655 / 812
3月7日 桜並木の堤防の下で
しおりを挟む
日曜日。テスト返却も終わってやることもなくなった私は、暇つぶしに適当な場所へと繰り出していた。もう少ししたら桜が綺麗に咲く、川沿いの堤防へと散歩コースを変更する。川のせせらぎが聞こえて来る涼やかな道は、葉桜に囲まれた静かな空間。遠くに響く子供の声や、飛び立つ鳥の囀りが聞こえて来る。
桜、か。
桜と聞いて思い出すのは、年始に関わった澪愛家での出来事だ。国の頂点に君臨する最も貴き血の持ち主を、悪戯に苦しめるような伝統行事。それに楯突いて色々と危うい橋を渡り掛けたのは、さほど遠い記憶ではない。国家の象徴とされる花に、歴代の澪愛の娘の記録が残っていた。私の意識を蝕み、体を乗っ取る程に膨大な年月の印。
目の前にある桜はそんな不思議な力を持ったものではないと理解しているのに、私はどうしても連想してしまう。
指先に触れたら光と散る花びらを、どうしても思い出してしまう。
首を振って考えを散らすと、堤防からもっと川に近い場所に座り込む人影を見つけた。斜面に足を取られないよう慎重に降りていくと、やはり見覚えのある姿が目に入る。
「北原、くん…?」
声を掛けると本人だったようで、くるりと首がこちらを向いた。私の姿を見て一瞬息を止めると、すぐにふぅと吐き出して微笑んだ。眉尻を下げた、少し苦い笑顔だった。
「こんなところで会うなんて、偶然だな」
「うん。部活帰り?」
「いや、忘れ物を取りに行っただけ。一昨日水泳部に顔出した時に落としたみたいで」
男テニと水泳部を兼部している北原くんは、今日は少ない荷物でジャージを着ている。だから私はすぐに同じ学校の生徒だと気付けたし、それが見知った顔であることもすぐに理解出来たのだ。
「潮賀くんから、何か聞いた?」
返事をしてからしばらく沈黙になってしまったのを気にして、適当に話を振る。気になっていたことではあるが、踏み込み過ぎただろうかと声に出してから気付く。北原くんはこれまた苦い顔をして、小さく息を吐いた。
「聞いた。稲森と榊原に相談したんだってな。『何か話したいことがあればいつでも聞きます。話したくなければそれで構いません。僕はいつでも北原くんの側に居ます』って、真っ直ぐ見つめて来たよ」
北原くんは遠くを眺めながら、一字一句違わず教えてくれた。
「眩しいな。俺は来の恋を最初から応援していた訳じゃなかったのに」
北原くんは太陽から隠すように、震える手で自分の目を覆った。
私は北原くんが潮賀くんを応援している姿しか知らない。そもそも亜美を好きだと知ったのは、潮賀くんと亜美が結ばれた夏休みの旅行先でのことだ。告白現場を偶然見てしまって、それを慰める形になったのが知ったきっかけだった。
北原くんは独り言のように、潮賀くんへの思いをポツポツと語り始めた。
桜、か。
桜と聞いて思い出すのは、年始に関わった澪愛家での出来事だ。国の頂点に君臨する最も貴き血の持ち主を、悪戯に苦しめるような伝統行事。それに楯突いて色々と危うい橋を渡り掛けたのは、さほど遠い記憶ではない。国家の象徴とされる花に、歴代の澪愛の娘の記録が残っていた。私の意識を蝕み、体を乗っ取る程に膨大な年月の印。
目の前にある桜はそんな不思議な力を持ったものではないと理解しているのに、私はどうしても連想してしまう。
指先に触れたら光と散る花びらを、どうしても思い出してしまう。
首を振って考えを散らすと、堤防からもっと川に近い場所に座り込む人影を見つけた。斜面に足を取られないよう慎重に降りていくと、やはり見覚えのある姿が目に入る。
「北原、くん…?」
声を掛けると本人だったようで、くるりと首がこちらを向いた。私の姿を見て一瞬息を止めると、すぐにふぅと吐き出して微笑んだ。眉尻を下げた、少し苦い笑顔だった。
「こんなところで会うなんて、偶然だな」
「うん。部活帰り?」
「いや、忘れ物を取りに行っただけ。一昨日水泳部に顔出した時に落としたみたいで」
男テニと水泳部を兼部している北原くんは、今日は少ない荷物でジャージを着ている。だから私はすぐに同じ学校の生徒だと気付けたし、それが見知った顔であることもすぐに理解出来たのだ。
「潮賀くんから、何か聞いた?」
返事をしてからしばらく沈黙になってしまったのを気にして、適当に話を振る。気になっていたことではあるが、踏み込み過ぎただろうかと声に出してから気付く。北原くんはこれまた苦い顔をして、小さく息を吐いた。
「聞いた。稲森と榊原に相談したんだってな。『何か話したいことがあればいつでも聞きます。話したくなければそれで構いません。僕はいつでも北原くんの側に居ます』って、真っ直ぐ見つめて来たよ」
北原くんは遠くを眺めながら、一字一句違わず教えてくれた。
「眩しいな。俺は来の恋を最初から応援していた訳じゃなかったのに」
北原くんは太陽から隠すように、震える手で自分の目を覆った。
私は北原くんが潮賀くんを応援している姿しか知らない。そもそも亜美を好きだと知ったのは、潮賀くんと亜美が結ばれた夏休みの旅行先でのことだ。告白現場を偶然見てしまって、それを慰める形になったのが知ったきっかけだった。
北原くんは独り言のように、潮賀くんへの思いをポツポツと語り始めた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』
本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」
かつて、私は信じていた。
優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な──
そんな普通のお兄ちゃんを。
でも──
中学卒業の春、
帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、
私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった!
家では「戦利品だー!」と絶叫し、
年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、
さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!?
……ちがう。
こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない!
たとえ、世界中がオタクを称えたって、
私は、絶対に──
お兄ちゃんを“元に戻して”みせる!
これは、
ブラコン妹と
中二病オタク姫が、
一人の「兄」をめぐって
全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──!
そしていつしか、
誰も予想できなかった
本当の「大好き」のカタチを探す、
壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる