男女比5対1の女尊男卑の世界で子供の頃、少女を助けたら「お嫁さんになりたい!」と言って来た。まさか、それが王女様だったなんて……。

楽園

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9話 離宮の密会

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(アルト視点)
 
 俺は、侍女長の後ろを、まるで処刑場に引かれていく罪人のように、重い足取りでついていった。
 連れてこられたのは、学園の敷地内にあるとは到底思えない、独立した「離宮」だった。手入れの行き届いた庭園は月明かりに照らされ、静寂が支配している。
 
 磨き上げられた大理石の廊下を歩くたび、俺の埃っぽい旧寮の制服と、すり減った靴の音が、あまりにも場違いに響いた。
 
 俺の平穏無事なモブ生活計画は、本日、完全に、そして決定的に崩壊した。
 俺は、これから連れて行かれる部屋で、一体「誰」に、「何を」されるのかと、生きた心地がしなかった。
……頼む、せめて痛くないように……。
 
 実験体にされる恐怖で、奥歯がガチガチと鳴りそうだ。
 やがて、侍女は、ひときわ大きな両開きの扉の前で足を止め、無言のまま重い扉を押し開けた。
「……お入りください」
 
 俺は、意を決して、その暗い部屋へと足を踏み入れた。
 だが、俺の予想は、入った瞬間に裏切られた。
 そこは、血生臭い実験室でも、冷たい石造りの尋問室でもなかった。
 
 高い天井、上質な絨毯、趣味の良い調度品。
 そして、部屋の奥はテラスになっており、窓から差し込む月明かりが、室内にいる「ある人物」のシルエットを浮かび上がらせていた。
 ……実験器具も、研究者も、拷問官もいない。
 
「……お連れいたしました」
 侍女の硬い声が響く。
 月明かりを背にしてテラスに立っていたその人影が、ゆっくりとこちらに振り返った。
 
「…………え?」
 俺は、自分の目を疑った。
 金色の髪が、月光を反射して淡い光輪のように輝いている。
 この世の頂点に立つ者の風格と、圧倒的な美貌。
 入学式で、壇上から俺たちを見下ろしていた、あの姿。
 
「……待っていましたわ、アルト・フォン・キルシュヴァッサー様」
 鈴の鳴るような、しかし有無を言わせぬ威厳を秘めた声。
 リリアーナ王女。
 その人だった。
 
 俺の頭は、恐怖から一転、純粋な「混乱」で真っ白になった。
 ……は? なぜ? 王女殿下が、直々に?
 実験体にされるのではなかったのか?
 もし俺の「魔力」を調査するなら、王女本人が出てくる必要はない。専門の研究者を寄越せばいいはずだ。
 あまりの展開の不可解さに、恐怖よりも「なぜ?」という疑問が、思考のすべてを埋め尽くした。
 
「……なぜ、俺を?」
 俺は、自分でも驚くほど素直な疑問を口にしていた。
「俺のような、旧寮の、没落貴族の男に……王女殿下が、何の御用でしょうか」
 俺の言葉に、リリアーナ王女は、傍らに控える侍女に目配せした。
 
「……下がりなさい。ここでのことは、他言無用です」
「はっ」
 侍女長は深く一礼し、音もなく部屋から退出していった。
 重い扉が閉まる音が響き、この離宮の一室に、俺と王女殿下の二人きりが残された。
 
 リリアーナ王女は、俺の警戒を解くように、ゆっくりと室内のソファを勧めた。
「……まず、座ってください。あなたを害するつもりはありません」
 俺は、勧められたソファには近づかず、扉の近くで立ったまま、彼女を睨みつけた。
 
「御用件を伺います」
 俺の無礼な態度にも、王女は気を悪くした様子もなく、ただ、その蒼い瞳で俺をじっと見据えた。
「……このような形でしか、貴方と話すことができなかったこと、まずはお詫びしますわ」
 
「……」
「私の立場を、貴方はご存じのはず。本来、この学園で、私が特定の男子生徒と『公に』接触することは許されません。……それは、貴方を無用な危険から守るためでもありますの」
「……だから、こんな連行まがいの真似を?」
「言葉が過ぎますわ」
 王女は、俺の皮肉をぴしゃりと諌めた。
 
「そして、今夜のこと、ここでのことは、絶対に誰にも話してはなりません」
「……」
「たとえ、『王』に問われたとしても、です」
 王女は、俺の目をまっすぐに見て、そう言いきった。
 
 王にも話せない……?
 ますます分からなくなった。
 一体、何なんだ。俺と王女殿下の間に、王にすら隠さねばならない「秘密」など、あるはずがない。
 ……いや、ある。
 俺の頭に、あの「誤作動」がよぎる。
 
 やはり、あの『男の魔力』の件か……!
「……王女殿下。失礼ながら、貴女が何を言っているのか、俺にはさっぱり分かりません。御用件を……」
 俺の言葉を遮り、王女は、静かに、しかし核心を突いてきた。
 
「……先日の、魔法実技訓練。……あの水晶玉の件ですわ」
 ゴクリ、と喉が鳴った。
 ……やはり、それか!
 実験体コースではなかったが、王女直々の「尋問」だ。
 俺は、覚悟を決めて口を開いた。
 
「……あれは、教師が言った通り、機材の老朽化による誤作動です。俺には、魔力など……」
「『誤作動』」
 王女は、俺の言葉をオウム返しし、クスリと小さく笑った。
「……そう。貴方は、そう答えるのですね」
 
 その笑みは、明らかに、俺の嘘を見抜いている者の笑みだった。
 だが、王女はそれ以上、俺を詰問しようとはしなかった。
 彼女は、まるで俺の反応を試していたかのように、あっさりと話題を終えた。
 
「分かりましたわ。今日は、もうお下がりください」
「……は?」
 俺は、拍子抜けして素っ頓狂な声が出た。
(……え? これだけ?)
 あんな脅迫まがいの方法で俺を連れてきて、「王にも言うな」と釘を刺し、尋問は、たったこれだけ?
「……王女殿下、貴女は一体……」
 
「言ったはずですわ。今は『公に』は会うことはできない、と。……ですが、私は、貴方が『何者』なのか、このリリアーナが直接、見定める必要がありましたので」
 そう言うと、王女は侍女長を呼び戻し、俺に背を向けた。
 
「……アルト・フォン・キルシュヴァッサー。今宵のことは、誰にも言ってはなりませんよ」
「……」
「侍女長。彼を旧寮まで、誰にも見られぬよう、お送りしなさい」
 俺は、訳が分からないまま、再び侍女長に連れられて離宮を後にした。
 
 旧寮の自室に戻った俺は、ベッドに倒れ込みながら、天井を見つめた。
 一体、何なんだ? あの王女は……。
 実験体にされる恐怖は、ひとまず去った。
 だが、それ以上に不可解な「王女の視線」に、俺は捕まってしまった。
 ……俺の魔力に気づいている。だが、公にするつもりはない?
 『見定める』……?
 いったいどういうことなのだ。
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