緑の指を持つ娘

Moonshine

文字の大きさ
59 / 130
秋祭り

26

しおりを挟む
「きゃあああ!!」

本日何度目かのみっともない乙女のような叫び声をあげたノエルは、背中に走る痛みに、どこかに着地した事に気がつく。

「ぎゃー! 危ない!」

「ぐえええ!!!」

べスは先に到着したノエルの上に見事に着地して、ノエルはピクピクと、ベスの下で悶絶している。
ベスは、どうやら無傷のようだ。

「ここは・・えっと、魔術院の温室・・?随分変わっていますけど・・」

目を回しながら、ベスはノエルに聞いた。

ノエルは目を回しながらもなんとか体勢を立て直した。

「ああ、どうやらそのようだ。オベロンはこの温室でナナちゃんから発生したから、この温室と、精霊の森の通り道がつながったんだろう。だが、なぜあれほど森の時空が歪んでいた・・?」

ノエルは、ぼんやりと精霊の森で出会った、父と母の姿を思い出す。

(あれは、幻だったのだろうか)

心に満ちている温かい何かは、まだノエルの胸を満たしていた。

「私、エズラ様の館の庭で、山車といっしょに空の穴に吸い込まれたのです」

ベスは、短くそう言った。

「なるほど・・エズラ様の山車のなかで展開された幻影魔法の精霊の森と、実際の精霊の森とが時空で重なってしまって、不協和音になって、時空が歪んでしまっただろうな。しかもあの山車、夜光鳥の羽根でびっしり飾っていたからな。夜光鳥の羽根は美しい上に、幻影の力を倍増させる魔力がある。やれやれ、命拾いした」

自分の体にまとわりついている、美しい黒い羽根を眺めて、ノエルはため息をついて空を眺めた。

温室の空は、ユージニアの魔力で黄金色の魔力の雷のような光を帯びて、煌々と輝く。
宮殿の屋根には、赤い王家の旗ではなく、黄金色のマリーゴールドの旗が、はためいていた。

(ということは、ユージニア殿下は、王都の守護の、王の魔力の乗っ取りに成功した・・まさか、目覚めてこの短期間で、クーデターを起こされるとは)

ノエルは、一体宮殿内で何が起こっているかを予測し、身震いが起こった。
この王国でクーデターが起こったことはほんの数回。女王は、歴史上一度のみ。
クーデターによる女王誕生は、建国以来、初めてだ。

ノエルは己の元婚約者であった女性に、深い尊敬を抱いた。
ユージニアは確かに、秋祭りで、ノエルを自由にするとそう宣言したが。

(だがまさか、こんな方法で俺を全てから自由にするとは)

その肉体だけの眠りの中で、どれだけの事を思い、考え、そして己を叱咤してきたのだろう。
ユージニアの三年の日々を思うと、気が遠くなる。

「・・オベロン・・そうだ、オベロンは!!」

ノエルは思い出したかのようにあたりを見回す。オベロンはおろか、妖精の一体もいない。
平和な温室の、見知った植物が、ノエルをおかえりと、迎えてくれる。

「わー、ずいぶん変わりましたね」

ベスののんびりとした声が後ろから聞こえた。

「あれ、あっちは花畑にしたんですね。あれ、ここはトマトが植えてあった所でしたよね」

楽しそうにベスはゆっくり歩いて見て回っている様子だ。
ノエルにとって精霊の森での出来事は、文字通り天地がひっくり返るほど衝撃的な体験であったというのに、ベスにとってはそのような事はないらしい。いつも通りのんびりと落ち着いたべスの声は、ノエルを日常の世界に連れ戻してくれる。

(やはり、べスは何者にも代えがたい)

先ほどまで、ノエルは精霊の世界で妖精王と対峙していたというのに、べスの隣にいるだけで、静かな心が戻ってくる。

「あ、中に水も引いたんですね、え、小さな船がある!面白い!」

ケタケタと、ベスは楽しそうに笑う。

(ベスが・・ベスがここに、帰ってきた)

ノエルは己の心の奥から、泉の様にわきあがる喜びに、胸が熱くなっていくのを感じた。

ベスが、少し窓を開けた。
空気が一筋、温室を通り過ぎる。

水晶の角度をちょっと変えて、小さな虹が温室の中を踊り出す。
少しだけ、目の前の薬草の枯れた葉をとってやる。
足元に転がっていた石を、ちょっとだけ移動させて、下にいた小さな花を覗かせてやった。

ベスがいる。

ただそれだけで、この小さな温室という名の天国は、急に命の喜びに湧き踊る。

「あら、ヤモリの子供だわ、かわいい」

菖蒲の葉の下に巣を構えた、ヤモリの親子を早速見つけた様子だ。卵が最近いくつも孵って、小さな子供のヤモリがうろうろしているのだ。

「まあ、こんな大きな蜘蛛がいるのね、素敵だわ」

初めて会う大きな蜘蛛に、嬉しそうにこんにちわ、と挨拶をする。
蜘蛛は少しベスに近づいて、そして満足したのか隠れてしまった。

愛でるようにベスはノエルの温室を歩いてゆく。
いつの間にかどら猫が帰ってきていて、ナーン、と甘えた声でベスの足元に纏わりつく。

「ドラちゃん。元気だった?」

単純なベスならばそう名づけるだろうとノエルが予想したように、ベスはこの猫をドラちゃんと呼んでいたらしい。
ドラちゃんは、ノエルには絶対聞かせたことのない様な甘えた声でベスにおかえりを告げる。

(眩しい)

ノエルは微笑みを湛えながら温室を幸せそうに歩むベスから、目が離せない。

「ノエル様の温室、ずいぶん変わりましたね。なんだかとても楽しそうで、ワクワクします」

ロドニーが置いていった子供用のおもちゃを指差して、ベスはそう言った。

「・・俺は、生まれて初めて俺の心のままに、温室をつくってみたんだ。俺が好きなもの、俺が大事にしたいものを、俺のやり方で。べスのようには上手く世話はできなかったけれど、見てくれ。これが、俺のありのままだ。冷静な魔術師は、俺の求められていた姿だ。ガキっぽくて女々しくて、我慢が足りないのが、本来の俺の姿だ」

ノエルはそっと、カブトムシを捕まえて、べスの手の乗せる。
そして、ノエルの言った通り、熟するまでじっと待つ我慢が足りなかったせいだろう、まだだいぶ青いイチゴの実が、半分かじられた跡がついたままで、風にふかれていた。
風にふかれて、どこかかか吹かれてきた絵が何枚もひらひらと飛んで行った。どの絵も、可愛い花の絵が、下手くそなタッチで丁寧に描かれていた。

「・・お前がいなくなってから、俺はいろんな事を考えたんだ」

ノエルは、ぽつりとつぶやいた。

「俺はエリクサーさえ完成すれば、この世の苦しみは全て終わると、そう信じていた」

ベスは黙って、ノエルの次の言葉を待った。

「だが、エリクサーが完成しても、俺は幸せではなかった。エリクサーが完成して、ユージニア様が目覚めて、俺を苦しめていた全ての問題が解決した。だが、俺は幸せではなかった」

「俺は、この温室に籠って、じっと考えたんだ。一体俺が幸せと感じたのはいつだったのだろう。俺が、幸せになるにはどうすればいいのか」

ノエルは、ゆっくりとべスに向かい合って、大切そうにその小さな手を取った。

「それで、いつ俺が、一番幸せだったのか、考えたんだ。べスが、温室に来てくれるようになった頃、おれは不眠症に悩まされて、緊張が強いられる酷い日々だった。だが、俺は間違いなく、あの日々が人生で一番幸せだった。ベスが隣にいたから、おれは毎日が心から幸せだった」

「べスが整えた温室だと、俺は優しい眠りに落ちて、朝の光の元で安心して目を覚ます事ができた。べスの顔を見るだけで、俺の心の張り詰めた何かが解けていって、ただただ、べスが居る喜びに、毎日心が満ちていた。お前がほほ笑むと、俺は生まれてきた喜びに心が震えたし、お前がこちらを向いてくれるだけで、おれはこの身が光で満ちて、体中がしびれる思いがした。俺は、この感情が何と呼ばれているのか知っている」

ノエルは、ゆっくりと片足を地につけて、大切そうにべスの爪に口づけを落とした。

「ノ、ノエル様!!!ユージニア様と、ご婚約だと!そう!聞いています!!」

べスは、ノエルの真剣な顔に、動揺する。
ノエルの顔に、あの夜に、ベスをからかったような、おどけた笑顔は見えない。ノエルは、ゆっくりと顔をあげて、ほほ笑んだ。

「べス」

「殿下は、あの偉大なお方は、この国の歴史上はじめての女王殿下として、この国の頂点に君臨なさる。私との政略婚約は、この秋祭りをもって解消してくださると、そうおっしゃった。俺に、必ず幸せになるように、そう告げて」

そうして、宮殿の頂上にはためくマリーゴールドの花を指さした。

浮世離れしているベスでも、旗が、赤い現王家のそれではなくなった事が、何を意味しているかは分かった。

ー王権の交代ー

ノエルはその瞳に一杯涙をためながら、縋るように、乞うように、べスに言った。

「ベス、俺は幸せになりたい。俺はお前が隣にいないと、幸せではない。俺はお前がいないと嫌なんだ。お前と一緒にいたいんだ・・」

「俺と、結婚してほしい」

(ノエル様・・・!!!!)
しおりを挟む
感想 174

あなたにおすすめの小説

冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」 そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。 しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!? だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。 「彼女を渡すつもりはない」 冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!? 毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし! さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜―― リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される! 政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー! 「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」

『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』

鷹 綾
恋愛
「愛しているのは彼女だ」 王太子ロネスにそう告げられ、婚約を破棄された侯爵令嬢エルゼリア・クローヴェル。 感情をぶつけることも、復讐を誓うこともなく、 彼女はただ――王宮を去った。 しかしその直後から、王国は静かに崩れ始める。 外交は滞り、判断は遅れ、市場は揺れ、 かつて「問題なく回っていた」はずの政務が、次々と行き詰まっていった。 一方、エルゼリアは帝国で新たな立場を得ていた。 帝国宰相ハインリヒ・ヴォルフの隣で、 彼女は再び“判断する側”として歩み始める。 やがて明らかになるのは、 王国が失ったのは「婚約者」ではなく、 判断を引き継ぐ仕組みそのものだったという事実。 謝罪も、復縁も、感情的なざまあもない。 それでも―― 選ばれ、認められ、引き継がれていくのは、誰なのか。 これは、 捨てられた令嬢が声を荒げることなく、 世界のほうが彼女を必要としてしまった物語。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

【完結】令嬢憧れの騎士様に結婚を申し込まれました。でも利害一致の契約です。

稲垣桜
恋愛
「君と取引がしたい」 兄の上司である公爵家の嫡男が、私の前に座って開口一番そう告げた。 「取引……ですか?」 「ああ、私と結婚してほしい」 私の耳がおかしくなったのか、それとも幻聴だろうか…… ああ、そうだ。揶揄われているんだ。きっとそうだわ。  * * * * * * * * * * * *  青薔薇の騎士として有名なマクシミリアンから契約結婚を申し込まれた伯爵家令嬢のリディア。 最低限の役目をこなすことで自由な時間を得たリディアは、契約通り自由な生活を謳歌する。 リディアはマクシミリアンが契約結婚を申し出た理由を知っても気にしないと言い、逆にそれがマクシミリアンにとって棘のように胸に刺さり続け、ある夜会に参加してから二人の関係は変わっていく。 ※ゆる〜い設定です。 ※完結保証。 ※エブリスタでは現代テーマの作品を公開してます。興味がある方は覗いてみてください。

成功条件は、まさかの婚約破棄!?

たぬきち25番
恋愛
「アリエッタ、あなたとの婚約を破棄する……」 王太子のアルベルト殿下は、そう告げた。 王妃教育に懸命に取り組んでいたアリエッタだったが、 それを聞いた彼女は……? ※他サイト様にも公開始めました!

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、国の経済を掌握しました

鍛高譚
恋愛
「経済を握る者こそ、世界を動かす――」 前世、日本の証券会社で働いていた**瑞穂紗羅(みずほ さら)**は、異世界に転生し、サラ・レティシア伯爵令嬢として生まれ変わった。 貴族社会のしがらみや婚姻政策に巻き込まれながらも、彼女はひそかに動き始める。 「まずは資金を確保しなくちゃね」 異世界の為替市場(FX)を利用し、通貨の価値変動を読み、巨額の富を得るサラ。 次に狙うは株式投資――貴族の商会やギルドに出資し、国の経済に食い込んでいく。 気づけば彼女は、両替所ネットワークと金融システムを構築し、王国の経済を裏から支配する影の実力者となっていた。 そんな中、彼女に公爵令息との婚約話が舞い込む。 しかし、公爵令息は「格下の伯爵令嬢なんて興味がない」と、一方的に婚約破棄。 それを知った公爵は激怒する―― 「お前は何も分かっていない……! あの女は、この国の経済を支配する者だぞ! 世界すら掌握しかねないのだ!」 サラの金融帝国の成長は止まらない。 貴族たちは彼女にひれ伏し、国王は頼り、王太子は取り込もうとし、帝国は彼女の影響力に戦慄する。 果たしてサラは、異世界経済の頂点に立ち、さらなる世界の覇権を握るのか――?

処理中です...