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第九章 なんでやねん

08.何もない真っ白な部屋

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 支払いを済ませ4人をファミレスに置き去りにした実里は、アパートに向けて歩きはじめた。

 レシートを入れた実里の財布には千円札が数枚残っているだけ。

(野菜も何もかもどんどん値上げしてるから、ファミレスも値段が上がったとか? いや、あの人達結構食べてたもんね⋯⋯必要経費だと思うしかないけど、今月は間違いない赤字じゃん。はぁ)

 実里の収入は税金や保険料などを払うと、生活できるギリギリというところ。歩いていける範囲内で暮らし、バスや電車は使わない。外食も買い食いもせず、できるだけスーパーの見切り品を利用する。

 実里が受け取った慰謝料は口止め料が入っているので、この国の相場から考えるとかなり高額だが(当然のことだが)使えばなくなる。

 実里が勤めていた会社は倒産こそ免れたものの規模を縮小し、細々と経営を続けている。親会社の株価も低迷したまま。

 世間の騒ぎは収まったが、懲戒解雇された者達は会社からの損害賠償の手続きが進められ、実里も個人情報保護法違反や恐喝・暴行などで数人を訴える予定で準備中。

 そんな中、実里の所在や過去を探る者の存在が見つかった事もあり、いつ何が起きるか分からない不安定な状況で暮らしている。

『逆恨みする者はいつ何をするか分かりません。警察は事件が起きるまで助けにはならないので、くれぐれも注意して下さい』

 外出時に不審な人物を見かけなかったか、郵便物は開封されていないか、無言電話を含め怪しい着信はないか⋯⋯。

『自主退職を勧告された者は退職金を減額され、会社縮小によりリストラの憂き目にあった者もいます。疑えばキリがありませんが、用心するに越した事はありませんから』

 今いるアパートに居られなくなれば住処を新しく探さなければならないし、収入が途切れれば貯金で暮らすしかない。慰謝料は実里にとって最後の切り札に近く、残しておかなければ生きていけない。

 弁護士は頼りになるが、依頼できるお金がなければ手のひらを返すだろう⋯⋯しかも、依頼料がめちゃくちゃ高い。

(世知辛い世の中だよね~。弱者に冷たい国ってホントだよ。被害者なのに⋯⋯。高野達を訴えても訴えなくても私のこの状況は変わらないって言われたから、やるしかないんだけど⋯⋯いつになったら普通に暮らせるのかなぁ)

 個人で訴えるとなると元々の財力の違いで戦いは相手方有利だが、会社と共闘できる今なら優位を保って戦える。

(あの人達がアパートを突き止めた事を弁護士さんに伝えて、どうやって見つけたのか調べる⋯⋯はぁ、また調査費用が嵩んじゃうじゃん。あの人達を脅迫罪で訴えて調査費用分を取り戻すとかしちゃおうか。全額じゃなくても返してもらえたら助かるもん)

 それが高野達と繋がるとは思えないが、二度と連絡してこなくなると言うメリットはある。

(毎月決まった収入があって、安心して住む家もある。その上に人のお金を当てにするなんて、どんだけ我儘なんだっつうの! こっちはいつ夜逃げしなきゃいけなくなるかってドキドキしてるんだからね)



 アパートが見えてくると、玄関の前に箒を持った管理人さんが立っているのが見えた。

(もしかして、心配して待っててくれたのかな?)

「管理人さ~ん」

 大きく両手を振ってアパートに向けて走り出した。

「実里ちゃん! おかえりなさい、大丈夫だったかい?」

「はい! 多分ですけど、もうこないと思います。ご迷惑をおかけいたしました」

 ペコリと下げた実里の頭を管理人さんがガシガシと撫でた。

(最近はスキンシップが増えて、なんかちょっと嬉しいかも。痛いけど)

「迷惑だなんて、元気そうだから安心したよ。さてと、部屋に帰ってお茶でもしようか。実里ちゃんもどう?」

「いや~、仕事を投げ出してるんで、また今度。ありがとうございます」

 両親や兄姉に散々悪態を吐き、ついでのように現状まで思い出してしまった実里は、このままでは親切な管理人さんに愚痴をこぼしてしまいそうな気がしている。

(優しいからって甘えちゃダメだもん。距離感は大事。何事もほどほどが一番)



 鍵を開けて部屋に入り、パソコンの電源を入れてベッドに飛び込んだ。

(はぁ~、終わった~。なんかすっごく疲れた。達成感じゃなくて、なんだろうこの気持ち⋯⋯なんか、空っぽ? 掃除したてで家具を置いてない部屋にいるみたい)

 声を出せば響きそうな何もない真っ白な部屋が心の中にある。狭い部屋だけど自分だけの誰にも邪魔されない、少し寂しくて心細くなる不思議な場所。

 仕事をなくして、今日は家族をなくした実里。借り暮らしのような不安定な生活は、将来への夢も見せてくれない。

(今はまだ、たんぽぽ食べなくても生きてけるし、なんとかなるさ。大人だからじゃがいもを生で食べてもお腹壊さないんだから。ふぁあ~、なんだか少し眠く⋯⋯ちょっとだけ⋯⋯パソコンの電源落とさなくちゃ⋯⋯)




 土埃を舞い上げながら走り抜けた馬車が警笛を鳴らし、少しずつ速度を上げていった。ガラガラと音を立てる車輪が少しぐらついている。

「危ねえなあ、外れないといいんだけどよ」

「どこの貴族だよ、ったく」

 乱暴な馬車をやり過ごした男が隣の男と話しながら、実里の前を通り過ぎて行った。

(むむっ? ここって見たことある景色のような⋯⋯)


 あちこちに小さな窪みのある道の両側には、1階が店になっている2階建ての家が並んでいる。木造で店は吹きっさらし。店の看板に描かれているのは文字よりも絵が多い。

 古びたテーブルを前に椅子に腰掛けている男達が持っているのは木のジョッキで、料理が乗っているのは木の皿。

 歩いている人は麻や木綿のチュニックやシンプルなワンピースを着ている。

(この道を右に行ったら⋯⋯)

 人を避けながら見慣れた道を進んでいくと、籠いっぱいに乗せられた野菜の山がいくつも見えた。

(ターニャ婆の店? 私、戻ってきた?)

 駆け出した実里が店に飛び込むと、ターニャ婆は店の奥のいつもの椅子に座ってせっせと編み物をしていた。

『ターニャ婆!』

 実里が呼びかけてもターニャ婆は気付かず、手を動かしながら溜め息を吐いた。

「はぁ、なんだかねえ⋯⋯」

(何かあったのかな? 元気がないターニャ婆は初めて見たかも。あっ! そうか、今の私って子供のミリーじゃなくて大人の実里なんだ)

『ターニャ婆、お久しぶりです⋯⋯えーっと、実里なんだけど分かりますか? いつくらいの頃に戻ってきたのか分かんないんだけど、ほら、ちびっ子なのにじゃがいも売りに来て8掛けで買えって言ったミリーの⋯⋯』

 必死で説明する実里の声が聞こえてないみたいに、ターニャ婆は全然顔を上げない。

(どうしよう⋯⋯もしかして、声が聞こえてない?)


 もう一度声をかけようとした実里の後ろから声が聞こえた。

「ターニャ婆、蕪が欲しいんだけど」

 その声の主は店の奥に入って来て⋯⋯実里の身体を通り抜けた。

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