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秋祭り
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「あいたたた・・?あれ、痛くない」
ベスが飲み込まれ、吐き出された先は、ベスのとてもよく知る場所だった。
山車の出し物に使った、ベスの散歩場所。深い森の中だ。
エズラはここが精霊の森だと言っていた。べスも、ここが人の世界ではない事はなんとなくは知っていた。
(多分、魔術で吹き飛ばされたのね。まあいいわ。帰る手間は省けたもの)
ベスは久しぶりに帰ってきた勝手知ったるこの鬱蒼とした緑の森の中をゆっくり歩いていく。
久しぶりに胸に吸い込む、水分をたっぷり含んだ空気が甘くベスの体を慈しむ。
小さな光の粒がベスの元に集まってきた。
「久しぶりね。こんにちわ」
ベスが大切そうに、そっと手を差し出して光を手にすると、光はそのまま固まって、新しい命となり、ふわりと森の中に消えてゆく。
「なあに? 今日は随分騒がしいわね」
普段も静寂の中にも、命のさざめきが賑やかな空気の、この森だ。
だが、今日は空気の中の、命になる前の光のさざめきが、ベスに何かを告げようとしている。
ベスは、さざめきに導かれるように、森の中を歩んで行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(ここは、お墓のある広場のはず)
見知ったはずの森が、今日は何かおかしい。
あるはずの場所にある木がなく、ないはずの場所に、見知らぬ池がある。
池の中には鳥が泳ぎ、空には魚が飛んでいる。
(・・・歪んでいるわ)
時折この美しい森は、歪む。
時空の理が、歪むのだ。
北は東に 上は下に。過去は現在に戻り、未来は卵になって、ベスの目の前に現れる。
歪みが発生する時は、大抵何か大きな事が空でおこっている時だ。
前にこの森の空間歪んだのは、千年に一度の彗星が空から降ってきた時だった。
ベスは歪んだ森の中を、さざめきが導く方向へ導かれ、歩いていく。どんどんと森は鬱蒼と暗くなる。
どうやらさざめきは、べスの整えたあの広場の方向に、連れて行くつもりだ。
(‥誰かしら)
さざめきは、ベスに、この森の客人の訪れを伝えたかったようだ。
ベスの整えたはずの小さな広場には、知らない場所になっていた。
そこには、べスがよく見知った、うろのある杉の大木があった。だが、その大木の前には、白い墓標と、その白い墓標にすがって泣き縋る見知らぬ男がいたのだ。
急に表れた見知らぬ光景に、べスは少し驚きながらも、目の前の男にじっと、心を合わせて、感じてみた。
(‥この人は、とても傷ついているのね)
深く、傷ついている命だ。
苦しみの最中で、あえぎもがいている魂である事を、べスは感じた。
ベスは男にむかって、ゆっくりと歩みを進めていく。
(・・この墓に眠るものは、ヒトである事を放棄したヒトだわ)
ベスはこの男の縋る墓標の下の正体を、そう感じ取った。
滅多にいないが、時々そういうヒトである事を放棄した命がこの森にやってきて、新しい姿と新しい命を与えられて、妖精や精霊に生まれる。
(可哀そうな人。理の違う世界の生き物とは、ともに生きていく事はできないのに)
ベスにはわかった。
哀れなこの男は、人の身で、この精霊の森に属する命に恋したのだろう。
この森の理は、人の世界の理とは全く違うのだ。
精霊の世界に属するものと、人の世界に属するものは、お互いの存在が交じり合う事はない。理を同じくしない命は、交わる事はできない。心を交わす事はできない。
べスは、その事は小さい時からよく知っていた。どれだけべスが心を与えても、ここで生きている生き物に、心を返してもらった事はない。
ここの命は、べスを傷つけた事はない。ただ気まぐれに優しく、きまぐれにべスを構う。昆虫のそれに、よく似ているとべスは思う。べスのおじいちゃんや、エイミーのようにべスと心を交わす事はない。
ー知らなかったのね。決して愛を求めてはいけない存在だと。
ベスは、男にゆっくり近づいていった。
そして、泣きじゃくる男の背中にそっと、立った。
「あなたは、この命に愛されたかったのね、あなたが愛したのと同じくらいに」
男は急に現れたベスに驚きもせず、泣きじゃくりながら子供のように返事をした。
「うん」
ベスは、ゆっくりと、男と呼吸を合わせて、心を合わせてゆく。
やがて心を開けはなしたベスの心に、言葉にならない男の慟哭が響いてきた。
ベスは、男の代わりに、男の心の奥にあるものを、言葉にして、解放してやる。
「・・そう。あなたは、彼女から赦されたかったのね。それから、貴方を愛せない彼女を、赦してあげたかったのね」
「・・うん」
男の体から、白い鳥の形をした光が飛び立っていった。
ベスがその正体を言葉にした事により、男のこころの底でくすぶっていた、言葉にならない大きな思いは、解放されたのだ。
「誰も、あなたを赦してくれないのね。それから、あなたは誰も赦していないのね。ああ、赦し方を知らないのね」
「僕、どうしたらいいのか、わからないんだ」
男は迷子になった子供のように、悲しそうに、途方にくれてぐすぐすと、泣いた。
ベスは、大きく息を吸った。
小さな光の粒が、ベスの体に取り込まれてゆく。べスが言葉をつむぐ。
べスの息は、金色の吐息となって、言葉に命があたえられる。
「なら私が、あなたを赦してあげるわ」
そしてベスは空を向いて、言った。
「それから、あなたも赦してあげるわ」
言葉が発しられたその瞬間、女の顔をした大きな鳥が、慟哭のような鳴き声をあげて、真っ直ぐに空に飛び去っていった。
ベスはしっかりと、愛おしそうに、男の頭を抱きしめて、言った。
「もう、大丈夫よ。もう、受け取れるわ」
「受け取る・・・?僕なんかに、誰も欲しいものは何もくれないよ」
べスは優しく微笑んだ。
「あの子は、あなたをあんなに愛しているのに。あなたがあれほど欲しがっていたものを、与えようとしてくれているのに。あなたはあの子からの贈り物の受け取り方を、どうやって受け取ればよいのか知らなかったのね」
木の影に身を隠して成り行きを見つめていたノエルは、男の背中越しに、バチリ、とべスと目が合う。
べスと目があった瞬間に、ノエルは急に体が小さくなって、無力な子供の姿にもどってゆく。
小さなノエルに、愛おしい娘はゆっくり近づいてきて、その体をしっかり抱きしめた。
「僕は怖いんだ。またいらないって言われるのが」
ノエルの口からは自然にそんな言葉がこぼれ出た。
ポロポロと涙が溢れて、忘れたはずの心の傷が、ズキズキと痛む。
「もう大丈夫よ。私がいるから怖くないわ。渡してごらん」
愛おしそうに、ベスはノエルに微笑んで、優しく抱きしめそう言った。
ノエルはベスの優しい声に促されて、胸の奥にしまっていた大きな暖かい、壊れやすい光の何かを、差出した。
ベスは、私に託してくれて、ありがとう。
そう言って大切そうにその何かを両手で受取って、男の元に歩み寄ると、そうっと、そうっと男の胸にその光の何か手渡した。
男は震える手で、ベスから光を受け取り、胸の中に抱き留めた。
男の胸から、一杯の光があふれて、男を満たしてゆく。
男は呆けた様に言葉を飲んで驚き、そしてただただ滂沱の涙を流した。そして男は転がるように、小さなノエルに走り寄って、恐る恐る、グッと抱きしめた。
「ノエル・・ごめんよ。私は一体、どうしていいのか、わからなかったんだ」
「僕寂しかったよ」
大切なものを、受け取ってもらった。
ノエルの心の開いていた大きな傷が、みるみると癒されたのを感じた。
本当に魂が求めていたものが満たされた、重さをともなった充足感で、ノエルは胸は、重くて暖かい何かで、一杯に満ちていた。
突然大きな旋風が立ち起こる。
旋風の真ん中から、赤い衣装の、長い黒髪の、大きな蝶の羽を持つ生き物が現れた。
眷属達が続々と森中から集まり、あたりは眩しく光輝く。
「やあ、久しぶりだね、ベス」
ベスが飲み込まれ、吐き出された先は、ベスのとてもよく知る場所だった。
山車の出し物に使った、ベスの散歩場所。深い森の中だ。
エズラはここが精霊の森だと言っていた。べスも、ここが人の世界ではない事はなんとなくは知っていた。
(多分、魔術で吹き飛ばされたのね。まあいいわ。帰る手間は省けたもの)
ベスは久しぶりに帰ってきた勝手知ったるこの鬱蒼とした緑の森の中をゆっくり歩いていく。
久しぶりに胸に吸い込む、水分をたっぷり含んだ空気が甘くベスの体を慈しむ。
小さな光の粒がベスの元に集まってきた。
「久しぶりね。こんにちわ」
ベスが大切そうに、そっと手を差し出して光を手にすると、光はそのまま固まって、新しい命となり、ふわりと森の中に消えてゆく。
「なあに? 今日は随分騒がしいわね」
普段も静寂の中にも、命のさざめきが賑やかな空気の、この森だ。
だが、今日は空気の中の、命になる前の光のさざめきが、ベスに何かを告げようとしている。
ベスは、さざめきに導かれるように、森の中を歩んで行った。
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(ここは、お墓のある広場のはず)
見知ったはずの森が、今日は何かおかしい。
あるはずの場所にある木がなく、ないはずの場所に、見知らぬ池がある。
池の中には鳥が泳ぎ、空には魚が飛んでいる。
(・・・歪んでいるわ)
時折この美しい森は、歪む。
時空の理が、歪むのだ。
北は東に 上は下に。過去は現在に戻り、未来は卵になって、ベスの目の前に現れる。
歪みが発生する時は、大抵何か大きな事が空でおこっている時だ。
前にこの森の空間歪んだのは、千年に一度の彗星が空から降ってきた時だった。
ベスは歪んだ森の中を、さざめきが導く方向へ導かれ、歩いていく。どんどんと森は鬱蒼と暗くなる。
どうやらさざめきは、べスの整えたあの広場の方向に、連れて行くつもりだ。
(‥誰かしら)
さざめきは、ベスに、この森の客人の訪れを伝えたかったようだ。
ベスの整えたはずの小さな広場には、知らない場所になっていた。
そこには、べスがよく見知った、うろのある杉の大木があった。だが、その大木の前には、白い墓標と、その白い墓標にすがって泣き縋る見知らぬ男がいたのだ。
急に表れた見知らぬ光景に、べスは少し驚きながらも、目の前の男にじっと、心を合わせて、感じてみた。
(‥この人は、とても傷ついているのね)
深く、傷ついている命だ。
苦しみの最中で、あえぎもがいている魂である事を、べスは感じた。
ベスは男にむかって、ゆっくりと歩みを進めていく。
(・・この墓に眠るものは、ヒトである事を放棄したヒトだわ)
ベスはこの男の縋る墓標の下の正体を、そう感じ取った。
滅多にいないが、時々そういうヒトである事を放棄した命がこの森にやってきて、新しい姿と新しい命を与えられて、妖精や精霊に生まれる。
(可哀そうな人。理の違う世界の生き物とは、ともに生きていく事はできないのに)
ベスにはわかった。
哀れなこの男は、人の身で、この精霊の森に属する命に恋したのだろう。
この森の理は、人の世界の理とは全く違うのだ。
精霊の世界に属するものと、人の世界に属するものは、お互いの存在が交じり合う事はない。理を同じくしない命は、交わる事はできない。心を交わす事はできない。
べスは、その事は小さい時からよく知っていた。どれだけべスが心を与えても、ここで生きている生き物に、心を返してもらった事はない。
ここの命は、べスを傷つけた事はない。ただ気まぐれに優しく、きまぐれにべスを構う。昆虫のそれに、よく似ているとべスは思う。べスのおじいちゃんや、エイミーのようにべスと心を交わす事はない。
ー知らなかったのね。決して愛を求めてはいけない存在だと。
ベスは、男にゆっくり近づいていった。
そして、泣きじゃくる男の背中にそっと、立った。
「あなたは、この命に愛されたかったのね、あなたが愛したのと同じくらいに」
男は急に現れたベスに驚きもせず、泣きじゃくりながら子供のように返事をした。
「うん」
ベスは、ゆっくりと、男と呼吸を合わせて、心を合わせてゆく。
やがて心を開けはなしたベスの心に、言葉にならない男の慟哭が響いてきた。
ベスは、男の代わりに、男の心の奥にあるものを、言葉にして、解放してやる。
「・・そう。あなたは、彼女から赦されたかったのね。それから、貴方を愛せない彼女を、赦してあげたかったのね」
「・・うん」
男の体から、白い鳥の形をした光が飛び立っていった。
ベスがその正体を言葉にした事により、男のこころの底でくすぶっていた、言葉にならない大きな思いは、解放されたのだ。
「誰も、あなたを赦してくれないのね。それから、あなたは誰も赦していないのね。ああ、赦し方を知らないのね」
「僕、どうしたらいいのか、わからないんだ」
男は迷子になった子供のように、悲しそうに、途方にくれてぐすぐすと、泣いた。
ベスは、大きく息を吸った。
小さな光の粒が、ベスの体に取り込まれてゆく。べスが言葉をつむぐ。
べスの息は、金色の吐息となって、言葉に命があたえられる。
「なら私が、あなたを赦してあげるわ」
そしてベスは空を向いて、言った。
「それから、あなたも赦してあげるわ」
言葉が発しられたその瞬間、女の顔をした大きな鳥が、慟哭のような鳴き声をあげて、真っ直ぐに空に飛び去っていった。
ベスはしっかりと、愛おしそうに、男の頭を抱きしめて、言った。
「もう、大丈夫よ。もう、受け取れるわ」
「受け取る・・・?僕なんかに、誰も欲しいものは何もくれないよ」
べスは優しく微笑んだ。
「あの子は、あなたをあんなに愛しているのに。あなたがあれほど欲しがっていたものを、与えようとしてくれているのに。あなたはあの子からの贈り物の受け取り方を、どうやって受け取ればよいのか知らなかったのね」
木の影に身を隠して成り行きを見つめていたノエルは、男の背中越しに、バチリ、とべスと目が合う。
べスと目があった瞬間に、ノエルは急に体が小さくなって、無力な子供の姿にもどってゆく。
小さなノエルに、愛おしい娘はゆっくり近づいてきて、その体をしっかり抱きしめた。
「僕は怖いんだ。またいらないって言われるのが」
ノエルの口からは自然にそんな言葉がこぼれ出た。
ポロポロと涙が溢れて、忘れたはずの心の傷が、ズキズキと痛む。
「もう大丈夫よ。私がいるから怖くないわ。渡してごらん」
愛おしそうに、ベスはノエルに微笑んで、優しく抱きしめそう言った。
ノエルはベスの優しい声に促されて、胸の奥にしまっていた大きな暖かい、壊れやすい光の何かを、差出した。
ベスは、私に託してくれて、ありがとう。
そう言って大切そうにその何かを両手で受取って、男の元に歩み寄ると、そうっと、そうっと男の胸にその光の何か手渡した。
男は震える手で、ベスから光を受け取り、胸の中に抱き留めた。
男の胸から、一杯の光があふれて、男を満たしてゆく。
男は呆けた様に言葉を飲んで驚き、そしてただただ滂沱の涙を流した。そして男は転がるように、小さなノエルに走り寄って、恐る恐る、グッと抱きしめた。
「ノエル・・ごめんよ。私は一体、どうしていいのか、わからなかったんだ」
「僕寂しかったよ」
大切なものを、受け取ってもらった。
ノエルの心の開いていた大きな傷が、みるみると癒されたのを感じた。
本当に魂が求めていたものが満たされた、重さをともなった充足感で、ノエルは胸は、重くて暖かい何かで、一杯に満ちていた。
突然大きな旋風が立ち起こる。
旋風の真ん中から、赤い衣装の、長い黒髪の、大きな蝶の羽を持つ生き物が現れた。
眷属達が続々と森中から集まり、あたりは眩しく光輝く。
「やあ、久しぶりだね、ベス」
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