの子ならどこででも元気にやってると思うけどな。」
夫の大樹は折りたたみ椅子に腰掛け、手元の缶コーヒーを一口飲みながら相変わらずのんびりとしている。絹子と大樹は、消失事件以来、近くの仮住まいで生活を送っていたが、時々こうして跡地に戻っては過去の思い出話をするのが習慣になっていた。

「本当にそうだといいんだけど。」
隣でスマホをいじる大学生の涼が口を挟む。「これ見てよ。SNSじゃ『紬の家は異世界ポータルだった』って大盛り上がりだぞ。」

涼が画面を見せると、そこには「消失の謎を追え!」というタイトルとともに、紬の家が消えた跡地の写真が掲載されていた。投稿のコメント欄は大荒れで、「異世界転移説」や「政府の陰謀説」、「次元の崩壊が始まった」など、荒唐無稽な話題が飛び交っている。

「なんか映画みたいね。」
絹子は呆れたように笑いながら言った。「でも、紬が異世界に行ったなんて、ちょっとロマンチックじゃない?」

「いやいや、それどころか。」
涼はさらに笑いながら別の記事を開く。「これ見て。『異世界で救世主となった少女・紬の伝説』だってさ。」

その記事には「森を救う少女」というイラストが描かれ、異世界の美しい森で妖精たちに囲まれる紬らしき少女が大げさに英雄扱いされていた。

「紬が救世主ねえ……。あの子、英雄どころか部屋を片付けるのも面倒くさがるじゃない。」
父親の大樹は微笑みながらそう言うと、再び缶コーヒーに口をつけた。

「でも、紬ならどこにいても上手くやるんじゃないかな。」
絹子の言葉にはどこか確信めいた響きがあった。

一方その頃、異世界では――。

「ふふんふ~ん♪」
紬は家の庭でせっせと草取りをしていた。妖精たちが楽しそうに浮かび回り、川のほとりからは水のせせらぎが聞こえる。

「紬!その葉っぱ、食べられるやつだよ!」
光の妖精フィリが教えてくれると、紬は「あ、本当だ!」と目を輝かせた。「じゃあこれは今夜のスープに入れよう!」

彼女の側で木の板を切っていたレオが顔を上げ、呆れたように言う。「お前、本当にこっちでの生活に馴染みすぎだろ。」

「だって楽しいもん!みんながいてくれるし、ごはんもおいしいし。」
紬は草を摘みながら笑顔で答えた。「それにさ、現実世界の家族もたぶん心配してないと思うんだよね。」

「心配してない……?」
レオは困惑気味だったが、紬は気にも留めずに続ける。「うん、家族みんな呑気だからね。私がどこにいても、きっと『元気でやってるでしょ』って思ってるはず!」

現実世界では、紬の友人・陽菜が跡地を見下ろしながらスマホでニュースをチェックしていた。
「紬、あんたどこ行っちゃったのよ……。」

彼女のスマホ画面には「紬が異世界の救世主になった!」という見出しの記事が映っていた。その荒唐無稽な内容に、陽菜は思わず笑ってしまう。
「紬が救世主って柄じゃないよね。どっちかっていうと、のんびり暮らしてそうな感じ。」

そこへ母親からメッセージが届いた。
『紬ちゃんの家族、全然落ち込んでないみたいよ。さすがね。』

「……まあ、あの家族ならそうかもね。」
陽菜は苦笑しながらも、胸の奥ではどこかほっとしていた。

SNSでは騒ぎが日に日に大きくなっていたが、紬の家族や友人たちはどこか平和そのもの。彼らはそれぞれの形で紬を信じているようだった。

異世界の紬は、庭で採れた野菜で作ったスープを皆に振る舞いながら幸せそうに微笑んでいた。
「みんなで食べると、もっとおいしくなるね!」

現実世界と異世界。
それぞれの呑気さと騒々しさが、今日も奇妙に交錯しているのだった。
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