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第31話 大胆な提案
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ベルゼブブは、トビーを飲み込むような禍々しい黒いオーラを放ちながら、低く、腹の底に響く声で語り始めた。
「王室主計官であり、国王の側近として王室財政の実務を統括する立場にあったお前の父、アドラー・フィッツジェラルド伯爵は、国費を横領したうえに、違法な方法で奴隷を調達した罪で、伯爵位の剥奪の上、アドラーだけでなく連帯責任として、お前の母親は死刑。そして、2親等までの家族は全て奴隷落ちとなった……」
ベルゼブブは、トビーの過去をえぐるように言葉を続ける。
「エドワード、お前は【あのお方】の奴隷となり、泥底で【あのお方】の為に働いているはずだ。ワシらがお前の行動にこれまで口を挟まずにいたのは、お前に金を産む才能を感じていたことと、【あのお方】への配慮でもある。だが、ワシたちは騙されないぞ。お前の本当の目的を教えろ」
泥底ではトビーと名乗っているが、王都での活動にはエドワードという本名を使っていた。アドラー・フィッツジェラルド伯爵の大罪は、王都では知らぬ者はいないほどの大スキャンダルだ。ベルゼブブの強烈な威圧にも、トビーは臆することなく、涼しい顔で切り返した。
「具体的に述べてください」
トビーは、騙しているという曖昧な指摘に対して、証拠の提示を求めたのだ。ベルゼブブの言葉には、トビーが何を企んでいるかという確信が含まれていなかったからだ。そのトビーの問いに、扇子を閉じたアクネラが割って入った。
「エドワードさん、あなたは【全て】知っているのでしょ? それですべてわかるわね」
アクネラは、トビーの父アドラーが罠に嵌められたこと、そして、その事件に関わっていることをトビーが知っているはずだと、意味深に鎌をかけたのだ。
トビーは、眉1つ動かさず、冷静に答えた。
「もちろんです」
トビーがそれを認めた瞬間、ベルゼブブの目つきが鋭くなった。
「ならば問おう。お前から全てを奪ったワシたちに、なぜ協力をしているのだ」
彼らは認めたのだ。自分たちがフィッツジェラルド家を没落させた元凶の一人であることを。普通ならば、殺意を向ける相手だ。しかし、トビーは表情を一切崩さずに、まるで他人事のように答えた。
「あの事件の真相など、私には関係ありません。それに、国王陛下の判断は絶対であり、それが真実です。結果は絶対に覆りません」
トビーの声には、復讐の感情など微塵も感じられなかった。あるのは、冷徹なまでの現実主義だけだ。
「私が欲しいのは、過去の清算などという感傷的なものではありません。私が欲しいのは、圧倒的な力です」
トビーは、泥底を牛耳る2人の怪物を真っ直ぐに見据え、高らかに宣言した。
「まずは手始めに、私が泥底の王になります」
会場の空気が凍りついた。奴隷の身でありながら、支配者たちの前で、その領域を奪うと宣言したのだ。その姿は、あまりにも堂々としており、不敵だった。
「豪胆だな。まるで昔のワシを見ているようだ」
老人は嬉しそうに目を細めた。続いて、アクネラが扇子で口元を隠し、妖艶な笑みをトビーに向けて言った。
「ふふっ、私の8番目の旦那様として迎え入れたいわね」
2人の好意的な反応にも、トビーは表情を変えることはなく、さらに信じがたい提案を口にした。
「黄金の蜘蛛アクネラ様、蠅の王ベルゼブブ様。……畏れながら、提案がございます」
トビーは深く頭を下げ、恭しく続けた。
「どうか、私の配下となり、泥底ごときではなく、王都そのものを支配致しませんか? 私には、それを実現する力がございます」
その言葉は、奴隷が王に対して家来になれと言っているに等しい。しかし、トビーの言葉遣いはあくまで謙虚であり、相手への敬意に満ちていたため、それは不遜な命令ではなく、魅力的な招待状のように響いた。
トビーの配下になれという誘いに、2人は怒りを見せなかった。むしろ、この若者がどこまで本気なのかを試すように問いかけた。まずはベルゼブブが、杖を突きながら問う。
「お前がワシのボスにふさわしいと値する、証拠を見せてみろ」
続いてアクネラも、冷ややかな、しかし期待を含んだ声で問う。
「口先だけではない、力を示しなさい」
すると、トビーはここで初めて、ニヤリと口角を上げ、感情を表した。それは、獲物がかかったことを確信した狩人の笑みだった。
そして、静かに言った。
「出てきてください」
トビーの声に応じるように、音もなく空間が揺らぎ、舞台上に1人の男が姿を現した。それは、トビーを裏切ったはずのシュペーアーだった。
会場にどよめきが走る中、トビーは2人の支配者を見据えて、自らの職業の真髄を語り始めた。
「お2人が演出したこの断罪の場は、実は私の書いた筋書き通りなのです」
トビーは両手を広げ、このオークション会場という空間全体を掌握していることを示した。
「私の職業【話術士】は、通常は1対1で相手を騙す程度の、平凡な一般職とされています。しかし……舞台を整え、配役を決め、空間そのものを劇場化することで、その職業の本質は限界突破するのです」
トビーの瞳に、狂気にも似た自信が宿る。
「私の演出下においては、対話する相手は私の脚本の登場人物へと成り下がります。本人が意図せずとも、私の望む言葉を引き出され、私の思い描くシナリオの結末へと強制的に誘導される……。これこそが、私が血の滲むような研鑽の末に神の領域へと昇華させた、話術士の真の力です」
トビーはシュペーアーをも手駒に加え、この場を完全に支配することで証明してみせた。
「私のこの完璧な脚本の前では、王都の闇を牛耳る【あのお方】の【先導者】のレア職業ですら、ただの台詞の1つに過ぎません」
それは、神から授かったありふれた職業を、自らの執念と努力だけでレア職業と同等、いや、それ以上に進化させた稀有な才覚の証明だった。
「王室主計官であり、国王の側近として王室財政の実務を統括する立場にあったお前の父、アドラー・フィッツジェラルド伯爵は、国費を横領したうえに、違法な方法で奴隷を調達した罪で、伯爵位の剥奪の上、アドラーだけでなく連帯責任として、お前の母親は死刑。そして、2親等までの家族は全て奴隷落ちとなった……」
ベルゼブブは、トビーの過去をえぐるように言葉を続ける。
「エドワード、お前は【あのお方】の奴隷となり、泥底で【あのお方】の為に働いているはずだ。ワシらがお前の行動にこれまで口を挟まずにいたのは、お前に金を産む才能を感じていたことと、【あのお方】への配慮でもある。だが、ワシたちは騙されないぞ。お前の本当の目的を教えろ」
泥底ではトビーと名乗っているが、王都での活動にはエドワードという本名を使っていた。アドラー・フィッツジェラルド伯爵の大罪は、王都では知らぬ者はいないほどの大スキャンダルだ。ベルゼブブの強烈な威圧にも、トビーは臆することなく、涼しい顔で切り返した。
「具体的に述べてください」
トビーは、騙しているという曖昧な指摘に対して、証拠の提示を求めたのだ。ベルゼブブの言葉には、トビーが何を企んでいるかという確信が含まれていなかったからだ。そのトビーの問いに、扇子を閉じたアクネラが割って入った。
「エドワードさん、あなたは【全て】知っているのでしょ? それですべてわかるわね」
アクネラは、トビーの父アドラーが罠に嵌められたこと、そして、その事件に関わっていることをトビーが知っているはずだと、意味深に鎌をかけたのだ。
トビーは、眉1つ動かさず、冷静に答えた。
「もちろんです」
トビーがそれを認めた瞬間、ベルゼブブの目つきが鋭くなった。
「ならば問おう。お前から全てを奪ったワシたちに、なぜ協力をしているのだ」
彼らは認めたのだ。自分たちがフィッツジェラルド家を没落させた元凶の一人であることを。普通ならば、殺意を向ける相手だ。しかし、トビーは表情を一切崩さずに、まるで他人事のように答えた。
「あの事件の真相など、私には関係ありません。それに、国王陛下の判断は絶対であり、それが真実です。結果は絶対に覆りません」
トビーの声には、復讐の感情など微塵も感じられなかった。あるのは、冷徹なまでの現実主義だけだ。
「私が欲しいのは、過去の清算などという感傷的なものではありません。私が欲しいのは、圧倒的な力です」
トビーは、泥底を牛耳る2人の怪物を真っ直ぐに見据え、高らかに宣言した。
「まずは手始めに、私が泥底の王になります」
会場の空気が凍りついた。奴隷の身でありながら、支配者たちの前で、その領域を奪うと宣言したのだ。その姿は、あまりにも堂々としており、不敵だった。
「豪胆だな。まるで昔のワシを見ているようだ」
老人は嬉しそうに目を細めた。続いて、アクネラが扇子で口元を隠し、妖艶な笑みをトビーに向けて言った。
「ふふっ、私の8番目の旦那様として迎え入れたいわね」
2人の好意的な反応にも、トビーは表情を変えることはなく、さらに信じがたい提案を口にした。
「黄金の蜘蛛アクネラ様、蠅の王ベルゼブブ様。……畏れながら、提案がございます」
トビーは深く頭を下げ、恭しく続けた。
「どうか、私の配下となり、泥底ごときではなく、王都そのものを支配致しませんか? 私には、それを実現する力がございます」
その言葉は、奴隷が王に対して家来になれと言っているに等しい。しかし、トビーの言葉遣いはあくまで謙虚であり、相手への敬意に満ちていたため、それは不遜な命令ではなく、魅力的な招待状のように響いた。
トビーの配下になれという誘いに、2人は怒りを見せなかった。むしろ、この若者がどこまで本気なのかを試すように問いかけた。まずはベルゼブブが、杖を突きながら問う。
「お前がワシのボスにふさわしいと値する、証拠を見せてみろ」
続いてアクネラも、冷ややかな、しかし期待を含んだ声で問う。
「口先だけではない、力を示しなさい」
すると、トビーはここで初めて、ニヤリと口角を上げ、感情を表した。それは、獲物がかかったことを確信した狩人の笑みだった。
そして、静かに言った。
「出てきてください」
トビーの声に応じるように、音もなく空間が揺らぎ、舞台上に1人の男が姿を現した。それは、トビーを裏切ったはずのシュペーアーだった。
会場にどよめきが走る中、トビーは2人の支配者を見据えて、自らの職業の真髄を語り始めた。
「お2人が演出したこの断罪の場は、実は私の書いた筋書き通りなのです」
トビーは両手を広げ、このオークション会場という空間全体を掌握していることを示した。
「私の職業【話術士】は、通常は1対1で相手を騙す程度の、平凡な一般職とされています。しかし……舞台を整え、配役を決め、空間そのものを劇場化することで、その職業の本質は限界突破するのです」
トビーの瞳に、狂気にも似た自信が宿る。
「私の演出下においては、対話する相手は私の脚本の登場人物へと成り下がります。本人が意図せずとも、私の望む言葉を引き出され、私の思い描くシナリオの結末へと強制的に誘導される……。これこそが、私が血の滲むような研鑽の末に神の領域へと昇華させた、話術士の真の力です」
トビーはシュペーアーをも手駒に加え、この場を完全に支配することで証明してみせた。
「私のこの完璧な脚本の前では、王都の闇を牛耳る【あのお方】の【先導者】のレア職業ですら、ただの台詞の1つに過ぎません」
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