緑の指を持つ娘

Moonshine

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魔術院の温室

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翌朝。

「そういう訳で、連れてきた田舎の娘だ。名前はベス。この娘を昨日から温室の下働きに雇った。基本放っておいて構わないが、温室は自由に出入りする許可を与えている。皆、この娘の仕事の邪魔だてはしないように」

(相変わらず失礼な人ね・・)

クロゼットに入っていたちょっとぶかぶかの制服に腕を通して部屋で待っていると、ノエルは宣言通りに朝9時ピッタリにベスを迎えにきた。
そしておはよう、もよく眠れたか、もなく、

「来い」

それだけ言って、いきなり大勢の魔術院の研究者達の前にベスを連れて行って、今に至る。

(朝ご飯食べたいんだけど・・)

昨日の夜から飲まず食わずのベスは、ため息だ。
人を無理やりこんなところに連れてきて仕事させようとしているのだから、食事くらい気を遣って欲しいものだ。

「ちょっと!こんな田舎の魔力もない、学校もろくに行っていない子にこの神聖な温室を出入りさせるほど、うちの魔術師は無能揃いなわけ?わたしたちを馬鹿にしてるの??」

だん!と、豪華な金髪の、魔術師のローブを見にまとった美しい若い娘が、激昂する。

「ああエロイース、そうだ。こんな田舎の娘に頼らざるを得ないほど、事態は逼迫している」

氷のように冷たい目をしてノエルは言った。
憎たらしいほどの美貌からの冷たい視線は、ベスであったら震え上がるほど恐ろしいと言うのに、エロイースと呼ばれたこの娘は、ギャアギャアと真っ向からノエルと喧嘩をはじめている。

(悪かったわね、魔力もない田舎娘で。でも、私だってここにほぼ無理やり連れてこられたんだから)

無理やりこんなところで働く事になった上に、朝ご飯すらまだだ。
その上こんな貴人の喧嘩の槍玉に上がるなど冗談じゃない。

「まあそう言うなよエロイース、かの魔術植物学の祖は、「緑の指」を持っている平民のご出身だと言うじゃないか。魔力のない平民だからと言って、そう嫌悪するなよ」

若い赤毛の魔術師が、そう言った。

「ロドニー!!こんなパッとしない田舎の小娘が緑の指の持ち主だとでも言いたいの?王妃様の庭師に一人「緑の指」の持ち主の平民がいるらしいけど、植物魔法に特化された、高位貴族の庶子のご出身のお方よ。こんな魔力もない田舎の小娘とは訳がまるっきり違うわ!」

「エロイース、あの方は緑の指をお持ちだが、美しい花を咲かせる事に特化した植物魔法の専門家で、薬草は専門外だ。それに王妃様のお抱えだから、協力はあおげない。だが、この田舎娘は違う。これを見ろ」

ノエルは、シナシナに干からびた、百日草の花の蕾だったものを胸ポケットから取り出して、エロイースの前に出した。

(あ、持ってたのね)

ベスは変わり果てた己の百日草だったものを、大事そうにノエルが持っていたことに驚いた。

「おい、まさかこれって」

百日草だったものを目に、ドヨドヨと魔術師達がざわめき出す。

「ああ、この娘が自宅で、個人的に育てていた百日草だ。諸事情によりこの状態だが・・」

諸事情とは、ノエルの早とちりの勘違いと、カーターの無能さゆえによる人的事故だ。
ベスはジト目でノエルを睨むが、ノエルはあさっての方向を向いてベスに目を合わせようとしない。

「そんな貴重な植物、この娘が育てたという証明はどこにもないわ!ノエル様、あなたがそんなにこの平民の娘にこの神聖な温室での仕事を与えたいなら、私にも考えがある」

そう言ってエロイースは走り去ると、手にいくつかの豆を手にして帰ってきて、バラりとベスの前に並べた。

「ベス、とか言ったわね、あんた。今すぐこの中で、一体どれが発芽するのか教えなさい。この豆は竜の治療薬にもなる貴重な豆だけれど、発芽する豆は本当に稀で、その上ものすごく慎重な管理が必要なのよ」

かなり不遜な態度ではあるが、その瞳の奥は、小麦がうまく実らない時の村の人々と同じ不安を宿していた。
エロイースは、実際に本当に困っているのだろう。

(ノエル様といい、エロイース様といい、めちゃくちゃ失礼よね・・でも何か、二人とも切羽詰まった理由がありそう)

お人好しのベスは、失礼な言い方をされた事を一旦忘れてこの豆に集中する。
息を止めて、そして豆の眠りに心を寄せて、呼吸を合わせる。
じっと、無音の静かな時を過ごす。
周りが固唾を飲んでベスを見守っているのにも気がつかない。

そして、ゆっくりとベスは顔を真っ直ぐにエロイースに向けて、言った。

「この豆と、この豆は発芽します。でも、どちらの豆も、実をつける事はできないわ。命の力がないもの」

部屋に静かな戦慄が走る。

「田舎娘、それはどういう意味だ」

ノエルが口を挟んだ。

「この豆の命は不自然よ。何かと無理やり掛け合わせているのね。本来実をつけないはずだった実を、魔力か何かをを無理やり注入してこの豆の実が成るようにしたのね。命には、それぞれの命の形があるのにそれに反しているわ。何か自然でない形の掛け合わせをしたから、この代はは魔力で無理やり実をつけたけど、次の代は命を育むことを放棄しているのよ。ロバとウマの間のラバには、繁殖能力がないようにね」

これはこの豆がかわいそうだわ。そうベスがつぶやいた。
目の前のエロイースは真っ赤になって、そして下を向いて唇を噛み締めていた。

「エロイース。やり直しだ。魔力に頼りすぎるなと、あれほど言っただろう」

エロイースは肩を震わせて、無言で部屋を退出して行った。

「わかったな。これからこの田舎娘はこの温室で作業を行う。私の管轄の植物で、魔力を受け付けない古代種に関しては、この娘が管理する。異論はないな」

ノエルに異論を呈するものは誰も出てこなかった。

皆をそれぞれの持ち場に戻すと、ノエルとベスの二人がこの大きな温室の中に残った。

「ここは魔術院の中でも、ポーションに特化している部署だ。ここの皆は魔術の専門家ではあるが、植物の専門家であるとは言い難い。ポーションに必要な材料の一つという事でそれぞれ必要な植物を育てている。育てた植物の品質は、ポーションの出来栄えに深く影響するので、植物の管理は重要な仕事だ」

「それで?ノエル様、私は何をしたらいいんです?」

「この温室の、ここからここが私の担当する植物だ。どんな方法でもいい。これら最高の状態にしろ。一月後に様子を見る」

そして、ベスに挨拶もなく、それだけ言うとどこかに歩いて行ってしまった。

(・・無茶苦茶な話ね・・本当に、嫌なやつ)

そもそもどの植物が何なのかも、全く説明がない。
作業用の道具のありかもわかったもんじゃない。

ため息をついて一人呆然と立ち尽くしていたベスに、後ろから声をかけてきた男がいた。

「ごめんね。ベスちゃん、と言ったね?驚いただろう。先ほどの失礼な娘の名前はエロイースだ。エロイースはは公爵の一人娘であるにもかかわらず、この魔術院に入るためにそれは大変な努力を払って、ようやくこの温室に立ち入入りを許された。君のように学校もろくに行っていないぽっと出の平民の田舎の娘が、この神聖な温室に出入りを許されるなんて、エロイースには到底受け入れられなかった。だが根は悪い娘ではない」

声の主に振り返ると、後ろの立っていたのは、教会の天使の像のごとく背の高い、腰までの長い紫色の髪に、茶色い瞳の背の高い男だった。

ノエルよりは年上だろうか。
紫の髪など、村の子供用の絵本でしか見たことのないベスは、ギョッとして思わず不躾に眺めてしまう。

(この王都には、美しい人間しか存在してはいけない掟でもあるのかしら)

先ほどのエロイース様といい、ノエル様といい、この目の前の男といい、まるで絵姿のように皆美しい。

「いえ、あの、そうですね。失礼な人ですけど、何か理由があって必死みたいでしたので・・はい、気にしないようにします」

しどろもどろになりながら、ベスはこの優美な男に返事を返した。

「私の名前はナーランダ。私はここの鑑定責任者だよ。鑑定魔法で、君が育てていた薬草を鑑定した。あれは一介の素人が育てた薬草とは信じ難い、実に素晴らしい質の仕上がりだった」

「君の育てていたあの薬草はどこにでもある別に珍しいものではないが、ああも完全体に育成が叶った場合は、あそこまでの強い効能が出るのかと、私は正直驚いたよ。私たちは植物の改良ばかりに勤しんでいるが、そもそもの材料の持っているポテンシャルをとことん伸ばす事を、本気で考えた方が良いのかもしれない、そう思って君を連れてくる事をノエルに提言したのは、この私だ」

「君がここにいてくれる事は、重要な意味がある気がするのさ」




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