「隠れ有能主人公が勇者パーティから追放される話」(作者:オレ)の無能勇者に転生しました

湖町はの

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最終章 チート小説

第43話「主人公と勇者の話」

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「お疲れ様、赤谷せきやくん」

 見慣れた文芸部の部室。
 その隅で井上さんは、いつものように黒革のカバーのかかった本を読んでいる。

「お疲れ様……今日はなに読んでるの?」

 どうせBL小説だろう、と思いながらも訊ねると、彼女は嬉しそうに笑った。

「もちろん、BL!」

「やっぱり……昨日読んでたのは警部と科学者だっけ」

「そうそう。あれは実によかったねぇ……警部は事件の捜査で科学者に会いに行くから、その流れで恋に落ちる。うん。実に順当だ」

 オレの記憶が確かなら、警部も科学者も、どちらも中年に差し掛かった男性だったのでちっとも順当ではないと思うのだが。

 そんなことを言えば彼女がまた延々と語り始めることは容易に想像できたので、黙ってパイプ椅子に腰を下ろす。

「で、今日のカップリングは?」

 いつのまにか染みついたBL用語(BLに限らないのかもしれないが主にBLで用いられる)で適当に会話を繋げてみれば、彼女は静かに微笑んだ。

 
「今日はね――“追放もの“をベースにした、“チート主人公“と、“無能勇者“のはなしだよ」


 心臓が大きく跳ねる。

「……へぇ。王道なの?」

 それでも平静を装って、笑う。

「どうだろう。そうだなぁ……当て馬勇者が改心して、とか……本当はいい子で……とかなら王道かもね」

「ふーん……」

 BLの世界でも愛されるのは結局ひねくれてない、可愛げのある“受け“なんだよなぁ。
 井上さんは結構、顔だけよくて性格の悪い……なにがあって“攻め“はこいつのことを好きになるんだろう、と言いたくなるようなのも読んでるけど。

 
「でもこの話は違うよ。勇者はずーっとひねくれ者のまんま。弱くて臆病で主人公におんぶに抱っこで、自分のために主人公に手を汚させる」

「……そんなので、恋愛は成立するの?」

 彼女は開いていたページにしおりを挟むと、本を閉じる。

「するよ。主人公は――勇者のことが、大好きなの。ヒロインも世界も、他のことはどうでもいいぐらいに、勇者のことだけが大好きなんだよ」

 ――それは本当に恋か?

「ただ……勇者が一方的に、主人公のことを利用してるだけだろ」

「いいんだよ、それで。主人公の方も……“貴方のためならなんでもする“とか言ってさ、押し付けじゃん。そんなの」

「ならより一層……それは恋とか愛とか、そんな綺麗な感情じゃない。相互依存で、醜くて……いつか終わる関係だ」

 彼女はオレの言葉に目を伏せる。
 それから、立ち上がった。

「うん……でもさ、赤谷くん。いいんだよ、それで。恋や愛が美しくないといけないなんて、誰が決めたの? 永遠の愛じゃないといけないなんて、それなら世界に恋や愛なんて存在しないも同じだ」

「井上さん……?」

 彼女はオレの頬を包んで――その黄金の瞳で、オレをまっすぐに見据えた。

「君はいつも難しく考えすぎなんだって、赤谷くん」

「井上さんが……考えなしなんだと、思います」

「そうかもね。でもそのほうが人生は楽しい。欲望のまま好き勝手に生きて……そうやって死にたいよ、私は」

 楽しく。好き勝手に。

「誰かを……蹴落としても? 傷つけても?」

「うん。だって傷つかずに生きることができないのと同じで、誰も傷つけずに生きることだってまたできない」

 珍しく文芸部らしい文学的な言い回しだ。
 

「赤谷くん……いいや、ベルンハルト・ミルザム。おぬしも、望みを口にしろ。誰も阻むものはおらぬのじゃからな」

 
「……井上さん、さぁ……のじゃロリ口調、ちょっと下手だよね」

 井上さん――いや、スピカは、オレの指摘に唇を尖らせた。

「え~!? せっかく赤谷くんが喜ぶかと思って勉強したのに!!」

 そんな性癖に寄り添ってもらわなくて結構です。


「ねぇ、いつわかったの? スピカが私だって」

「正直、ほとんど勘なんだけど。あえて言うなら“セックスしないと死ぬ“とか言い出したのが……今考えると井上さんっぽいなって思って」

 それに……。
 スピカがいる間は井上さんは姿を見せなかった。脳内にだって現れなかった。……あんなに彼女が好きそうなシチュエーションだったのに、だ。

「いやそれは古今東西の腐女子が考えることだから根拠になってないよ」

「だから勘だって言ってんだろ。ああ、あとあれ……目が、金色だったから」

 “文芸部の井上さん“の目は、普通の薄茶色だった。
 でも今の彼女は、黄金の瞳をしている。
 
「さすがにわかりやすかったか。じゃ、まあ……“スピカ“の正体もバレちゃったところで。戻ろうか、ベルンハルトくん」

 猫の姿になった彼女は部室の扉に向かって歩いていく。

「どこに?」

「どこでも。これは君が望むところに行けるドアだよ」

 猫の姿で、“どこにでも行けるドアその発言“はちょっとグレーじゃない?

 なんて心の中で思いながら、ドアノブに手をかける。光が、全身を包み込んだ。



 ◇◇◇



 目を開けると、グレンが泣き腫らした目でオレを見ていた。

「……どれぐらい、経った」

「丸一日です。貴方が……ギルドで倒れてから」

 そうか、もうそんなに経っているのか。
 あとまた倒れたんだね。ここは……宿屋かな? 結構綺麗だ。

「ごめん……また、泣かせた」

 あいにくまだ起き上がれるような体調ではないので、寝そべったまま黒髪に手を伸ばす。拒絶はされない。

 それに安心しながら艶やかな髪を撫でていると、グレンはオレの手を握って、静かに涙を流し始めた。

「いいえ……謝るのは、俺の方です。言葉も暴力になり得ることを、俺は知っていたのに……貴方を、あんな男と二人にしてしまった」

 ……お前のせいじゃないよ。オレが選んだんだ。
 
 
 エステルに、“アルナイルの忌み子“だと、そう呼ばれたグレンは、オレに言った。――こんな男の言葉なんかどうだっていい。貴方以外からはなにも受け入れない。だから俺を傷付けることができるのも、貴方だけ。

 叔父さんは言っていた。――自分のことを尊重しない人間の言葉で傷つかないといけない道理はない。忘れて、他の好きな人の顔でも思い浮かべてやり過ごせ。


 二人の言葉を借りるなら、オレはラルフの言葉を真正面から受け取るべきではなかったのかもしれない。
 そうすればオレは、部外者は黙っていろと……そう、傲慢に笑っていられた。

 でも。

 
「いいんだ。違うよ、グレン……ラルフの言葉は、オレがいつか受けないといけなかった」

 ずっと、受け取るべきでなかった言葉ばかりを――本当は、ベルンハルトに向けられていた言葉を、勝手に受け取っていたオレが、いつか受けるべき傷だったんだ。

「ギルドに行く前……オレも、お前に言わないといけないことがあるって言ったの、覚えてるか?」

 今度はちゃんと、全部話す。
 もう勇者ごっこは終わりだ。なら、ベルンハルトの名前を借りるのも……終わりにしないといけない。


「グレン――オレは、この世界の人間じゃないんだ。オレはこことは違う世界で死んで……転生して、この世界にきた。だから……」


 絞り出した声はみっともなく震える。
 グレンの顔が見れな――。


「知ってます」


「え?」

 いや、見た。ガン見した。

「……なんで知ってんの」

「えっと……話せば長くなるんですが……れん。貴方をこの世界に転生させたのは、俺なんです」


 ――は???
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