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側仕えの願い事 (短編)
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自室に帰ってくると、我が主人紺様は上着を投げ捨て、ネクタイをだらしなく緩めた。幼い身分には窮屈な服装に、嫌気が差していたらしい。私の方が歳下だが、幼き頃より社交界やフォーマルなイベントには連れ回されており、そこそこ年齢が達するまで大事に表に出さないように育てられる良家の後継ぎよりは慣れていた。
「紺様、そのような格好ではお風邪を召してしまいます。全て着替えた方がよろしいかと」
「数分程度だ。終わったら着替える」
「承知致しました」
私は他のメイドに浴場の用意を指示し、部屋の暖房を少し上げる。主人の体調管理も私の仕事だ。
「…天」
「はい」
「今日の俺はおかしくなかったか?」
「何も。いつも通り素晴らしかったです」
「そうか」
パーティ後には必ず聞く言葉。家名を汚していないか、自分の態度は悪くなかったか、そのようなことばかり気になさる。10歳という若さであるし、多少は自由に生きても良いと思うが、それは側仕えのわがままだろうか。
「…扇様について、どう思う?」
「どう、とは?」
「あちらとの婚約の話が出ている」
つっけんどんな態度を取っているが、抑えきれない笑みが溢れている。挨拶回りの後も多少歓談はしていたし、その時に何か良いことでもあったのだろうか。
「良い縁であると思います」
「お前の目から見てもそう思うか?」
「えぇ」
きっと、紺様の考える良い縁とは意味合いが違うのでしょうけど。それをわざわざ言葉に出す必要はない。
「なら、父様に話に行かねばならないな」
「今日はもう遅いですし、一度お休みになられてからの方がよろしいかと」
「そうする。風呂に入る」
「準備は済んでおります」
紺様が浴場へ入った後、ベッドメイキングなどを始める。数人の腕利きの者達が素早く終えればあっという間だ。湯浴み後のハーブティーを用意していると、私より十程歳上のメイドが手伝ってくれた。その時こっそり私が側に居なかった時の紺様の話を教えてくれる。
「言うなって釘を刺されてしまったから、内緒にしてね。気分の良い導入ではないけれど、貴方の髪を何人かの令息が囃し立てていたの」
私だって好きでこの髪になったわけじゃない。けれど黒でも金でもなく、悪目立ちしやすいこの髪は完璧な主人の欠点として扱われることも少なくなかった。悔しさから顔を背けたが、お喋りなメイドは構わず続ける。
「紺様も機嫌を悪くしてしまって、何か言おうとしたのだけど、それを遮って怒った方がいらっしゃったの。それがね、扇様なのよ」
意外な名前が出てきて、顔を上げて目を丸くしてしまう。ふふっと楽しそうに笑う彼女は、目を細めて今日の出来事を思い出していた。
「『あんなに美しい淡藤色にそんな言葉を吐くなど、感受性の乏しさが浮き彫りになるだけよ』と、凛々しい声で仰って。紺様もその言葉に驚いていたけれど嬉しそうだったわ。きっと、その言葉をきっかけに扇様に惹かれたのね」
「それは、嬉しい事を聞きました」
「ふふっ、互いに婚約も前向きのようだし、我らが主人は幸せになってくれそうね」
「えぇ、きっと」
10年近く前の話だが、あの日の事は鮮明に覚えている。紺様も扇様も、私の永遠に仕えるべき主人であり、私が幸せを願う人。
抱えきれないほどの幸福が、彼らに訪れますように。
「紺様、そのような格好ではお風邪を召してしまいます。全て着替えた方がよろしいかと」
「数分程度だ。終わったら着替える」
「承知致しました」
私は他のメイドに浴場の用意を指示し、部屋の暖房を少し上げる。主人の体調管理も私の仕事だ。
「…天」
「はい」
「今日の俺はおかしくなかったか?」
「何も。いつも通り素晴らしかったです」
「そうか」
パーティ後には必ず聞く言葉。家名を汚していないか、自分の態度は悪くなかったか、そのようなことばかり気になさる。10歳という若さであるし、多少は自由に生きても良いと思うが、それは側仕えのわがままだろうか。
「…扇様について、どう思う?」
「どう、とは?」
「あちらとの婚約の話が出ている」
つっけんどんな態度を取っているが、抑えきれない笑みが溢れている。挨拶回りの後も多少歓談はしていたし、その時に何か良いことでもあったのだろうか。
「良い縁であると思います」
「お前の目から見てもそう思うか?」
「えぇ」
きっと、紺様の考える良い縁とは意味合いが違うのでしょうけど。それをわざわざ言葉に出す必要はない。
「なら、父様に話に行かねばならないな」
「今日はもう遅いですし、一度お休みになられてからの方がよろしいかと」
「そうする。風呂に入る」
「準備は済んでおります」
紺様が浴場へ入った後、ベッドメイキングなどを始める。数人の腕利きの者達が素早く終えればあっという間だ。湯浴み後のハーブティーを用意していると、私より十程歳上のメイドが手伝ってくれた。その時こっそり私が側に居なかった時の紺様の話を教えてくれる。
「言うなって釘を刺されてしまったから、内緒にしてね。気分の良い導入ではないけれど、貴方の髪を何人かの令息が囃し立てていたの」
私だって好きでこの髪になったわけじゃない。けれど黒でも金でもなく、悪目立ちしやすいこの髪は完璧な主人の欠点として扱われることも少なくなかった。悔しさから顔を背けたが、お喋りなメイドは構わず続ける。
「紺様も機嫌を悪くしてしまって、何か言おうとしたのだけど、それを遮って怒った方がいらっしゃったの。それがね、扇様なのよ」
意外な名前が出てきて、顔を上げて目を丸くしてしまう。ふふっと楽しそうに笑う彼女は、目を細めて今日の出来事を思い出していた。
「『あんなに美しい淡藤色にそんな言葉を吐くなど、感受性の乏しさが浮き彫りになるだけよ』と、凛々しい声で仰って。紺様もその言葉に驚いていたけれど嬉しそうだったわ。きっと、その言葉をきっかけに扇様に惹かれたのね」
「それは、嬉しい事を聞きました」
「ふふっ、互いに婚約も前向きのようだし、我らが主人は幸せになってくれそうね」
「えぇ、きっと」
10年近く前の話だが、あの日の事は鮮明に覚えている。紺様も扇様も、私の永遠に仕えるべき主人であり、私が幸せを願う人。
抱えきれないほどの幸福が、彼らに訪れますように。
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