終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん

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スマホの画面は、無機質な通信不能のメッセージを繰り返していた。

何度かけ直しても、同じアナウンスが流れるだけ。

「……嘘だろ」

心臓が妙にうるさく感じるほど、部屋は静まり返っていた。

ほんの数分前まで、母は普通に話していたのに。

父は確かに、異変を見せていた。でも、まさか──母に噛みつくなんて。

手が震える。

本当に、そんなことが起こったのか?

いや、実際にこの目で見た。

父が母に襲いかかる瞬間を、スマホ越しとはいえ、確かに。

「……くそっ!」

思わずスマホを床に叩きつけそうになり、なんとか踏みとどまる。

何をすればいい?

今から実家に向かうか?

──いや、無理だ。

都内はすでに混乱し始めている。

電車は止まり始め、道路は渋滞。

今から郊外の実家まで行くのは、ほぼ不可能だ。

それに、もし本当に父が発症したのだとしたら──

「……」

呼吸が荒くなるのを感じた。

冷静になれ。考えろ。

母は無事なのか?それすら分からない。

だが、仮に助かったとしても、噛まれた以上、助かる保証はない。

「……」

考えたくないことが、頭の中をぐるぐると回る。

逃げるべきなのか?何かできることはあるのか?

考えがまとまらないまま、スマホの画面を見つめていた。

そのとき、通知が震えた。

──**「通話入れ」**

グループチャットには安田のメッセージが何件も並んでいる。

「……」

俺は、無言のままヘッドセットをつけ、通話に入った。

「おせえよ、三浦!」

安田の声が飛び込んでくる。

「……」

「おい、どうした? なんかあったのか?」

「……いや」

言葉が出てこない。

「三浦?」

斉藤が不審そうに声をかける。

「……親父が、母さんを噛んだ」

一瞬、沈黙が落ちた。

「……は?」

「さっき、テレビ電話してたんだよ。で、親父がいきなり……」

口に出しながら、自分の声がかすれているのが分かった。

「あのさ、マジで言ってる?」

安田の声が、冗談めいていない。

「……本当だ」

「親父さん、なんか様子おかしかったのか?」

「最初は普通だった。でも、途中から急に……」

俺はその光景を思い出す。

父の顔色の悪さ。焦点の合わない目。そして、母に噛みついた瞬間。

「……信じたくないけど、もう無理だ」

「お前……大丈夫か?」

高橋が、珍しく口を開いた。

「分からん」

頭がぐちゃぐちゃだった。

「……でも、これで確信した」

「確信?」

「もう、終わりだ」

「……」

誰も何も言わなかった。

それぞれが、何かを悟ったように沈黙する。

「……おい」

安田が、低い声で言った。

「じゃあ、もう決まりだな」

「決まり?」

「三浦、お前も逃げる準備しろ」

「……分かってる」

「もう、時間がねえ。今のうちに、できることを全部やっとけ」

「具体的には?」

「まず、部屋の防御。ドアの鍵、バリケードの準備。あと、食糧と水。できればガスボンベとかの備蓄も増やしておけ」

「……分かった」

「あと、お前、どこに逃げるつもりだ?」

「……」

まだ決めてなかった。

今のままでは、マンションに籠城するしかない。

だが、それがどれだけ安全かは分からない。

「俺の家は一軒家だから、いずれ出なきゃヤバいかもしれん」

安田が言った。

「でも、お前んとこはオートロック付きマンションだろ? なら、しばらくは持つかもしれねえ」

「確かにな……」

だが、問題は物資だ。

ずっと篭城するなら、それ相応の備えが必要になる。

「……まだ、逃げる先は考えてる最中だ」

「なら、それも早めに決めとけ。時間はねえぞ」

「……分かってる」

通話を終え、俺はしばらく無言で天井を見上げた。

実家の両親は、もう……

「……くそっ」

俺は、ベッドを拳で殴った。

悔しいとか、悲しいとか、そんな単純な感情じゃない。

ただ、無力感だけが心に広がる。

何もできなかった。

何の役にも立たなかった。

ただ、スマホ越しに、母が襲われるのを見ているだけだった。

だが、泣いてる場合じゃない。

これから、自分が生き延びることを考えなければならない。

「……準備だ」

俺は、立ち上がった。

──まずは、できる限りの備えを固める。

ここからが、本当の地獄の始まりだ。
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