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〈フロン編〉
15『君とのハグは、友情と幸せの約束』①
しおりを挟む――何はともあれ、レンの部屋へと戻ってきた三匹のドラギィは、
レンとユカに、すべての事情を明かしました。
そこにはもちろん、しろさんも同席していて、
ユカの手のひらからドラギィたちの話を静かに聞いていました。
スクールから下界落としをされた修行者たちには、
観測役員という、スクールから派遣されたドラギィの係員たちがいて、
彼らからこちらの世界での行動をいつも見張られていたこと。
その観測役員たちの中に、フロンというかつての恩師がいて、
この間の夜に、突如として自分たちの前に姿を現したこと。
そしてフロン先生から、レンといっしょに暮らすには審査が必要だと言われ、
その審査とは、レンの人間としての安全さと心根のよさを計るものだということ。
「つまりオレ、そのドラギィたちからいろいろ調べられてたって事?
信じられないな。ぜんぜん気がつかなかった」
レンは目を丸くしました。
なぜなら、そんなドラギィたちが回りに隠れている気配なんて、
ここ最近を振り返ってみても、一度として感じたことはないのですから。
「大人のドラギィともなると」フレディが補足します。
「姿や気配を隠すのが得意になるんだ。
さまざまな高度な術を新たに習得する、『大学』にも通うから」
「ドラギィの『大学』、とはのう」
しろさんもこの話は初耳で、感慨深そうにつぶやいていました。
「それでオレ、その審査に受からないと、キミたちの言った通り、
その……キミたちとお別れしなくちゃいけなくなるの?」
「そう、なんです」フラップはぎこちなく答えました。
「その審査の結果が出るのが、今夜のはずなんですけど――」
「ウソ……やばいじゃん、それ。えっ、今夜って言った?
えええ、待ってよオレ……どうしよう!」
レンは、自分の背中にじんわりと嫌な汗を感じました。
「だからアタシたち、レンに黙っておきたかったの」
と、フリーナが言いました。
「レンの不安がる顔が見たくなかったの。だからあの時、つい」
「ぼくらは、レン君なら審査に受かるだろうと信じているよ。
だが、これはキミに話してはならないことだったんだ。
そのせいで、審査に受かるものも、受からなくなるかもしれない」
「そんなあ……」
レンは、全身がドロのようにくずれゆくような気分です。
「わたし、ちょっと気になったんだけど」ユカがふとたずねました。
「その、観測役員さんっていうのは、フラップたちがこの世界に来てから、
レン君といっしょに暮らしている様子をずっと見てるんでしょ?
フラップたちが人間と関わるのが問題だって言うのなら、
もっと早くに審査してもよかったはずなのに」
「どうして今になって審査をするのか、と聞きたいんだろう?」
フレディが考えこむように腕を組みます。
「それは、ぼくらにも分からない。なぜこのタイミングなのかが。
スクール側の都合で審査が遅くなったにしても、
最初にフラップがレンくんと出会ってから、ずいぶんと時がたつのにな」
「――ねえ、レン君」ユカがレンの肩にそっと手を置きます。
「今のうちに、わたし……フリーナたちを抱きしめたいの」
「いきなりだね、ユカちゃん」
でも、彼女の気持ちは分からなくもありません。
これはけっして、レンに限った問題ではないのですから。
「レン君もいっしょに抱っこしよ? だって二人とも、もう二度と……
フリーナたちに会えなくなるかもしれないんでしょ?」
ユカの瞳が、かすかに赤くなっているのが分かります。
泣きたくなるに決まっています。それはレンも同じ気持ちでした。
「そうだよね。友情の印、みたいなやつ? 今のうちに、いいかもね……」
「すまんが、わしも、混ぜてはくれんかの?」
ユカの手のひらから、しろさんが何やらもじもじした調子で言いました。
「わしとて、そう短くもない間じゅう、彼らの研究をさせてもらった。
だから、その……せっかくじゃから、な」
ドラギィたちは、たがいたがいに視線を合わせて、うなずきました。
まるで、今生の別れの前に優しい思い出を残したいような顔で。
「こちらこそ」フラップが答えます。
「抱っこさせてください。レンくん、ユカさん、しろさん」
ドラギィたちは、ひとりひとり順番に、レンたちのそばへ飛んできて、
その胸の中に仔犬サイズのふわふわな身体を預けました。
大きな人間の子どもたちの胸に包まれると、ドラギィたちは――
ああ、人間界で出会えたヒトがこの二人で本当によかったと、
心から思うのでした。
一通り、お別れのハグが終わった直後のことです。
部屋の窓辺から、男のような深い声が聞こえてきました。
「――どうやら、大事な取りこみ中だったようだね」
出窓カウンターに、ドラギィの姿をした一匹の生き物が立っていました。
仔犬サイズのフラップたちよりも一回り大きく、薄紫色の背中に青白い色のお腹。
頭には成熟した牡鹿のような角を生やし、
堂々とした黒い瞳で一同を見渡しています。
「フロン、せんせい……!」
フリーナが、窒息でも起こしてしまったような声を発しました。
だって、審査の合否発表を告げる先生が、いきなり現れたのですから。
「ことわりもなく部屋に入ってしまい、申しわけない。
わたしのことは、もうその子たちから聞きおよんでいるみたいだね。
わたしのことは言わないようにと、一応、釘はさしておいたのだが」
現れた新しいドラギィは、落ち着きはらってレンに一礼し、
コウモリの翼をバサリと広げました。
穏やかで温かみのある声なので、怒っているわけではないようですが、
フラップたち三匹は、空中で身を寄せあいながら、
まるで厳しいおしかりの言葉が待っているみたいに、
緊張した面持ちでフロン先生を見上げていました。
「あなたが、フラップたちの先生?」
「いかにも。まあ、それも昔の話なのだがね。
もしやそこのお二人は、成熟したドラギィははじめてなのでは?」
レンとユカは、こっくりとうなずきました。
「なんか、かっこいいです。神秘的というか」
フロン先生に不思議な品位を感じたレンは、
妙にていねいな口調になってしまいました。
「人間であるキミと直接会うのは、これがはじめてだね、レン君。
そちらにいるのは、キミのご友人の、ユカさんだね。よろしく」
ユカも、フロン先生の雰囲気に影響されたのか、
「あ、はい」と短い言葉で返事をしていました。
「じつを言うと、今日はユカさん、キミにも大切な用むきがあるのだが、
それは後回しとさせていただく。今は、レン君とかつての教え子たちに、
優先して話したいことがあるからね」
フロン先生は、出窓カウンターからふっと浮かび上がり、
三匹のドラギィのすぐ前までやってきました。
とたん、フラップが顔を上げてこう言いました。
「先生、ごめんなさい。ぼくたち、レンくんにわけを話しました。
だって、お別れになるかもしれないのに、何も話さないのはよくないと思って」
「ぼくらは、レン君の気持ちを尊重したかっただけです」フレディが言いました。
「センセ、お願い。アタシたちをしからないで」
フリーナが両手をあわせて懇願します。
フロン先生は、静かに思いにふけるように目を閉じました。
それから、しっとりとした声でこう答えたのです。
「――しかりはしないさ。とてもよく反省しているようだしね」
フラップたちは、先生の意外なん一言に、あぜんとしました。
「審査のことを心配しているのなら、安心していい。
キミたちが彼に真実を明かした行為そのものは、
まったくもって審査の結果を左右するものじゃないからね。
そもそも、わたしがキミたちに真実を話すなと伝えたのは、
審査を公正なものにするのが目的ではなかったのだよ」
「それって、どういう……?」フラップがたずねました。
「さし迫る危機的な状況の中で、キミたちが大切な友人のために、
わたしの言葉にそむいてでも真実を伝える勇気があるか、試したかったんだ。
つまり、最初からレン君に事情を打ち明けてしまっても、よかったわけだよ」
「「「えええ~~~~っ!?」」」一同は思わず声を上げてしまいました。
「そ、そうだったんですか……?」
フレディが拍子ぬけしたような顔を見せます。
「本当にすまなかったね……。生徒を追いつめるようなマネは嫌だったのだが。
まあ、結果として、キミたちはわれわれに勇気を示し、彼に真実を伝えた。
手をさし伸べてくれる友人の気持ちを、必要におうじてくみ取ってあげるのも、
ドラギィにとっては大人になるための大切な心がけなのだよ。
審査とは別になるが、スクールはその点でキミたちを高く評価している。
まさか、ひとりの人間とそれほどまで強い絆で結ばれていたとはね」
「そ、そうなんです! だから――」
「焦らなくてもいいよ、フラップ。肝心の審査結果が知りたいのだろう?
前置きはこれくらいにして、そろそろ審査結果の発表に移ろう。
――坂本レン君。キミがわれわれドラギィにとって危険のない、
真に心正しく友好的な人間であるかどうか、その審査の結果をここに伝える」
ドキドキ……ドキドキ……。
ドラギィたちの小さな心音が聞こえてきそうなくらいの、
静けさがやってきました。レンとユカも正座をして、
ドラギィたちにも劣らない高まった心臓の鼓動を胸に、
フロン先生からの結果発表を静かに受け止めました――。
※次回が『フロン編』の最後の更新となります!
次回はエピローグをふくめて合計4話を掲載いたします。お楽しみに!
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