神様自学

天ノ谷 霙

文字の大きさ
361 / 812

××月×日 彼岸花

しおりを挟む
酷く冷えていく足先に、私の神経はびっくりしたようだった。目を見開き、沈んでいく足を急激に動かす。黒い何かは液体のようにばしゃんっと、飛び散った。服にも肌にも残ることは無いけれど、何だか泥のように感じた。
「まぁ、何するの?ここにいたくないの?」
いたくない。
そう言おうとしたが、声が出ない。喉は全く痛くないのに、声帯だけが動きを止めたかのように、私の唇から空気が漏れ出ることは無かった。そんな私の様子を見て、黒い女の子はにやりと笑う。目が無いから、余計に不気味だった。
「ほら、虚勢なんて張らなくていいの。素直になっていいの。だから、ずっとここにいましょう?」
飲み込むような、蝕むような言葉。そのまま身を任せて、沈んでしまいたくなる言葉。
ここにいたい。
沈んでしまいたい。
暗いこの場所に、何もかも忘れて落ちてしまいたい。
そんな私の思いを受け取ってしまったのか、更に女の子は実体に近付く。本物のヒトのように、形がはっきりとしていく。平らで何も無かった場所に切れ込みが入り、長い睫毛が伸びる。そして開いた瞳には、彼岸花ヒガンバナの色が浮かんでいた。赤い、赤い色。
どこかで、見たことのある色。

"彼岸花"

"別名 狐花"

"花言葉は、『悲しい思い出』"

私の内から告げられた声に、耳が、心が、傾いていく。力が溢れていく。光の花びらが、私の周りで舞い踊る。それを裂くように、手を振り下ろす。その空間の切れ目から突風が吹き、花々が激しく舞う。花びらは私の体に触れ、光り輝いて形を変える。黄金色の毛並み。膝上丈の緋袴。同じ色の掛襟かけえり。白衣。それにいつもと違うのは、真っ白な千早と胸前で結ばれた赤い紐。薄い稲穂色の、左下で結んだ長い髪。動く度にしゃらん、しゃらんと鳴るのは、彼岸花をモチーフにした髪飾りを差しているからだろう。
「なっ…」
動揺する黒い女の子の姿が、一瞬はっきりとして、歪む。
あぁ、そういうことだったんだ。気付いてあげられなくてごめんね。
そのはっきりした女の子の姿は、まるで鏡のように私にそっくりだった。
光の花吹雪が、私の周りを舞う。私が手を突き出せば、その方向に花が降り注ぐ。私は花々を自在に操って、空間を裂いていく。その花が黒に触れる度、淡いオレンジ色の光が溢れ、空間が明るくなっていく。切れ込みから覗いた世界は、光るオレンジ色の花が咲く優しい空間。その空間に足を踏み出した瞬間、その空間は何かに集まるように回って、巡って、私だけを置いて消えていく。私の姿はその空間が消えていくように元の姿に戻っていく。千早が光の中に溶けて、髪飾りがしゃらんと音を立てて消えて、いつもの"恋使"の姿になったと思ったら、左下に結っていた髪も解けて、私はただの 稲森 夕音 に戻った。
「ほら、こんなとこ、もう来ちゃ駄目ですよ」
優しい声と共に、とん、と背中を押された。
私が驚いて振り返ると同時に、意識がふっと覚醒した。
目が覚めると、枕元で携帯のアラームが鳴り響いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

讃美歌 ② 葛藤の章               「崩れゆく楼閣」~「膨れ上がる恐怖」

エフ=宝泉薫
青春
少女と少女、心と体、美と病。 通い合う想いと届かない祈りが織りなす終わりの見えない物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...