神様自学

天ノ谷 霙

文字の大きさ
109 / 812

笑顔の魔法 羅樹

しおりを挟む
僕は小さい頃、人の前に出るのが苦手だった。そのせいであまり喋るのも上手じゃなくて、人と仲良くするのが苦手だった。いろいろ考え込んでしまう癖があるのだ。全然目を合わせないし、声が小さいから皆面倒くさがって話さない。でも夕音ちゃ…夕音だけは違った。
「初めまして。あたし、夕音!」
「ぁっ…あっ…え、と…」
なかなか話せない。焦ったくてイライラする人が多いのに、夕音は目の前で静かに聞いていた。だから余計に考えすぎた。
どうしてこの子は黙ってるのだろう。
もしかして僕に呆れて何も言えないのかな。
そんな風に考えて、自分の名前を言えなかった。すると、ふいに夕音は動いて僕の手を掴んだ。僕より少しだけ背が高い夕音は、じっと僕の目を見て
「深呼吸」
と呟いた。僕の体は驚きと緊張でかたまったけど、手から伝わる熱が、じんわりと溶かしていくようだった。
僕は息をゆっくり吸って、ゆっくり吐いた。目を開けると、夕音は優しく微笑んでいた。
「ぼ、僕は…さ、榊原、羅樹…」
つっかえながらだったけど、初めて言えた。初めて人の前でちゃんと名前を言った。すると夕音は長い睫毛まつげまたたかせた。
「羅樹くんね!友達になろう!」
その魔法のような言葉と、星が散らばるようなきらきらした笑顔に、僕はつられて笑った。そして、たくさん話した。長く自分のことを話せないことを理解して、話を続けられるように繋いでくれた。それでも話せない時は、黙って待っていてくれた。僕が考えすぎて混乱しだすと、また手を握って深呼吸、と教えてくれた。
僕はそれが嬉しくて、だんだん話せるようになった。小学校に上がると、もう人並みに話せるようになっていた。夕音以外の友達もできた。それでも夕音と仲良しで、「友達」から「幼馴染」と関係の名前は変わったけどそれでも今まで通り一緒にいた。
しかし、いつまでも「そのまま」でいることは難しいと気付いた。きっかけは夕音が呼び方を指摘してきたこと。ちゃん付けで呼ぶと、周りの人が茶化してきた。最初はどうしてかわからなかったけど、夕音が嫌がるから変えた。やがて、恋を知った。
「俺、あの子のこと好き」
「俺、あいつと付き合ってるんだ」
そんな話をよく聞くようになった。
それで、僕は気付いた。夕音があの時名前の呼び方にこだわったことやからかってくる人を嫌がるのは、僕と恋愛関係に見られることを嫌がったのだと。それで噂になることが、嫌なのかな、と思った。
僕と、恋愛関係になるのが嫌なのかな…。
少しだけ僕の奥が痛んだ。
それでも夕音が僕と話す時、あの時と変わらない笑顔を見せてくれるのが堪らなく嬉しかった。
さっきまで痛んでいたはずの心も、全く痛くなくなった。夕音の笑顔を見るだけで、暗い気持ちは忘れてしまう。
こんな日々が、できるだけ長く、続けば良いと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

讃美歌 ② 葛藤の章               「崩れゆく楼閣」~「膨れ上がる恐怖」

エフ=宝泉薫
青春
少女と少女、心と体、美と病。 通い合う想いと届かない祈りが織りなす終わりの見えない物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...