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71.イーバリス教会とサルドニア帝国
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「一冊はイーバリス教会の本当の歴史と宝物に関する詳細な資料の写しでもう一冊は帝国に関する物です。
帝国やイーバリス教会と話す時までに暗記しておくと良いと思います」
マーシャル夫人がサラリと暗記すると良いと言った本はそれぞれが手のひらに近いほどの厚みがある。
「もし宝物の不足があったり襲撃の詳細に齟齬があれば彼らはそこをついてくるでしょう。レトビアの屋敷で見つかった宝物の種類と数や王家の知識が帝国と教会のそれと違っていた時、帝国や教会はとても陰湿な攻撃をしてくる可能性があります。
彼らは些細な事を騒ぎ立てるのが大層お好きですから」
メアリーアンは普段と変わらない穏やかな顔でセアラの前に本を置いた。年代物の皮の表紙は色褪せ角が少し痛んでいる。
「イーバリス教会も帝国も一筋縄ではいかない相手です。彼等の歴史・思考・思惑⋯⋯上部だけの知識では簡単に丸め込まれてしまうでしょう」
「そのような大切な情報を教えて頂いて宜しいのでしょうか? この事でご迷惑をおかけする事になるのであればこのご本は見なかった事にしたいと思いますが?」
「わたくし達の使命はほぼ果たされました。ティアラとブレスレットが教会に戻れば残りの任務も終わります。それ以上はわたくし達の預かり知らぬ事、というよりも関わるつもりはありませんの。
本の存在を公にされるのは困りますが、たまたま手にした本を読んでみた⋯⋯だけなら何の問題もありません。
王家には興味も関心もありませんがセアラ様の交渉事のお手伝いができればと思いましたの」
使節団の同行を保留にしている事もバレており、その上でセアラが行くだろうと想定しているのだろう。
(マーシャル夫人の一族と教会の関係を教えてくれたのは警告だったのかも。教会が宝物に対して持つ執着は予想をはるかに超えているし、人の人生を歪め命さえ軽んじているなんて)
マーシャル夫人の話はセアラが持つ教会のイメージとはかけ離れていたが、ローリーという生き証人を前に疑う気持ちにはなれなかった。
「使節団の随行員の選定の様子からしても王家の方は良く言えば性善説を信じておられる、考えが甘いところがおありのようなので少しばかりお節介を焼いておこうかと思いましたの。
他の方とはお話しするつもりはございませんのでご内聞にしていただければ助かります」
マーシャル夫人が口にしない何かがまだあるようでこのままでは何かしらの危険があると言う事だろうか。王家の考えや使節団のメンバーなどの詳細を知らされる前にこの本を渡された事はとても重要だと感じたセアラはマーシャル夫人に頭を下げた。
「使節団に同行するかどうかはまだ決めておりませんが、それとは関係なく読ませて頂きます。勿論この本の存在も内容も誰にも話さないとお約束致します」
「もし使節団に参加されるなら充分にご注意下さい。代表が王子や大臣であっても単なる随行員であるとかまだ学生だからなどと思い気を緩めることのないようになさいませ。王国の弱みにつけ込んでゴリ押ししてくるか、友好的で耳触りの良い言葉を連ねてくるか⋯⋯何があってもおかしくないのだと細心の注意をしておかれる事をお勧めしますわ。
セアラ様が滑舌の良い弁論で問題を解決してこられた実績で交渉の場に立たされる可能性もありますし、それ以外にも⋯⋯」
マーシャル夫人が貸してくれた本を翌週から寮で読みはじめたが、とても優れた書き手が認めたようで簡潔で理路整然としてとてもわかりやすく纏められていた。
(できることならセアラ様には使節団に参加していただきたくないのですが⋯⋯)
暗い表情のメアリーアンが『その本をわかりやすいと言う方はセアラ様くらいだ』と思いつつセアラの背中を見つめていた。
本に書かれていたイーバリス教会と帝国の歴史はセアラの知識とは所々違いがあった。
現在の帝国の領土でいくつもの部族が勢力を争っていた頃には複数の土着信仰や宗派があったが、初代聖女となった修道女が神の啓示を受けたと同時にイーバリス教会が設立された。
イーバリス教会はそれまであった宗派を飲み込んで一気に広がり、それと時期を同じくしてサルドニア帝国が建国された。
帝国はイーバリス教会以外の宗派を認めずイーバリス教を国教と定めた後は王家から適齢期の皇女を神殿に送り聖女とするか聖女と認定された修道女を皇子の婚約者としてきた。
(帝国が他国を侵略する時の情報や物資の補給まで教会が関わってる⋯⋯。帝国の勢力拡大にイーバリス教会が大きく関わってきたと言うより、教会が帝国を牛耳ってる?)
歴代の教会の大司教にも皇族出身者が複数おり、彼等が聖女の選定を行なっているのは間違いない。現在のナーシング大司教も先代皇帝の甥で母は元聖女だった。
聖女の宝物が盗まれた後も聖女は選ばれ神から下賜されたと言われている宝物の代わりに神殿内の泉で清められた宝具を使い祈りが続けられている。
(神の啓示がない事に怒り?)
本を読み進めていたセアラにとっては不可思議な文言を見つけ首を傾げた。宝物が奪われてからはいくら聖女が祈っても神の声が聞こえず祈りが届いていないという。
レトビア公爵達が奪った宝物は新聖女誕生の儀式以外でも帝国からの依頼があった時や教会で必要となった時に使われておりその時には必ず神の声が聞こえていたという。
帝国の議会が紛糾した時や戦の前、大司教の選定や信者からの依頼⋯⋯。
両膝をついて祈る聖女の手元が金色に輝いた後聖女の耳に神の言葉が聞こえていたがこの300年は何も起こらない。
(毎回そんな事が起こっていたなんてあり得るのかしら?)
イーバリス教ではないが王国にも教会がありセアラも幼い頃から通っている。熱心な信者とは言えないがそれなりに真摯に手を合わせ教義を学び喜捨をする程度には信じているが⋯⋯。
(神が人の質問に必ず答えてくれるというのは眉唾物にしか聞こえないわ。政治・宗教・個人の質問⋯⋯何でもお答えしますって?)
神は全てを見ておられるが人の世には直接関わらない存在だとセアラは思っている。特定の国や特定の宗派の者にだけは答える神と言うのは聞いたことがない。
しかしながら、イーバリス教会が一気に勢力を広げる事ができたのは『いつでも神のお言葉を聞ける』せいだった為、神の声が聞こえなくなった怒りは全て王国に向けられている。
(教会、帝国、聖女⋯⋯。宝物があればまた神の啓示は戻ってくるのかしら? もし何も変わらなかったらどうなるの?)
宝物が奪われる前は必ず神の啓示があったと断言している教会と帝国。資料に載っている宝物は揃っていたように思うがもし神の声が聞こえないと言われたらどうなるのだろうか。神が下賜したティアラやブレスレットだと言う言い伝えも聖女の祈りで神の声が聞こえると言う話も信じられないセアラは不鮮明な話に包まれた帝国行きに心を痛めた。
帝国やイーバリス教会と話す時までに暗記しておくと良いと思います」
マーシャル夫人がサラリと暗記すると良いと言った本はそれぞれが手のひらに近いほどの厚みがある。
「もし宝物の不足があったり襲撃の詳細に齟齬があれば彼らはそこをついてくるでしょう。レトビアの屋敷で見つかった宝物の種類と数や王家の知識が帝国と教会のそれと違っていた時、帝国や教会はとても陰湿な攻撃をしてくる可能性があります。
彼らは些細な事を騒ぎ立てるのが大層お好きですから」
メアリーアンは普段と変わらない穏やかな顔でセアラの前に本を置いた。年代物の皮の表紙は色褪せ角が少し痛んでいる。
「イーバリス教会も帝国も一筋縄ではいかない相手です。彼等の歴史・思考・思惑⋯⋯上部だけの知識では簡単に丸め込まれてしまうでしょう」
「そのような大切な情報を教えて頂いて宜しいのでしょうか? この事でご迷惑をおかけする事になるのであればこのご本は見なかった事にしたいと思いますが?」
「わたくし達の使命はほぼ果たされました。ティアラとブレスレットが教会に戻れば残りの任務も終わります。それ以上はわたくし達の預かり知らぬ事、というよりも関わるつもりはありませんの。
本の存在を公にされるのは困りますが、たまたま手にした本を読んでみた⋯⋯だけなら何の問題もありません。
王家には興味も関心もありませんがセアラ様の交渉事のお手伝いができればと思いましたの」
使節団の同行を保留にしている事もバレており、その上でセアラが行くだろうと想定しているのだろう。
(マーシャル夫人の一族と教会の関係を教えてくれたのは警告だったのかも。教会が宝物に対して持つ執着は予想をはるかに超えているし、人の人生を歪め命さえ軽んじているなんて)
マーシャル夫人の話はセアラが持つ教会のイメージとはかけ離れていたが、ローリーという生き証人を前に疑う気持ちにはなれなかった。
「使節団の随行員の選定の様子からしても王家の方は良く言えば性善説を信じておられる、考えが甘いところがおありのようなので少しばかりお節介を焼いておこうかと思いましたの。
他の方とはお話しするつもりはございませんのでご内聞にしていただければ助かります」
マーシャル夫人が口にしない何かがまだあるようでこのままでは何かしらの危険があると言う事だろうか。王家の考えや使節団のメンバーなどの詳細を知らされる前にこの本を渡された事はとても重要だと感じたセアラはマーシャル夫人に頭を下げた。
「使節団に同行するかどうかはまだ決めておりませんが、それとは関係なく読ませて頂きます。勿論この本の存在も内容も誰にも話さないとお約束致します」
「もし使節団に参加されるなら充分にご注意下さい。代表が王子や大臣であっても単なる随行員であるとかまだ学生だからなどと思い気を緩めることのないようになさいませ。王国の弱みにつけ込んでゴリ押ししてくるか、友好的で耳触りの良い言葉を連ねてくるか⋯⋯何があってもおかしくないのだと細心の注意をしておかれる事をお勧めしますわ。
セアラ様が滑舌の良い弁論で問題を解決してこられた実績で交渉の場に立たされる可能性もありますし、それ以外にも⋯⋯」
マーシャル夫人が貸してくれた本を翌週から寮で読みはじめたが、とても優れた書き手が認めたようで簡潔で理路整然としてとてもわかりやすく纏められていた。
(できることならセアラ様には使節団に参加していただきたくないのですが⋯⋯)
暗い表情のメアリーアンが『その本をわかりやすいと言う方はセアラ様くらいだ』と思いつつセアラの背中を見つめていた。
本に書かれていたイーバリス教会と帝国の歴史はセアラの知識とは所々違いがあった。
現在の帝国の領土でいくつもの部族が勢力を争っていた頃には複数の土着信仰や宗派があったが、初代聖女となった修道女が神の啓示を受けたと同時にイーバリス教会が設立された。
イーバリス教会はそれまであった宗派を飲み込んで一気に広がり、それと時期を同じくしてサルドニア帝国が建国された。
帝国はイーバリス教会以外の宗派を認めずイーバリス教を国教と定めた後は王家から適齢期の皇女を神殿に送り聖女とするか聖女と認定された修道女を皇子の婚約者としてきた。
(帝国が他国を侵略する時の情報や物資の補給まで教会が関わってる⋯⋯。帝国の勢力拡大にイーバリス教会が大きく関わってきたと言うより、教会が帝国を牛耳ってる?)
歴代の教会の大司教にも皇族出身者が複数おり、彼等が聖女の選定を行なっているのは間違いない。現在のナーシング大司教も先代皇帝の甥で母は元聖女だった。
聖女の宝物が盗まれた後も聖女は選ばれ神から下賜されたと言われている宝物の代わりに神殿内の泉で清められた宝具を使い祈りが続けられている。
(神の啓示がない事に怒り?)
本を読み進めていたセアラにとっては不可思議な文言を見つけ首を傾げた。宝物が奪われてからはいくら聖女が祈っても神の声が聞こえず祈りが届いていないという。
レトビア公爵達が奪った宝物は新聖女誕生の儀式以外でも帝国からの依頼があった時や教会で必要となった時に使われておりその時には必ず神の声が聞こえていたという。
帝国の議会が紛糾した時や戦の前、大司教の選定や信者からの依頼⋯⋯。
両膝をついて祈る聖女の手元が金色に輝いた後聖女の耳に神の言葉が聞こえていたがこの300年は何も起こらない。
(毎回そんな事が起こっていたなんてあり得るのかしら?)
イーバリス教ではないが王国にも教会がありセアラも幼い頃から通っている。熱心な信者とは言えないがそれなりに真摯に手を合わせ教義を学び喜捨をする程度には信じているが⋯⋯。
(神が人の質問に必ず答えてくれるというのは眉唾物にしか聞こえないわ。政治・宗教・個人の質問⋯⋯何でもお答えしますって?)
神は全てを見ておられるが人の世には直接関わらない存在だとセアラは思っている。特定の国や特定の宗派の者にだけは答える神と言うのは聞いたことがない。
しかしながら、イーバリス教会が一気に勢力を広げる事ができたのは『いつでも神のお言葉を聞ける』せいだった為、神の声が聞こえなくなった怒りは全て王国に向けられている。
(教会、帝国、聖女⋯⋯。宝物があればまた神の啓示は戻ってくるのかしら? もし何も変わらなかったらどうなるの?)
宝物が奪われる前は必ず神の啓示があったと断言している教会と帝国。資料に載っている宝物は揃っていたように思うがもし神の声が聞こえないと言われたらどうなるのだろうか。神が下賜したティアラやブレスレットだと言う言い伝えも聖女の祈りで神の声が聞こえると言う話も信じられないセアラは不鮮明な話に包まれた帝国行きに心を痛めた。
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