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"化かし日和のともしび"
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『まもなく、演劇部の発表が始まります。上演中に席を立つ、飲食、おしゃべりなどの行為はご遠慮ください』
ナレーション担当であろう生徒の声が聞こえて来て、舞台に視線が集中する。そういえば例年はどんな内容をやっているのだろうと思い紗奈達に問い掛けたところ、卒業生である清歌さんから「社会風刺が多いわね~」と若干不安になる言葉をいただいた。今年は脚本が演劇部以外であるが、他の代でも普通にあったことのようで何も安心材料にならなかった。むしろ文化祭で人の死を描いた淑乃というチョイスは、余計に不安を煽るとも言える。その辺りにも寛容なのは土地柄だろうか。
そんなことを考えていると再度ブザーが鳴り、開幕を告げる声が響いた。
『まもなく、"化かし日和のともしび"が開演致します』
~*~*~*~
厄災、祟り、贄。
科学の蔓延るこの現代で、物語の中でしか聞くことのなくなった単語を耳にするようになったのは、つい最近のことだった。未曾有の大災害。そう言い表すのは簡単だけれど、それは妙に静かでじんわりとやって来た。何の予兆もなく、唐突に。突如として私達の生活を脅かし始めたそれに、人類は勿論のこととして抵抗した。だが抵抗すればする程虚しく、人々の命は奪われていった。現代科学では太刀打ち出来ない代物。そう気付いた者は一体どうなるか。
簡単なこと、迷信に縋るのだ。
"これは神の怒りだ"
"愚かな我々への裁きだ"
"贄を捧げろ"
"きっと神様は、我々をお救いくださる"
誰から言い始めたのかは分からない。けれどその言は確実に私達を蝕んで。
とうとう誰を贄にするかと互いを指さし合うところまで発展した。
仲の良かったあの子は泣いて。
クラスの中心だったあの人は声を張り上げて。
人気の先生は言葉巧みに論って。
自らに害が及ばないよう、それまで積み上げて来た絆や関係といった全てをかなぐり捨てて押し付けあっていた。
そんなことをしていても決まらないのは明白で、けれど話し合いに参加しなければ欠席裁判になることは分かり切っているから休むことも出来なくて。ピリピリとした世界に嫌気がさした私は、気分転換がてら贄が捧げられる先の、神社へと向かった。
クラスの人から疎まれていたわけではない。
親から愛されなかったわけではない。
けれど夢中になれるものを知らなかった私(霙)は、生への執着と呼ぶほどのものは生存本能以外に持っていなくて。
多分、疲れていたのだと思う。
昨日まで仲の良かった友達がいがみ合う様を見るのが、大人の小狡い言葉遣いで誰かが嵌められたと聞くのが、酷く苦痛だったのだと思う。
それに、好奇心もあった。
そんな贄を所望する神様とはどんなものなのだろうと、気になってしまった。この世界に突如として災いを振りかけた神様は、一体全体、どんな存在なのだろうと知りたくなってしまった。
気が付けば足は赤黒い大きな鳥居の前で止まり、その奥に広がる木造の本殿を見つめていた。
「ここが」
一歩踏み出そうとした瞬間、しゃん、と鈴の音が鳴る。
『そこのお嬢さん』
低くも高くもない、独特の音を持った優しい声が降る。驚いて辺りを見回すが、誰もいない。私はもう一度足を踏み出そうとした。
また、しゃんしゃん、と鈴の音がする。
『そこから先に踏み出してはいけない。帰れなくなるよ』
笑うような、嗤うような声がする。けれど私は、本条楓は、その注告に嫌な気配を感じなかった。
だから、聞き入れなかった。
『大事な家族も、大切な友達も、もう2度と会えなくなる』
もう一歩、鳥居の中に足を踏み入れる。その瞬間視界がぐにゃりと歪んで、夕闇が辺りを包み込んだ。寂れた神社は黒の絵の具に塗り潰されたかのように重苦しい空気を纏い、地は荒れ果てた先のように酷い有様だ。その様子に気付いた瞬間、するりと白い手が頬に伸びる。
「あーぁ、もう引き返せないよ」
突如として目の前に現れた逆さまの顔に、少女はゆっくりと目を見開いたのだった。
ナレーション担当であろう生徒の声が聞こえて来て、舞台に視線が集中する。そういえば例年はどんな内容をやっているのだろうと思い紗奈達に問い掛けたところ、卒業生である清歌さんから「社会風刺が多いわね~」と若干不安になる言葉をいただいた。今年は脚本が演劇部以外であるが、他の代でも普通にあったことのようで何も安心材料にならなかった。むしろ文化祭で人の死を描いた淑乃というチョイスは、余計に不安を煽るとも言える。その辺りにも寛容なのは土地柄だろうか。
そんなことを考えていると再度ブザーが鳴り、開幕を告げる声が響いた。
『まもなく、"化かし日和のともしび"が開演致します』
~*~*~*~
厄災、祟り、贄。
科学の蔓延るこの現代で、物語の中でしか聞くことのなくなった単語を耳にするようになったのは、つい最近のことだった。未曾有の大災害。そう言い表すのは簡単だけれど、それは妙に静かでじんわりとやって来た。何の予兆もなく、唐突に。突如として私達の生活を脅かし始めたそれに、人類は勿論のこととして抵抗した。だが抵抗すればする程虚しく、人々の命は奪われていった。現代科学では太刀打ち出来ない代物。そう気付いた者は一体どうなるか。
簡単なこと、迷信に縋るのだ。
"これは神の怒りだ"
"愚かな我々への裁きだ"
"贄を捧げろ"
"きっと神様は、我々をお救いくださる"
誰から言い始めたのかは分からない。けれどその言は確実に私達を蝕んで。
とうとう誰を贄にするかと互いを指さし合うところまで発展した。
仲の良かったあの子は泣いて。
クラスの中心だったあの人は声を張り上げて。
人気の先生は言葉巧みに論って。
自らに害が及ばないよう、それまで積み上げて来た絆や関係といった全てをかなぐり捨てて押し付けあっていた。
そんなことをしていても決まらないのは明白で、けれど話し合いに参加しなければ欠席裁判になることは分かり切っているから休むことも出来なくて。ピリピリとした世界に嫌気がさした私は、気分転換がてら贄が捧げられる先の、神社へと向かった。
クラスの人から疎まれていたわけではない。
親から愛されなかったわけではない。
けれど夢中になれるものを知らなかった私(霙)は、生への執着と呼ぶほどのものは生存本能以外に持っていなくて。
多分、疲れていたのだと思う。
昨日まで仲の良かった友達がいがみ合う様を見るのが、大人の小狡い言葉遣いで誰かが嵌められたと聞くのが、酷く苦痛だったのだと思う。
それに、好奇心もあった。
そんな贄を所望する神様とはどんなものなのだろうと、気になってしまった。この世界に突如として災いを振りかけた神様は、一体全体、どんな存在なのだろうと知りたくなってしまった。
気が付けば足は赤黒い大きな鳥居の前で止まり、その奥に広がる木造の本殿を見つめていた。
「ここが」
一歩踏み出そうとした瞬間、しゃん、と鈴の音が鳴る。
『そこのお嬢さん』
低くも高くもない、独特の音を持った優しい声が降る。驚いて辺りを見回すが、誰もいない。私はもう一度足を踏み出そうとした。
また、しゃんしゃん、と鈴の音がする。
『そこから先に踏み出してはいけない。帰れなくなるよ』
笑うような、嗤うような声がする。けれど私は、本条楓は、その注告に嫌な気配を感じなかった。
だから、聞き入れなかった。
『大事な家族も、大切な友達も、もう2度と会えなくなる』
もう一歩、鳥居の中に足を踏み入れる。その瞬間視界がぐにゃりと歪んで、夕闇が辺りを包み込んだ。寂れた神社は黒の絵の具に塗り潰されたかのように重苦しい空気を纏い、地は荒れ果てた先のように酷い有様だ。その様子に気付いた瞬間、するりと白い手が頬に伸びる。
「あーぁ、もう引き返せないよ」
突如として目の前に現れた逆さまの顔に、少女はゆっくりと目を見開いたのだった。
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