緑の指を持つ娘

Moonshine

文字の大きさ
5 / 130
べスの村

しおりを挟む
(ひゃー!!すごい数の薬草!見たこともない花!)

「ねえノエル様。あれ何?」

ベスはもう、ノエルが案内してくれた魔術院の中の全てに興味深々だ。
なんと言ってもベスは筋金入りの田舎娘。
森のほとりにずっと今まで住んできて、知っている場所といえば、村と、街と、そして森の中くらい。王都に出るのも初めて(前に魔女と勘違いされて攫われた事をカウントしないのなら)という筋金入りの田舎者。

村役場より大きな建物など、生まれてこの方見たことはなかった。
魔術院の扉の大きさにのけぞり、廊下に惹かれているカーペットに感動し、中の照明の壮麗さに圧倒され、温室の植物に興奮しっぱなしで、先ほどからずっとノエルに質問を重ねているのだ。

「ん、あれか?あれは眠り茸の亜種を掛け合わせたものだ。うまくいくと効き目が3倍になるが、まだ研究段階だ」

「あっちは?あんな花見た事ない!」

「あれは魔術で花の数を3倍にしている鈴蘭の一種だ。うまくいけば、ポーションの材料が一気に大量収穫できる」

魔術師は、ノエルと名乗っだ。
ノエルは、王立の魔術院の筆頭魔術師で、ここの責任者だという。

魔術院の温室はいく株も貴重な薬草や植物で満たされているといい、ノエルはベスに、見てほしい植物があると、わざわざこの貴重な温室にベスを連れてきたのだ。
厳重な管理がなされているこの温室は、ベスが入るだけでもいくつもの魔術を駆使して鍵を開けていた。

「登録外のものが入ろうとすると、こいつが反応する」

そう言って示した先にあった彫像は、かのゴーレムだという。

「侵入者が生きて帰る事はない」

そう淡々と言い放ったノエルに、ベスは背筋が寒くなる。

苦労して入った温室の中身は素晴らしいものだった。
森に生きているものとは違う植物で、満たされていた。
南の国から連れてきたという花や、氷の国の植物、魔女から株分してもらったものなど、貴重な植物がぎっしりと生い茂っていた。
温室の建物自体も、見たこともないほどの大きなガラスに覆われていて、前面全てに魔術が施されていた。
月の光だけ集めて、昼も煌々と月明かりで明るい月明かりの小部屋、魔素の含まれた霧の漂っている部屋、完全に真っ暗な闇の部屋。細かく用途別に23の部屋に分かれており、その部屋の一つ一つに、魔術的に重要な植物が育てられているという。

「うわあ、なんてすごい・・ノエル様、これ全部魔術?ねえ、あっちは?」

ベスは魔術を実際に見るのもつい先ほどが初めてだと言うのに、ここには建物自体に、大規模で、大変な高品質の魔術が、惜しみなくあちこちに施されている。
ベスが大事に読んでいる、魔術の本に書かれている魔術よりも、もっと壮麗で、もっと大規模。
現実に目にする魔術は、ベスの想像よりも遥かに荘厳だ。

ベスは目をキラキラさせながら、右や左ををキョロキョロと忙しい。

「お前なあ、この俺の名をそんなお気軽に呼ぶなんて、この王都ではお前一人だぞ・・」

ノエルは、実家は大貴族の出身だとか、父親はベスもどこかで名前を耳にしたことのある立派なお人だと、道道偉そうに説明してくれたらしいが、田舎娘のベスにとっては、人間は貴族とそれ以外、そして魔術師とそれ以外の区別しかつかない。

ベスの反応に不満そうなノエルは、温室の植物や魔術に夢中なベスを尻目に、ツカツカと月明かりの部屋の端にある、ガラスのカバーですっぽりと完全に覆われた、小さな白い花の鉢植えを手に取った。

「これだ」

そして、そうっと大切そうにガラスを外した。
可憐な白い花は、すみれほどの大きさで、月の明かりだけを浴びて、朝露の水分のみで生きているという。

「魔力を与えても、天界の光を与えても、どうしても実をつけない。かれこれ俺は3年はこの花と格闘している」

ノエルはため息をついた。相当大切にされている植物らしい。鉢には温度を一定に保つ魔術がかけられており、ガラスの中は無菌が保たれている仕組みになるよう、術式が組まれている。

「頼む」

そう不遜な所のあるこの男は、まっすぐにベスの目を見た。

ベスは、一つ頷くと、じっと息をつめて、この小さなすみれのような花を観察した。
耳を澄ませると、何かこのすみれのような花が、ベスに語りかけてくる、そんな気がするのだ。

ベスは、目を瞑る。
ゆっくりと花と呼吸を合わせて、息を吸って、吐く。意識を少しずつ手放してゆき、手放した意識に、花と合わせて、花の意識をを少しずつ、心に受け入れゆく。やがてベスト花の意識は混じり合って、一つとなる。

ベスが花であるのか、花がベスであるのか、個々の個々たらしめる、境界線が消えてゆく。

心を無にして、花と向き合っていたベスは、しばらくして、真面目な顔をして、急にノエルに向かった。

「かまいすぎ」

「え?」

「ノエル様はこの子を触りすぎ。毎日触られて、見られて、かまわれて、全然気持ちが落ち着かないらしいから、実をつけないんだってさ。お世話自体はまあまあいいらしいわよ」

「えええ???」

確かにノエルは、この花の記録を昼夜問わずに、交代で一時間おきに取っている。
徹底した湿度の管理と、観測。それが、ノエルを有能な研究者たらしめていたものであった。

頭をガツンと撃たれたようなショックに呆然としているノエルに、ベスは畳み掛ける。

「考えてもみなさいよ。ノエル様だって、ゆっくり実でもつけようかっていう時に、じーっと人間に見られ続けて、身をこねくり回されてたら、落ち着かないし、ちょっとそっとしてておいてもらって、外の空気でも吸いたくならない? このままガラスのカバーを取って、温室から出して、それからひと月くらい外に出して、灰の中にでも埋めてあげて、放っておいていたらいいわ」

戸惑いながら、ノエルはベスに聞いた。何せノエルの知っているこの難しい植物管理の方法とは全く異なるのだ。

「本当に、それだけでいいのか?」

「そうよ!うまく実がついたら、魔術を見せてもらうんだから、私が嘘言うわけないじゃない」

「・・そうだな、お前が嘘をついて得するような事は何もない。お前の言うその通りだ」

それだけ言って、あとはいろんな少し元気のない温室の植物たちの声をちょいちょい伝えてやり、その後はノエルから王都のお菓子をお土産に山ほどもらって、ベスはほくほくと帰路についた。それだけだったはずだ。

ーーーーーーーーーーーーーー

それから一月後だ。

「今すぐ来い!!!!」

いつもの通り、のんびり粉を挽いていたベスに近づくと、急に現れたノエルは一言もなく腕を乱暴に掴んで、その美しい顔を憤怒で歪ませて、ノエルに大きな荷物のように肩に担ぎ上げられて馬車に押し込間れた。

デジャブだ。完全に。

「だから!!私何もしてないって!!!」

ベスは大騒ぎをするが、もう2回目ともなると、馬車に入れられたらもう行き先は知っている。

「お前は何者だ、魔女め!!」

しおりを挟む
感想 174

あなたにおすすめの小説

冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」 そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。 しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!? だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。 「彼女を渡すつもりはない」 冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!? 毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし! さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜―― リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される! 政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー! 「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」

『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』

鷹 綾
恋愛
「愛しているのは彼女だ」 王太子ロネスにそう告げられ、婚約を破棄された侯爵令嬢エルゼリア・クローヴェル。 感情をぶつけることも、復讐を誓うこともなく、 彼女はただ――王宮を去った。 しかしその直後から、王国は静かに崩れ始める。 外交は滞り、判断は遅れ、市場は揺れ、 かつて「問題なく回っていた」はずの政務が、次々と行き詰まっていった。 一方、エルゼリアは帝国で新たな立場を得ていた。 帝国宰相ハインリヒ・ヴォルフの隣で、 彼女は再び“判断する側”として歩み始める。 やがて明らかになるのは、 王国が失ったのは「婚約者」ではなく、 判断を引き継ぐ仕組みそのものだったという事実。 謝罪も、復縁も、感情的なざまあもない。 それでも―― 選ばれ、認められ、引き継がれていくのは、誰なのか。 これは、 捨てられた令嬢が声を荒げることなく、 世界のほうが彼女を必要としてしまった物語。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

【完結】令嬢憧れの騎士様に結婚を申し込まれました。でも利害一致の契約です。

稲垣桜
恋愛
「君と取引がしたい」 兄の上司である公爵家の嫡男が、私の前に座って開口一番そう告げた。 「取引……ですか?」 「ああ、私と結婚してほしい」 私の耳がおかしくなったのか、それとも幻聴だろうか…… ああ、そうだ。揶揄われているんだ。きっとそうだわ。  * * * * * * * * * * * *  青薔薇の騎士として有名なマクシミリアンから契約結婚を申し込まれた伯爵家令嬢のリディア。 最低限の役目をこなすことで自由な時間を得たリディアは、契約通り自由な生活を謳歌する。 リディアはマクシミリアンが契約結婚を申し出た理由を知っても気にしないと言い、逆にそれがマクシミリアンにとって棘のように胸に刺さり続け、ある夜会に参加してから二人の関係は変わっていく。 ※ゆる〜い設定です。 ※完結保証。 ※エブリスタでは現代テーマの作品を公開してます。興味がある方は覗いてみてください。

成功条件は、まさかの婚約破棄!?

たぬきち25番
恋愛
「アリエッタ、あなたとの婚約を破棄する……」 王太子のアルベルト殿下は、そう告げた。 王妃教育に懸命に取り組んでいたアリエッタだったが、 それを聞いた彼女は……? ※他サイト様にも公開始めました!

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、国の経済を掌握しました

鍛高譚
恋愛
「経済を握る者こそ、世界を動かす――」 前世、日本の証券会社で働いていた**瑞穂紗羅(みずほ さら)**は、異世界に転生し、サラ・レティシア伯爵令嬢として生まれ変わった。 貴族社会のしがらみや婚姻政策に巻き込まれながらも、彼女はひそかに動き始める。 「まずは資金を確保しなくちゃね」 異世界の為替市場(FX)を利用し、通貨の価値変動を読み、巨額の富を得るサラ。 次に狙うは株式投資――貴族の商会やギルドに出資し、国の経済に食い込んでいく。 気づけば彼女は、両替所ネットワークと金融システムを構築し、王国の経済を裏から支配する影の実力者となっていた。 そんな中、彼女に公爵令息との婚約話が舞い込む。 しかし、公爵令息は「格下の伯爵令嬢なんて興味がない」と、一方的に婚約破棄。 それを知った公爵は激怒する―― 「お前は何も分かっていない……! あの女は、この国の経済を支配する者だぞ! 世界すら掌握しかねないのだ!」 サラの金融帝国の成長は止まらない。 貴族たちは彼女にひれ伏し、国王は頼り、王太子は取り込もうとし、帝国は彼女の影響力に戦慄する。 果たしてサラは、異世界経済の頂点に立ち、さらなる世界の覇権を握るのか――?

処理中です...