家ごと異世界ライフ

ねむたん

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新エリア

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森の暮らしが日々にぎやかさを増す中、紬は観光客の増加を実感していた。涼やかな風が吹く夏の日、広場で木陰に腰を下ろしていると、グレンが大きな図面を抱えてやってきた。

「観光エリアを作る。」
開口一番、そう告げるとグレンは地面に図面を広げた。そこには、木の上に佇む展望カフェや、木工や陶芸を楽しめるクラフト体験工房、川沿いの遊泳エリアが描かれている。

「これだけ観光客が増えているなら、森の魅力をもっと楽しめる場所を作るべきだ。」
いつもは多くを語らないグレンが熱く語る様子に、紬は少し驚きながらもその熱意に引き込まれた。

「確かに、そういう施設があればもっと森を楽しんでもらえるかも。でも…森との調和は大丈夫かな?」

その時、近くに立っていた知恵の木が心地よい風を吹かせながら言葉を返した。
「心配には及ばない。この森を壊すことなく、新たな調和を生み出すならば、大いに賛成しよう。」

知恵の木からの許可を得たことで、グレンの提案は森の住人たちの間でたちまち広がった。皆が賛成し、それぞれの得意分野を活かして協力することになった。

まず最初に着手したのは展望カフェだった。森の高台に位置し、木々の間から遠くの山並みまで見渡せる絶好のスポットだ。建設作業の中心に立ったのは、もちろんグレンだった。

「この柱をもっと右側に立て直す必要がある。紬、そのロープを持って支えてくれ。」
「えっ、これ? わかった!」

紬は指示されたロープを手に持ち、力いっぱい引っ張る。しかし、慣れない力仕事に思わずバランスを崩しそうになったところを、後ろからエナが支えてくれた。
「紬、大丈夫? 無理はしちゃダメだよ!」

紬は顔を赤くしながら「ごめん、ありがとう!」と笑った。周囲では獣人の子どもたちが「僕たちも手伝う!」と言いながら、小さなハンマーを振り回している。そんな様子にグレンは苦笑いしながらも、真剣な表情で作業を続けていた。

次に取り掛かったのはクラフト体験工房だ。グレンをはじめとするドワーフたちが中心となり、木工台や鍛冶の炉を組み上げていく。作業は順調に進むかと思いきや、ここでも小さなハプニングが続出した。

「ノミがない! どこにいった?」
「さっき、子どもたちが遊んでいるのを見たよ!」

「またか…」と肩を落とすグレンだったが、結局ノミを持っていた子どもたちが申し訳なさそうに返しに来ると、彼は「今度から気をつけろよ」と苦笑いするだけだった。

一方、川沿いでは人魚のイルマが川遊びエリアの計画を進めていた。彼女は地図を広げ、住人たちに安全な場所を説明している。
「ここは流れが穏やかで、浅瀬も多いから遊ぶには最適だと思うの。」

イルマの提案に、川の水辺を管理している獣人たちも賛成し、すぐに整備が始まった。

数週間後、観光エリアがついに完成した。村の住人たちはそれぞれの施設を巡りながら、楽しそうに笑顔を見せている。

展望カフェでは、紬が焼いたクッキーとハーブティーが振る舞われ、訪れた人々がその絶景とともに楽しんでいた。クラフト工房では住人たちが木製のアクセサリーや陶器を作る体験に挑戦している。イルマが案内する川遊びエリアでは、獣人の子どもたちが水しぶきを上げながら泳ぎ、遠くからは観光客の楽しげな声も聞こえてきた。

夜には、展望台でお披露目会が開かれた。ランプの灯りに照らされた広場で、紬が感謝の気持ちを語る。
「今までの森も素敵だったけど、こうやってみんなで新しい場所を作れたことが本当に嬉しい。これからも森の魅力を大切にしながら、楽しい場所を増やしていきたいね。」

その言葉に住人たちは大きな拍手を送り、グレンも珍しく穏やかな笑みを浮かべていた。こうして新たな観光エリアが加わり、森での暮らしにまたひとつ素敵な彩りが生まれたのだった。

観光エリアの完成から数週間が経ち、森にはますます多くの観光客が訪れるようになった。村の住人たちもその変化を楽しみつつ、少し忙しくなった日々を送っていた。

ある日の昼下がり、紬はカフェの片隅で帳簿を広げていた。最近の売り上げや入荷状況をまとめるのは少し骨が折れるが、これも村の発展を支える大事な仕事だ。

「紬、ちょっと休めよ。」

いつの間にか背後に立っていたグレンが声をかけてきた。彼は手に小さな袋を持っている。

「これ、あんたの好きなハーブティーだろ? 暑いから冷やしておいた。」

袋の中には、小さな瓶に入ったハーブティーが見えた。彼が自分で用意してくれたのかと思うと、紬は少し胸が温かくなった。

「ありがとう、グレン。でも、これ飲んだらまた作業に戻るよ。やらなきゃいけないことがたくさんあるから。」

「真面目なのはいいが、倒れたら意味がないぞ。」

グレンの言葉に、紬は少しだけペースを緩めることを決意した。そして二人で木陰に座り、冷たいハーブティーを飲みながら一息つく。周りでは観光客たちの楽しそうな声が聞こえ、穏やかな風が二人の間を吹き抜けていった。

その頃、川遊びエリアでは獣人のエナが子どもたちを引き連れて遊んでいた。彼女は相変わらず元気いっぱいで、子どもたちと一緒に水しぶきを上げながら笑っている。

「もっと深いところまで行こうよ!」
「だめだよ、危ないから!」

注意しながらも楽しませるエナの姿に、観光客たちも思わず目を細めて見守っている。そんな中、一人の男が近づいてきた。彼は漁村から来た行商人で、森の川遊びエリアを一目見ようと足を運んだのだ。

「エナさん、相変わらず元気だねえ。」
「おじさん! 来てくれたんだね!」

エナは顔を輝かせて手を振る。その行商人は漁村と森の架け橋のような存在で、村の情報を届けるだけでなく、森の名産品を外の町へと広めてくれる重要な人物だった。

「そうだ、いい話があるよ。漁村で新しいお祭りが開かれるんだ。森のみんなも来てくれたら、きっと盛り上がると思う。」

「お祭り! 紬たちにも教えなきゃ!」

エナは嬉しそうに川を上がり、早速その話を紬に伝えに行った。

観光エリアの発展だけでなく、外の町や漁村との関係もどんどん深まっていく森。その新しい動きがまた、住人たちの日々を彩っていく。お祭りの話を聞いた紬は「それなら、村から何か贈り物を持って行こうか」と提案し、早速準備を進めることにした。

紬、グレン、エナ、そしてイルマを中心に、贈り物として森の名産品を詰めた籠を用意することになった。蜂蜜、ハーブ、手作りの木工品や焼き菓子などを入れると、自然の恵みを感じられる贈り物が完成した。

その中で、グレンは黙々と小さな木製のアクセサリーを作っていた。それは紬へのお礼のつもりだったが、誰にも言わずこっそり贈り物の籠に入れた。

「よし、これで準備は完了だね。」紬が笑顔で言うと、グレンは少しだけ照れた様子で目を逸らした。
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