神様自学

天ノ谷 霙

文字の大きさ
598 / 812

2月26日 苦痛

しおりを挟む
「坊っちゃま!」
先程お茶を入れてくれたお手伝いらしき女性が、悲鳴を上げながら駆け寄って来るのがわかる。わかるけれど体が動かない。呼吸はしづらくなって、気道がきゅっと狭まっていく。クラクラする頭で酸素を求めて動けば、足がもつれて青海川くん同様地面に倒れ込んでしまった。目の前に青緑色の影が揺れて、意識を保つのがやっとである。青海川くんに駆け寄った女性が私の様子にも気付き、甲高い悲鳴を上げた。人を呼びに行こうか迷っているらしいが、最初にこの家には今誰もいないと教えられていた。つまり本邸に戻っても誰もいないということだ。助けも見込めない。けれど自分1人で2人を運ぶなんて難しい。女性の動揺が心の声を聞かずともわかった。
『仕方ないわね』
ふわりと、耳元で声がした。軽やかに鈴が鳴るような、落ち着いた声。しゃらん、しゃらんっと鉄の輪が擦れる音が聞こえる。
「こ…………さ……」
恋音こいねさん、と呼び掛ける声が掠れる。今にも地面に這いつくばってしまいそうな程、私の中の酸素が奪われ続けていた。
『半分頂戴。呪いでも毒でも、私に害を及ぼすものなら同じもので制してあげる』
彼岸花を髪に飾った狐の使いが、優しく笑う。私は真っ白に変わりゆく視界の中で、ふわふわと境界線が曖昧になる感覚を味わっていた。恋音さんが私の体から僅かに乖離して、頬に手を添える。すり抜けなかったのは、恋音さんと私の波長が合ったおかげか、私がそちらに近付いているからかは分からない。分からないが、額を合わせた途端に酸素が口いっぱいに流れ込んで来た。思わず吸い過ぎて、かひゅっと喉から音が鳴る。そのまま額を合わせていると、苦しみは先程の半分程度にまでおさまっていた。
これくらいなら、1人で歩ける。
ふらつきながらも立ち上がると、女性が驚いた顔をこちらに向ける。その表情もしっかりと私は認識出来る。視界の霞みも、今は大丈夫そうだ。
「すみませんが、青海川くんは、お願いします」
まだ気怠さと気持ちの悪さは存在する。荒い息のままそう伝えれば、女性はしっかりと頷いて青海川くんの肩を担いだ。
「こちらに…っ!」
少し苦しそうだが、一生懸命青海川くんを運ぶ女性に着いて行く。
『毒じゃないわね。これは、私の管轄じゃない…』
恋音さんが私の中で小さく呟く。毒でも呪いの類でもない。この苦しみはそういった人為的な苦痛とは異なるということだ。管轄でないなら、分け与えられた恋音さんも苦しいだろう。心の中で心配する声を上げれば、ばかね、と微笑まれる気配がした。
『こちらの世のモノが、そちらの世のもので苦しむわけないじゃない』
少しだけ息の混ざった声で、恋音さんはそう呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

讃美歌 ② 葛藤の章               「崩れゆく楼閣」~「膨れ上がる恐怖」

エフ=宝泉薫
青春
少女と少女、心と体、美と病。 通い合う想いと届かない祈りが織りなす終わりの見えない物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...