26 / 145
第二章 ミッドランド侯爵家に産まれて
17.悩みは深く身を苛む
しおりを挟む
(それよりも、なんとかしなきゃいけない事があるんだよなぁ)
粗食もボッチも慣れていた実里だからこそ『小銭を稼げてそこそこ順調満帆な暮らし』をしているミリーだったが、前々から頭を悩ましていた問題がより深刻化していた。
(畑の肥料が欲しい⋯⋯)
4歳の時から同じ畑でじゃがいもや人参などを育ててきたせいで土が痩せ、どんどん作物の出来が悪くなってきている。
(狭い畑だから三圃制 農業なんて無理だし、牛も飼えないから重量有輪犂 も不可能)
三圃制農業とは、土地を冬穀・夏穀・休耕地の3つに区分しローテーションしていく農法で、休耕地で家畜を育てる事で土地を肥えさせる。
重量有輪犂は牛に引っ張らせるための農具で、広範囲の農地を深く耕すことが出来る。
売り上げの全てを貯め続けているので、飼料を買うお金が全くないわけではないが、運び込むには問題がある。臭いという問題が。
異臭を嗅ぎつけられて畑の存在がバレてしまっては元も子もない。
(今では我慢できるようになってるけどさぁ、この世界って臭いじゃん。厩舎だってあるし、馬車に乗ってる時似たような物に遭遇する事もあるはずだし。
ならいけるんじゃねって思ったんだけど、無理だったんだよね~)
どうしても肥料が欲しい、とある日のミリーの暴挙。
『えーっとぉ、うん、ここならいけるっしょ』
ゴソゴソと皮袋から取り出した肥料をとある場所に放り込み、そっとその場を後にした。
この世界で使っている堆肥は牛糞で、肥料は鶏糞などの家畜の排泄物で出来ている。
『特に鶏糞は臭いんだよぉ。あっ、なんか手に臭いがついて⋯⋯くっ、くっさぁぁぁ!』
扉の陰で悶絶中のミリーの耳に怒鳴り声が聞こえてきた。
『くっせぇぇぇ!! 誰だこんな悪戯をした奴は! 出てきやがれ、ギッタギタに切り刻んでやる』
『りょ、料理長! ほ、ほ、包丁を振り回⋯⋯きゃあ!』
目を血走らせて包丁を振り回す料理長を、果敢にもメイドが捕まえようとして失敗。
ゴトン! パリーン⋯⋯
『⋯⋯きゃぁ! お、お、奥様のお気に入りの花瓶がぁぁ⋯⋯』
『何を騒いでい⋯⋯ぐえっ! な、なんなのこの臭い。早く、早くなんとかなさい』
あっという間に大惨事が勃発。
(教訓⋯⋯慣れない臭いには敏感。この時代の人達の嗅覚は異常だね~。嗅ぎ慣れた臭いの中から別の臭いを嗅ぎ分けるとは、人体の不思議これに極まれり!
混ざったら分かんないと思ったのに⋯⋯混ぜると危険、混ぜなくても危険。はぁ、これじゃ無理だな)
畑に撒けば風で臭いが広がるはず。屋敷に流れ込んだが最後、速攻で畑の存在を知られるのは確実だろう。
ミリーが肥料を放り込んだのはトイレ。所謂『ぼっとん便所』に人以外のブツを放り込んだだけだが、ここまで大騒ぎになるとは。
その後、徹底的な清掃が行われ、(短い間だったが)屋敷の中から嗅ぎ慣れたあの臭いが消えたのは言うまでもない。
(このまま経験を積んで、いずれは農民になるぞ~⋯⋯って思ってたのになぁ。経験不足の資金不足じゃ農民になれないじゃん。土地から離れられない農奴じゃ、今と変わんないし)
そしてふたつ目は⋯⋯これも前々から悩んではいたが、もう少し時間がある(あってくれ~)と思っていた将来への危機。
(『実里』の世界とは違って、このままだとお先真っ暗⋯⋯どうやって生きていけばいいのか)
この世界の貴族令嬢の将来への選択肢はほとんどないに等しい。
この世界では、親が家の為に利用できる結婚相手を見つけてくれる『政略結婚』が一番の勝ち組と言われている。
寄付金を出してもらって『女子修道院』に行くのが二番目の選択肢。寄付金の額によっては使用人も連れて行けて、娯楽や買い物もできて、かなり優雅に暮らせるから。
この場合の女子修道院での暮らしは人生を信仰に捧げる修道女達と違い、本人や家族の意向によりいつでも家に帰る事ができる。要は『行き遅れが家にいる』と言う醜聞を避けるためのもの。
完璧な礼儀作法を身につけた上に家名を利用できるなら、女主人の話し相手・客のもてなしの手助け・社交行事への同行などをする『レディズ・コンパニオン』への道が開けるが、これはかなり年齢を重ねたレディが殆どで、未婚か未亡人の上流階級出身ばかり。
女主人の寝室での世話・衣装選びや着付け・髪結いや旅行の準備と針仕事や帽子作りの技能があれば『レディーズ・メイド(侍女)』の道があるが、技能を学ぶチャンスがなさそうなので無理がある。
侍女をしていたと言う経歴は婚活や就活の役に立つため供給過多で、必要な親の伝手が望めない絶賛ネグレクト中の令嬢には可能性がない。
寝室の掃除やベッド・メイキングなどをする『メイド』なら可能性が期待できなくはないが、使用人の話ぶりからすると⋯⋯プライドの高そうなミッドランド侯爵達が許すとは思えない。
家庭教師から真面に学ぶ事が出来て、女子修道院で学ぶ事ができれば『ガヴァネス』への道が開けたが、これも供給過多なのでかなり狭き門であると同時に可能性はゼロ。
何よりも狭き門と言われているのは、特権階級でありながら有利な結婚のために王宮で働く『女官』だろう。仕事の内容はいわゆる秘書のような職務内容で、身の回りの世話などは行わない。勿論、一貴族令嬢として社交にも出席する。
(さて、困った⋯⋯どれもこれも可能性が低すぎて、ほぼ無理ゲーじゃん。いや~、あるにはある。ないかもだけどワンチャンあるかもしんない。やる⋯⋯やらない⋯⋯やる⋯⋯やらな⋯⋯やってやろうじゃん。女は度胸ってもんよ!)
粗食もボッチも慣れていた実里だからこそ『小銭を稼げてそこそこ順調満帆な暮らし』をしているミリーだったが、前々から頭を悩ましていた問題がより深刻化していた。
(畑の肥料が欲しい⋯⋯)
4歳の時から同じ畑でじゃがいもや人参などを育ててきたせいで土が痩せ、どんどん作物の出来が悪くなってきている。
(狭い畑だから三圃制 農業なんて無理だし、牛も飼えないから重量有輪犂 も不可能)
三圃制農業とは、土地を冬穀・夏穀・休耕地の3つに区分しローテーションしていく農法で、休耕地で家畜を育てる事で土地を肥えさせる。
重量有輪犂は牛に引っ張らせるための農具で、広範囲の農地を深く耕すことが出来る。
売り上げの全てを貯め続けているので、飼料を買うお金が全くないわけではないが、運び込むには問題がある。臭いという問題が。
異臭を嗅ぎつけられて畑の存在がバレてしまっては元も子もない。
(今では我慢できるようになってるけどさぁ、この世界って臭いじゃん。厩舎だってあるし、馬車に乗ってる時似たような物に遭遇する事もあるはずだし。
ならいけるんじゃねって思ったんだけど、無理だったんだよね~)
どうしても肥料が欲しい、とある日のミリーの暴挙。
『えーっとぉ、うん、ここならいけるっしょ』
ゴソゴソと皮袋から取り出した肥料をとある場所に放り込み、そっとその場を後にした。
この世界で使っている堆肥は牛糞で、肥料は鶏糞などの家畜の排泄物で出来ている。
『特に鶏糞は臭いんだよぉ。あっ、なんか手に臭いがついて⋯⋯くっ、くっさぁぁぁ!』
扉の陰で悶絶中のミリーの耳に怒鳴り声が聞こえてきた。
『くっせぇぇぇ!! 誰だこんな悪戯をした奴は! 出てきやがれ、ギッタギタに切り刻んでやる』
『りょ、料理長! ほ、ほ、包丁を振り回⋯⋯きゃあ!』
目を血走らせて包丁を振り回す料理長を、果敢にもメイドが捕まえようとして失敗。
ゴトン! パリーン⋯⋯
『⋯⋯きゃぁ! お、お、奥様のお気に入りの花瓶がぁぁ⋯⋯』
『何を騒いでい⋯⋯ぐえっ! な、なんなのこの臭い。早く、早くなんとかなさい』
あっという間に大惨事が勃発。
(教訓⋯⋯慣れない臭いには敏感。この時代の人達の嗅覚は異常だね~。嗅ぎ慣れた臭いの中から別の臭いを嗅ぎ分けるとは、人体の不思議これに極まれり!
混ざったら分かんないと思ったのに⋯⋯混ぜると危険、混ぜなくても危険。はぁ、これじゃ無理だな)
畑に撒けば風で臭いが広がるはず。屋敷に流れ込んだが最後、速攻で畑の存在を知られるのは確実だろう。
ミリーが肥料を放り込んだのはトイレ。所謂『ぼっとん便所』に人以外のブツを放り込んだだけだが、ここまで大騒ぎになるとは。
その後、徹底的な清掃が行われ、(短い間だったが)屋敷の中から嗅ぎ慣れたあの臭いが消えたのは言うまでもない。
(このまま経験を積んで、いずれは農民になるぞ~⋯⋯って思ってたのになぁ。経験不足の資金不足じゃ農民になれないじゃん。土地から離れられない農奴じゃ、今と変わんないし)
そしてふたつ目は⋯⋯これも前々から悩んではいたが、もう少し時間がある(あってくれ~)と思っていた将来への危機。
(『実里』の世界とは違って、このままだとお先真っ暗⋯⋯どうやって生きていけばいいのか)
この世界の貴族令嬢の将来への選択肢はほとんどないに等しい。
この世界では、親が家の為に利用できる結婚相手を見つけてくれる『政略結婚』が一番の勝ち組と言われている。
寄付金を出してもらって『女子修道院』に行くのが二番目の選択肢。寄付金の額によっては使用人も連れて行けて、娯楽や買い物もできて、かなり優雅に暮らせるから。
この場合の女子修道院での暮らしは人生を信仰に捧げる修道女達と違い、本人や家族の意向によりいつでも家に帰る事ができる。要は『行き遅れが家にいる』と言う醜聞を避けるためのもの。
完璧な礼儀作法を身につけた上に家名を利用できるなら、女主人の話し相手・客のもてなしの手助け・社交行事への同行などをする『レディズ・コンパニオン』への道が開けるが、これはかなり年齢を重ねたレディが殆どで、未婚か未亡人の上流階級出身ばかり。
女主人の寝室での世話・衣装選びや着付け・髪結いや旅行の準備と針仕事や帽子作りの技能があれば『レディーズ・メイド(侍女)』の道があるが、技能を学ぶチャンスがなさそうなので無理がある。
侍女をしていたと言う経歴は婚活や就活の役に立つため供給過多で、必要な親の伝手が望めない絶賛ネグレクト中の令嬢には可能性がない。
寝室の掃除やベッド・メイキングなどをする『メイド』なら可能性が期待できなくはないが、使用人の話ぶりからすると⋯⋯プライドの高そうなミッドランド侯爵達が許すとは思えない。
家庭教師から真面に学ぶ事が出来て、女子修道院で学ぶ事ができれば『ガヴァネス』への道が開けたが、これも供給過多なのでかなり狭き門であると同時に可能性はゼロ。
何よりも狭き門と言われているのは、特権階級でありながら有利な結婚のために王宮で働く『女官』だろう。仕事の内容はいわゆる秘書のような職務内容で、身の回りの世話などは行わない。勿論、一貴族令嬢として社交にも出席する。
(さて、困った⋯⋯どれもこれも可能性が低すぎて、ほぼ無理ゲーじゃん。いや~、あるにはある。ないかもだけどワンチャンあるかもしんない。やる⋯⋯やらない⋯⋯やる⋯⋯やらな⋯⋯やってやろうじゃん。女は度胸ってもんよ!)
626
あなたにおすすめの小説
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
兄のお嫁さんに嫌がらせをされるので、全てを暴露しようと思います
きんもくせい
恋愛
リルベール侯爵家に嫁いできた子爵令嬢、ナタリーは、最初は純朴そうな少女だった。積極的に雑事をこなし、兄と仲睦まじく話す彼女は、徐々に家族に受け入れられ、気に入られていく。しかし、主人公のソフィアに対しては冷たく、嫌がらせばかりをしてくる。初めは些細なものだったが、それらのいじめは日々悪化していき、痺れを切らしたソフィアは、両家の食事会で……
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。
水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。
兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。
しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。
それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。
だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。
そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。
自由になったミアは人生を謳歌し始める。
それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる