77 / 116
〈フレデリック/しろさん編〉
第一話 2
しおりを挟む
『小さな白衣をひゅうっとひるがえし、
部屋のドアにむかって歩いてゆくわし。うむ、今日も絶好調の予感!』
**************************************
「――博士。フレデリック博士。起きてください」
がばり! あわててふせていた顔を上げてみると、
そこはフレデリック博士の研究室――つまり、わしの部屋の作業机だった。
なつかしいあの日を夢に見ていた心地よさからか、
机には口からこぼれたわしのよだれが広がっていた。
あーあ、またやらかしてしまった。小さいころからのくせなのだが、
まったく、我ながらみっともない。
「……な、なーんの用じゃ、こまつ君?」
はずかしい場面を見られたあせりを気取られないよう、
わしは主人として平静をとりつくろいながら、自分の目をこすっていた。
「わしは昨日の夜から考え事をしておったから、あんまり寝てないのじゃ」
「な、なるほど……これはお邪魔をしてしまいましたね。
とてもぐっすり寝ておられましたよ――幸せそうに」
こまつ君は、わが偉大なるフレデリック・ラボではたらく、
優秀なネズミ研究員の一匹である。
わしの研究や発明の現場アシスタントから、こまかな雑務までなんでもこなす。
そして、わしと同じくまじりっけなしの白ネズミである
(そもそもこのラボの研究員は、みんな白ネズミなのだけれども!)。
「しかし博士。このあとすぐに、
新しく入った研究員たちにラボを案内する時間ではありませんか。
それも、博士みずから!」
「おおっと! そうじゃった、そうじゃった。
こんなところでうたた寝しておる場合ではなかったのう」
今日は、新人研究員むけにラボを案内する、
『フレデリック博士のわくわくガイドデー』。いやあ、すっかり忘れていた。
「ところで、こまつ君。幸せそうに、とは?
まさか、わしがだらしなくよだれをこぼしながら、
ぐーすかと眠っていた事をさしておるのか?」
「ふふふっ。お部屋を出ていかれる前に、ちゃんとふいておいてくださいね」
わしは自分のハンカチで、せっせとよだれのあと始末をした。
それから、わしはイスの上からぴょこんと飛びおり、こまつ君のそばへ歩み出た。
「それで、新人たちはもう来ておるのか?」
「ええ、別室で待機させていますよ」
「では、すみやかに移動するとしようかのう。ネズミらしくな」
小さな白衣をひゅうっとひるがえし、部屋のドアにむかって歩いてゆくわし。
うむ、今日も絶好調の予感!
*
ラボの中は、床も、カベも、天井も、やわらかな白一色である。
白はいい。まっさらな気持ちと希望の光。
研究者にとって、どんな時も初心をわすれない心は、必要不可欠なのだ。
通路を移動していると、わしとおなじく白衣を着た白ネズミの部下たちが、
次々とわしにむかって明るくあいさつをしてくれる。
まるで、大きな病院で週に一度の総回診にむかう、院長ような気分なのだ。
「あ~、最近やる気出ないよねえ~」
「そうそう。なんかにたような作業のくり返しだもん」
通路のつきあたりで、けだるそうな声で会話をする、
ふたりの研究員たちの姿が見えた。もちろん、彼らは例の新人たちじゃない。
わしはそのふたりに、軽く声をかけてみた。
「おうおう、こにし君に、こだま君ではないか。
元気がないのう。なやみがあるなら打ちあけてみい。
――だーいじょうぶじゃ。べつに怒っとるわけじゃないぞ」
二匹は最初、ドキリと危機感のある表情をしたが、
わしの言うことを聞いて安堵した様子を見せると、わけを説明してくれた。
どうやら、彼らが所属している研究チームでの作業が、
最近になってかんたんな手作業のくり返しになっているので、
どうにも気合を入れてとりくめないとのことだった。
「そうじゃったのか……。すまんのう、つまらない作業ばかりさせて。
さ、これでも飲んで、熱い心を取りもどしてくれい」
わしはそういって、白衣の内ポケットから緑色のケースを取りだした。
それは半透明のガラスケースで、中にはネズミの顔の形をした、
白い錠剤をたくさん入れていた。わしはその薬を二錠だけ取り出し、
ふたりにあたえてやった。
ごくん。その薬を飲んだ瞬間、ふたりの目の色がふっと変わった。
しょぼくれた気だるい目つきから、力強く全開されたかがやかしい目つきに!
「おおお! やる気がわいてきたんだぜーーっ!」
「フレデリック博士、ありがとうございやす!
よっしゃあ、今日の分の作業も、ちゃちゃっとすましちまおうぜ!」
こにし君とこだま君は、喜びいさむような調子で、
もといた研究室へと走っていった。
じつを言うと、ここのところラボ内では、
今のように仕事をさぼる研究員の姿が、多く目立っているのだ。
今彼らにあたえた薬は、そんな研究員たちのためにわしが発明したものだ。
「うむうむ。最近完成したばかりの新薬じゃが、こいつは手放せん。
いままで作った薬の中でも、最高クラスのよい出来じゃろうのう!
はっはっは!」
部屋のドアにむかって歩いてゆくわし。うむ、今日も絶好調の予感!』
**************************************
「――博士。フレデリック博士。起きてください」
がばり! あわててふせていた顔を上げてみると、
そこはフレデリック博士の研究室――つまり、わしの部屋の作業机だった。
なつかしいあの日を夢に見ていた心地よさからか、
机には口からこぼれたわしのよだれが広がっていた。
あーあ、またやらかしてしまった。小さいころからのくせなのだが、
まったく、我ながらみっともない。
「……な、なーんの用じゃ、こまつ君?」
はずかしい場面を見られたあせりを気取られないよう、
わしは主人として平静をとりつくろいながら、自分の目をこすっていた。
「わしは昨日の夜から考え事をしておったから、あんまり寝てないのじゃ」
「な、なるほど……これはお邪魔をしてしまいましたね。
とてもぐっすり寝ておられましたよ――幸せそうに」
こまつ君は、わが偉大なるフレデリック・ラボではたらく、
優秀なネズミ研究員の一匹である。
わしの研究や発明の現場アシスタントから、こまかな雑務までなんでもこなす。
そして、わしと同じくまじりっけなしの白ネズミである
(そもそもこのラボの研究員は、みんな白ネズミなのだけれども!)。
「しかし博士。このあとすぐに、
新しく入った研究員たちにラボを案内する時間ではありませんか。
それも、博士みずから!」
「おおっと! そうじゃった、そうじゃった。
こんなところでうたた寝しておる場合ではなかったのう」
今日は、新人研究員むけにラボを案内する、
『フレデリック博士のわくわくガイドデー』。いやあ、すっかり忘れていた。
「ところで、こまつ君。幸せそうに、とは?
まさか、わしがだらしなくよだれをこぼしながら、
ぐーすかと眠っていた事をさしておるのか?」
「ふふふっ。お部屋を出ていかれる前に、ちゃんとふいておいてくださいね」
わしは自分のハンカチで、せっせとよだれのあと始末をした。
それから、わしはイスの上からぴょこんと飛びおり、こまつ君のそばへ歩み出た。
「それで、新人たちはもう来ておるのか?」
「ええ、別室で待機させていますよ」
「では、すみやかに移動するとしようかのう。ネズミらしくな」
小さな白衣をひゅうっとひるがえし、部屋のドアにむかって歩いてゆくわし。
うむ、今日も絶好調の予感!
*
ラボの中は、床も、カベも、天井も、やわらかな白一色である。
白はいい。まっさらな気持ちと希望の光。
研究者にとって、どんな時も初心をわすれない心は、必要不可欠なのだ。
通路を移動していると、わしとおなじく白衣を着た白ネズミの部下たちが、
次々とわしにむかって明るくあいさつをしてくれる。
まるで、大きな病院で週に一度の総回診にむかう、院長ような気分なのだ。
「あ~、最近やる気出ないよねえ~」
「そうそう。なんかにたような作業のくり返しだもん」
通路のつきあたりで、けだるそうな声で会話をする、
ふたりの研究員たちの姿が見えた。もちろん、彼らは例の新人たちじゃない。
わしはそのふたりに、軽く声をかけてみた。
「おうおう、こにし君に、こだま君ではないか。
元気がないのう。なやみがあるなら打ちあけてみい。
――だーいじょうぶじゃ。べつに怒っとるわけじゃないぞ」
二匹は最初、ドキリと危機感のある表情をしたが、
わしの言うことを聞いて安堵した様子を見せると、わけを説明してくれた。
どうやら、彼らが所属している研究チームでの作業が、
最近になってかんたんな手作業のくり返しになっているので、
どうにも気合を入れてとりくめないとのことだった。
「そうじゃったのか……。すまんのう、つまらない作業ばかりさせて。
さ、これでも飲んで、熱い心を取りもどしてくれい」
わしはそういって、白衣の内ポケットから緑色のケースを取りだした。
それは半透明のガラスケースで、中にはネズミの顔の形をした、
白い錠剤をたくさん入れていた。わしはその薬を二錠だけ取り出し、
ふたりにあたえてやった。
ごくん。その薬を飲んだ瞬間、ふたりの目の色がふっと変わった。
しょぼくれた気だるい目つきから、力強く全開されたかがやかしい目つきに!
「おおお! やる気がわいてきたんだぜーーっ!」
「フレデリック博士、ありがとうございやす!
よっしゃあ、今日の分の作業も、ちゃちゃっとすましちまおうぜ!」
こにし君とこだま君は、喜びいさむような調子で、
もといた研究室へと走っていった。
じつを言うと、ここのところラボ内では、
今のように仕事をさぼる研究員の姿が、多く目立っているのだ。
今彼らにあたえた薬は、そんな研究員たちのためにわしが発明したものだ。
「うむうむ。最近完成したばかりの新薬じゃが、こいつは手放せん。
いままで作った薬の中でも、最高クラスのよい出来じゃろうのう!
はっはっは!」
0
あなたにおすすめの小説
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
異世界転移が決まってる僕、あと十年で生き抜く力を全部そろえる
谷川 雅
児童書・童話
【第3回きずな児童書大賞 読者賞受賞作品】
「君は25歳の誕生日に異世界へ飛ばされる――準備、しておけよ」
そんなリアルすぎる夢を見たのは、中学3年・15歳の誕生日。
しかも、転移先は「魔法もあるけど生活水準は中世並み」、しかも「チート能力一切なし」!?
死ぬ気で学べ。鍛えろ。生き抜け。
目指すのは、剣道×農業×経営×工学を修めた“自己完結型万能人間”!
剣道部に転部、進学先は国立農業高校。大学では、園芸、畜産・農業経営・バイオエネルギーまで学び、最終的には油が採れるジャガイモを発見して学内ベンチャーの社長に――
そう、全部は「異世界で生きるため」!
そしてついに25歳の誕生日。目を覚ますと、そこは剣と魔法の異世界。
武器は竹刀、知識はリアル、金は……時計を売った。
ここから始まるのは、“計画された異世界成り上がり”!
「魔法がなくても、俺には農業と剣がある――」
未来を知る少年が、10年かけて“最強の一般人”になり、異世界を生き抜く!
※「準備型転移」×「ノンチートリアル系」×「農業×剣術×起業」異色の成長譚!
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
豆腐メンタルな私を、おバカな私が励ますよ(*´ー`*)
やまくる実
絵本
私の頭の中のネガティブな部分をポジティブな私が励ます、エッセイ? 小話?
ただの落書き帳です(*´ー`*)
過去作品です。
内容的には本当に短い文章で、詩というかリズムで読む読み物。
見方によっては大人の絵本という感じです。
私と同じで創作する事が好きな方や生きる事に不器用な方の止まり木みたいな場所になれたらな......なんて思い、こちらにも掲載してみました。
カクヨムにも掲載しています。
表紙画像は chat gptに作成してもらいました(*'▽'*)
魔法使いアルル
かのん
児童書・童話
今年で10歳になるアルルは、月夜の晩、自分の誕生日に納屋の中でこっそりとパンを食べながら歌を歌っていた。
これまで自分以外に誰にも祝われる事のなかった日。
だが、偉大な大魔法使いに出会うことでアルルの世界は色を変えていく。
孤独な少女アルルが、魔法使いになって奮闘する物語。
ありがたいことに書籍化が進行中です!ありがとうございます。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる