緑の指を持つ娘

Moonshine

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神仙ユリ

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やがて日は落ち着ちてゆき、空には青い月が姿を見せる。

温室にも闇のとばりが降ろされた。
満潮の時刻まで、皆、静かに夜の静けさの中を待っている。

満月の満潮の時間を合図に、繁殖行動を行う植物は少なくない。

温室の蛍草もその一つだ。
ノエルの足元の蛍草が、そのすずらんのような形の体を震わせて、蛍光色の胞子を放ち始めた。
暗い温室の中は、幻想的な蛍光色の光の胞子が漂い、まるでおとぎの世界の様相だ。

「綺麗だな」

ノエルはため息をつく。

「今日はたくさんの命のお祭りですね」

ふわふわと舞う蛍草の胞子を捕まえて、ベスはにっこり笑った。
蛍のように胞子が舞う様から、この植物は蛍草と呼ばれているのだ。

「ベス、今日は海辺でもお祭りらしいよ。海の魔物も一斉に今日の満潮を見計らって、海辺に集まって、パートナーを見つける夜らしい」

蛍草に照らされて、ぼんやりと浮かぶナーランダの顔は神殿の天使の像のごとく美しい。

これほどの高い身分と美貌の男がまだ独身であるのがベスには不思議なのだが、この男は鑑定魔法の比類ない才能から、人の魂の鑑定ができるからだと、そうまことしやかに噂されている。
どれほど外見の美しい美女でも、魂の美しい人間でないと、妻に迎える事はできないらしい。

「ナーランダ様は何でもご存じですね。私、海に行ってみたいな。湖よりも大きいと聞きました」

ベスの田舎は山々に囲まれた田園地帯だ。生涯村から一歩も出たことの無い村人が、半数を超すような小さな村。ベスにとって海というものは、おとぎ話の水晶でできた妖精の国のごとく、想像の中でしか存在しないものだ。

「海は空と同じくらい大きくて深いよ。今度君に海の結晶を贈ってあげよう。身に纏うと、精霊から惑わされなくなるという」

「そろそろ時間よ」

ナーランダの話を遮るように、星の並びを管理していたエロイースが声を上げた。満潮の時刻ぴったりだ。

青い月の光がよく当たる場所に、種の入った瓶を移動させる。

皆が一斉に沈黙して、まるで神事の際ように。厳かに、静かに発芽を待っていた。
白く光を帯びた黒い丸薬のような種は、青い満月の光を全身に受け、やがてぱきり、とその体を半分に割った。

発芽の瞬間だ。

ベスは真剣な目をして、瓶に素手で手を突っ込んで、魔力を帯びた種をそうっと掴むと、種の硬い外殻を剥いた。殻の下に隠れていた、象牙のような柔らかい、白い素肌を月の下に晒す。

「おいベス・・」

ベスを止めようとノエルは一瞬手を伸ばして、そしてやめた。
ベスに全てを任せると決めたのはノエルだ。口出しはすまい。

すると触手のような一本の白く太い根が音もなく、ウネウネと輪を描いて伸びてきた。
と同時に、頼りない白い糸のような芽がひょろりと伸びてきて、小さな緑色の双葉がひょっこりと芽を出した。

ベスはそっと種を瓶の中から掬い取ると、大切そうに、朝方にエロイースが松葉をいっぱいにとってきた、洗濯たらいの松葉の上に下ろして、ほう、と大きな息をついた。

第二段階が成功したらしい。

温室に張り詰めていた空気が緩む。

ベスがようやく笑顔に戻って、ノエルに告げた。

「このまま月が落ちるまで、この子たちはこの松葉の上で休憩です。月の光をいっぱい浴びて、松の香りをいっぱ吸って、嬉しそうですね」

(嬉しそう、か)

ベスがそういうのであれば、安心だ。
何せこの温室のどの植物も、どの命も、幸せそうで、そして生きる喜びに満ちて、嬉しそうなのだ。

(神仙ユリすらも、ベスの目には等しい命なのだろう)

「月が落ちたら、それからどうする?」

発芽までは、ノエルも成功した事がある。だが発芽のその後、どの個体も成長せずにどの朽ちていった。

ここからはノエルにとっては未知の世界だ。そして、この国の魔術師全てにとっても等しく、全く未知の世界でもある。

ベスは笑顔でノエルに応えた。

「このたらいに井戸水をたっぷり入れて、そのまま待ちます。あとは、この子たちが教えてくれます。それまでは、さあ眠ってください。明日から忙しくなります」


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