166 / 812
8月11日 ”恋”と”好き”
しおりを挟む
「…稲森さんは、好きな人いるの?」
別の場所に向かって歩き始めると、夏川さんから話題を振ってくれた。私は嬉しくなったが、話題が話題だったので少し照れくさかった。
「そうだね。いるよ」
私の答えに、夏川さんは少し俯いた。何と話を繋げるべきか分からなくて戸惑っていると、夏川さんが口を開いた。
「アタシ、”好き”って気持ちが分からないの」
「”好き”が、分からない?」
夏川さんは悲しそうに笑って、私の質問に答えた。
「うん。『側にいたい。一緒にいて楽しい』って人はいるけど、それが恋なのか、それとも別の感情なのか分からない時期があってね。ずっと昔の話なんだけど、恋にトラウマもあって。その時に”恋”って感情を見失っちゃって。それからずっと、分からないんだ」
夏川さんの瞳から、雫が1滴こぼれ落ちた。さっきまで蒸し暑かった風が、少しだけ冷たくなって通り過ぎる。私は、空を見上げた。
「なら、単純に考えちゃえば良いんじゃないかな」
「…え」
数歩前に出て、夏川さんの方を振り返る。夏川さんは足を止めて、私を滲んだままの瞳で見つめた。
「迷うんだったら、”恋”とか”好き”とかそんな言葉でまとめなくても良いと思うし。言葉でまとめる方が単純に見えるけど、人の心を言葉でまとめる方が難しいよ。だからそういうときはまとめないし、考えない」
夏川さんは、私の言葉に少しだけ頷いた。それでも表情が晴れないから、私は少しだけヒントを。
「じゃあ考えてみて。その側にいて楽しい人が、他の女子と一緒にいて笑ってる。それを見たとして、どう思う?」
「…嫌だ!」
夏川さんの心が、こぼれた。考える時間なんてほとんどない即答だった。声も、いつもより大きかった。それほどまでに想っているのだろう。
「それが、夏川さんの本心だよ」
夏川さんの胸を指差して、私はいたずらっぽく笑う。
「やきもち。その人が好きじゃなかったらそんなこと思わない。友達だと思ってる人が他の異性と歩いてたからって、そんなに必死になるはずがないもの」
夏川さんの顔が赤く染まっていく。私はそれを見てふふっと笑った。
「おーい、夕音ー!夏川さーん!」
遠くから紗奈の声が聞こえた。私は「はーい」と返事をする。すると、夏川さんが私の袖をくいっと引っ張った。
「爽、で良い。爽…が良い」
目線を少しそらしながら、まだ赤い頬を見せないように顔を背けながら、そう呟く。可愛かった。
「分かった」
私はそう返事をして、爽に向き直る。手を伸ばして、笑顔で言う。
「行こう、爽」
爽が少しだけ目を見開いて、微笑む。
「うん」
爽の手を取って、走り出す。
夏の風が、私達の服を揺らしていった。
別の場所に向かって歩き始めると、夏川さんから話題を振ってくれた。私は嬉しくなったが、話題が話題だったので少し照れくさかった。
「そうだね。いるよ」
私の答えに、夏川さんは少し俯いた。何と話を繋げるべきか分からなくて戸惑っていると、夏川さんが口を開いた。
「アタシ、”好き”って気持ちが分からないの」
「”好き”が、分からない?」
夏川さんは悲しそうに笑って、私の質問に答えた。
「うん。『側にいたい。一緒にいて楽しい』って人はいるけど、それが恋なのか、それとも別の感情なのか分からない時期があってね。ずっと昔の話なんだけど、恋にトラウマもあって。その時に”恋”って感情を見失っちゃって。それからずっと、分からないんだ」
夏川さんの瞳から、雫が1滴こぼれ落ちた。さっきまで蒸し暑かった風が、少しだけ冷たくなって通り過ぎる。私は、空を見上げた。
「なら、単純に考えちゃえば良いんじゃないかな」
「…え」
数歩前に出て、夏川さんの方を振り返る。夏川さんは足を止めて、私を滲んだままの瞳で見つめた。
「迷うんだったら、”恋”とか”好き”とかそんな言葉でまとめなくても良いと思うし。言葉でまとめる方が単純に見えるけど、人の心を言葉でまとめる方が難しいよ。だからそういうときはまとめないし、考えない」
夏川さんは、私の言葉に少しだけ頷いた。それでも表情が晴れないから、私は少しだけヒントを。
「じゃあ考えてみて。その側にいて楽しい人が、他の女子と一緒にいて笑ってる。それを見たとして、どう思う?」
「…嫌だ!」
夏川さんの心が、こぼれた。考える時間なんてほとんどない即答だった。声も、いつもより大きかった。それほどまでに想っているのだろう。
「それが、夏川さんの本心だよ」
夏川さんの胸を指差して、私はいたずらっぽく笑う。
「やきもち。その人が好きじゃなかったらそんなこと思わない。友達だと思ってる人が他の異性と歩いてたからって、そんなに必死になるはずがないもの」
夏川さんの顔が赤く染まっていく。私はそれを見てふふっと笑った。
「おーい、夕音ー!夏川さーん!」
遠くから紗奈の声が聞こえた。私は「はーい」と返事をする。すると、夏川さんが私の袖をくいっと引っ張った。
「爽、で良い。爽…が良い」
目線を少しそらしながら、まだ赤い頬を見せないように顔を背けながら、そう呟く。可愛かった。
「分かった」
私はそう返事をして、爽に向き直る。手を伸ばして、笑顔で言う。
「行こう、爽」
爽が少しだけ目を見開いて、微笑む。
「うん」
爽の手を取って、走り出す。
夏の風が、私達の服を揺らしていった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる